机上の近道

 フレスクの市街地を出てアレクは言った。

「行きたい街が一つある……というか、厳密にはそこで手に入れたいものがある。だからまずはその街を目指そうと思う」


 家を出てから今まで、アレクにはずっと切望していたものがある。必ずしも今すぐ手元になくてもいいものだ、と言えばそうかもしれない。けれどあると格段に今後助かることが分かっている。

 それを手に入れることを二人は当面の目標に決めた。


「どこの街です?」

「えーと、あ。これだこれ」

 アレクは宿の売店で買った世界地図を広げ、大陸の中央からやや南東に位置する街を指差した。そこにはマイナキア、と記されている。


「知ってるか?」

「ええ、そりゃさすがに。有名な大都市ですから」

「そうかそうか。なら話は早い。ここの名物は分かるよな?」

 シズは頷く。


 マイナキア——この街は俗に、機械都市と呼ばれている。特産はその名の示すとおり。特に大型機械やその部品類に関しては、この街でしか取り扱っていないものも数多い。


「何が欲しいんですか」

「ん、乗り物」

「乗り物……」


 アレクはその手に広げた地図をシズに見せつける。


「世界は広い。歩くのはだるい。分かるよな?」

「そりゃ分かりますけど」

「移動手段において、自由に扱える乗り物の有無は大きい、本ッ当に大きい。だから僕はどうしても欲しい。可能なら早急に」


 これは仲間ができたら最優先のタスクとする、とアレクは前々から心に決めていた。楽ができることを知っているのだ。それを得るための努力は惜しまない。

 実際に前世を自覚してからというもの、何が手に入っても操作ができるように、と実家の私有地で各種乗り物の扱いも練習してきていたりする。抜かりはなし。


「そんなに変わるんですかねぇ。適度に公共交通機関を使うので充分かと思うんですけど」

「いーや、変わるね。僕らは最終的におそらくほぼ世界一周の旅を強いられる。マップに記される集落や遺跡に平原ですら、何かしら地名が付いてる場所は基本的に行くことになるもんだ。時間や金銭に縛られないで動ける方がいいに決まってる」

「世界一周?」

 シズは疑いの眼差しを向けたが、どうやらアレクは真剣に言っているらしい。


 もし仮にその話のとおりになるのなら、確かに世界の隅々まで汽車や船が出ているとは限らないだろう。

 誰かに協力を仰ぐとすれば、万一の事態に事情を知らない一般人を相手に経緯を話すのは面倒が過ぎる。シズですら完全に信じているかというと、半信半疑の信が疑より勝っているので付き合っている、くらいのものなのだから。


「本音を言えば魔術かアイテムでどうにか移動出来れば良かったんだけどなぁ」

「移動の魔術は聞いたことがありますが、アイテムは聞いたことがないですね」

「行ったことある場所に自由に瞬間移動できるアイテムがある……というか、あってもおかしくないはずなんだよ。あいにくないみたいだが」

「そんなのあるわけがないでしょう……魔術だって相当な上位で使えるレベルですよ? アイテムなんてそんな、誰でも使い放題なこと」

「な〜、そうだよな〜」


 色々な要素をあれこれ詰めているくせに変なところで設定を削りやがって、とアレクは内心苛立つが、シズにはその気持ちは分かるまい。


「で。話を戻すと、その乗り物を手にできるのがマイナキアなんだ。本来ならタダでもらえるはず」


 フレスクでの経験を考えると、イベントが発生するかは可能性の低い賭けだ。けれども行ってみないことには分からない。どうせ他に目的地があるわけでもないので行くに越したことはないだろう。

 そして何かしらの移動手段が手に入るならそれは早い方がいいに決まっている。


「俺は別にどこへ行ってもいいですけど、マイナキアへは結構ありますよ」


 彼らの現在地は大陸の東部。マイナキアまで直線距離としてはそこまで離れるわけではないが、山岳地帯や危険地区として地図に警告が載せられているエリアを避けるとかなりの日数がかかりそうだ。


「一度どこか港へ出てから海路を使って南下して、そこから北上した方が陸路だけで行くより早いでしょうか」

「普通に陸路の方が早い」

「そうですか。と、なると……」


 シズは地図を指でなぞる。安全地帯を選んで進むと、山岳地帯を南側から迂回する方が良さそうだ。

 それをアレクは鼻で笑う。


「分かってないな〜。こうだよ、こう」


 シズの手首を掴み、現在地フレスク付近に戻す。そこからマイナキアへほぼ一直線にスライド。


「これで行こう」

「いやいやいや、無理ですって」


 確かにこのとおりに進めるのならば距離は半分以下で済む。しかしアレクの示すルート上には危険地区が二つに大きな山が一つ。この山にも遭難多数の注意書きが付いていることを考えるとリスクが高い。


「俺達だけで突破できる道筋じゃないですよ、これ」

「そうか?」

 シズの心配をよそに、アレクは示したルートを行く自信があるようだ。


「まず危険地区。悪魔が出てくるなら今の僕達には倒せないだろうから逃げるしかないが、ゾンビが多いエリアってことなら話は別だ。むしろ最高に安心な旅路では?」

「そりゃそうかもしれませんが……悪魔が出ない保証はあるんですよね、もちろん」

「それはないけど」

「ないんですか!?」


 アレクは当然とでも言うかのように真顔で頷く。


「でもそれはどのルートで行っても同じだろ? 前に言ったがこの世界は僕の知るゲームが混ざったものであって、完全にそのものじゃない。敵に遭遇すれば動向の予想はつくが、元のシナリオどおりの場所できっちり登場してくれるのかどうかまでは分からない」


 シズは眉を寄せて、その曖昧さへの不満を露骨に示した。


「そういうものなんですか……」

「そういうものなんですよ〜、人生思いどおりに物事は進まないの〜」


 棒読みで宥めるように言う年下の少女。なんだか馬鹿にされているような気分だ。


「山の方は攻略できるんですか」

「そっちはちょっと、正直言って思うところがある。が、とりあえず行ってから考える」


 話は終わりのようでアレクは地図を手に進む。シズは仕方なしにその少し後ろを歩く。

 思うところというのが気になるが、言うべきことは言いたくなるまで言わないのがアレクという人間だ、とシズはこの短期間に理解していた。


 進む先には何があるか分からない。しかし、それは何も今に始まったことではない。

 だからきっと、無謀な道程も彼女の言うようになんとかなるかもしれない。いや、なんとかなるだろう。


 自信ありげに微笑むアレクを見ているとそんな気がして、シズは恐れを知らぬ子供時代に戻ったかのように前へと進む勇気が少しわいた。


   ◎


 ——数日後。

 シズとアレクはフレスクを出て直近の危険地区を抜けようとしていた。アレクの言うとおり、ゾンビの数は多いもののそれ以外の敵性存在はなく楽な旅だ。


 前パーティを抜けてから過ごした数日間の方が断然きつかった、とシズは感じていた。やはり話し相手の有無は大きいのだろう。

 眠るのは変わらず野宿、食事はアレクの金で買ったやや上等なものになったとはいえ、あくまでも保存食。それでも以前と比べると格段に満ち足りているような気がする。


 とはいえ、そもそもアレクに付き合ってやっている身なのでこちらからわざわざ感謝を口には出さないが。


「明日にはこの街……と言っていいのか分かりませんけど、ここを出て山まで向かえそうですね」


 夜闇の中、廃材でこしらえた焚き火を眺めながらシズは呟いた。パチパチと響くノイズは耳に心地良く、辺りから聴こえるゾンビの呻き声を多少はマシにしてくれる。

 視認できないだけで暗がりには相当数のゾンビがひしめいているはずだが、先日の小屋の地下室同様、奴らはアレクに近寄る素振りを見せなかった。


「ヤーゲン山脈の内部を貫く洞窟を越えたら、その先はここと同様の捨てられた街だ。まあなんとかなるだろう」


 アレクは焚き火で焼いた林檎にバターを垂らしつつ言う。焼き串の代わりにしているのは汚れひとつない細身のナイフだ。その刃が肌に触れないよう、気を付けながら口に運ぶ。


「そんなもの、よく持ってますね」

「ナイフくらい普通だろ」

「そっちじゃないですよ」


 それ、とシズはナイフの先を指す。そこに刺さるものは熱で色味や質感が変わっているが、座る膝の上には艶のある赤い果実がまだいくつか見える。

 アレクは手元からシズへと一瞬視線を移し、すぐにまた元の場所へとその興味を戻した。


「林檎も別に珍しいもんじゃないだろう」

「そうじゃなくて。果物なんてこの廃村のどこにあったのかなあ、と。あなたの荷物、そんなに多くなかったですよね」

「あー、そういうこと? これは協力者からもらったんだ。さすがに独りで身内から逃げ切るのは厳しいからな、実家に何人か事情を知ってる奴がいてさ」


 林檎を持たぬ手で、アレクは首に掛けられたペンダントを手繰り寄せる。数日前、フレスクに入る直前に見せられたものだ。


「協力者の一人が召喚師サモナーでね、このアクセサリーを介して実家で飼ってるカッコウを行き来させられるってわけ。その時にお互いの現状報告を記した手紙と、あとたまにこうして差し入れなんかを持たせてくれるんだよ」


 言われてみればシズが焚き火用の廃材を集めているとき、確かに鳥の鳴き声が聞こえていたような気がする。


「もしかして、さっき食事前に何か書いていたのはその連絡か何かです?」

「そう」


 家を出てから数日おきに、アレクは現在地と近況を伝えていた。一方、実家の協力者からは両親の様子やその他周囲の人物の動向が送られてくる。報告によれば、現時点ではまだ家出に気付かれてはいないようだ。

 しかしながらいつまでも隠し通せるとは思っていないので、今後不在がバレることを想定に入れ、アレクは通る道や利用する施設を決めている。


「はー、大変ですねえ」

「他人事みたいに言うなあ、おまえ」

「そりゃあ、まあ。他人ですからね」

「そういうこと言うなら、お裾分けは要らないんだな」

「あっすみませんください」


 素直というか単純というか。

 林檎を二つほどシズに投げ渡し、アレクはからからと笑った。


「ほら。明日はたぶんそこそこ疲れることになると思うから、それ食ったらゆっくり寝ろよ」

「ありがとうございます……けど」

「けど?」

「よろしければバターもください」


   ◎


 危険地区を抜け、照りつける太陽の下を進み二人はヤーゲン山脈の内部を横切り続く洞窟に足を踏み入れた。

 内壁は何かの鉱石で出来ており、かなり入り組んだ作りのようだ。床は細かい砂のようなものがところどころに溜まっており、歩きにくいだけでなく足跡が残らない。

 遭難者多数の警告を思い出し、シズはやや不安になった。


「この道じゃないな、向こうに行ってみよう。急ぐぞ」


 アレクはシズの心配をよそに先へと進んで行く。時折きょろきょろと辺りを見回したり、しゃがみ込んで床の砂を観察したりと何かを探すような素振りだが、目当てのものはなかなか見つからないようだ。


 歩きながら、ライターを取り出す。壁に点々と埋め込まれた淡く光る石に炎をかざすと、石はその輝きを強くした。おそらくこの道を整備した先達が残したものだろう。

 懐中電灯がなくても歩ける、とまではいかないが、それなりの明るさである。その光を目印に二人は通ってきた順路を判断していた。


 本来は炎もしくは雷などの熱を持つ魔術が使えればもっと輝きを持続させられるのだが、アレクは黒魔術の類いはからきしだった。ライターの火の方がまだマシなくらいの炎が指先にうっすら灯る程度で精一杯、というところである。


 要するに、もたもたしていたら灯りは消え、通ってきた順路が分からなくなるということだ。


「昨夜言っていた疲れるって、こういうことだったんですね……」


 遅れないようについていきながら呟くが、アレクは何も言わなかった。ただ、灯りに照らされた横顔からは肯定を感じとることはできない。


 どうやら、発言の真意はこの入り組んだ道を進むこと、ではないのかもしれない——とシズが思ったとき、辺りの様子が変わった。

 そして悟った。


 頭上、やや前方から光が差し込んでいる。


「もしかして……」

「ああ、だ。ここを突破できるかどうかが今回の最難関ってやつだよ」


 十数メートル先に洞窟の終わりが見える。光はそこから差し込んでいた。


 問題は——その出口は今彼らの足元から続く道の先ではなく、眼前にそびえる崖の上にある、ということだった。


  ◎


「……どうやって登るんです、これ」

「今考えてる」

「……一応、聞いておきますけど。あなたこの地形、ご存知だったんですよね?」

「うん」


 思ったより圧迫感あるなぁ、などと言うアレクにシズは頭を抱えた。嫌な予感がしていたんだ。やっぱり迂回路を通るべきだった。


「なんでこんな道……しかも知ってて」

「だからこっちの方が早いから、って最初に言っただろ? 崖になってるのは知ってたが、思ったより高いな〜ってのが率直な感想」


 淡々と述べるアレク。あまりにも冷静。

 これは彼女に何か策があるのだろう、シズは思い始めた。おそらく妙な知識をどうにかこうにか駆使してルートを確保するに違いない。きっと。


 そう思うと一気に安心感が高まる。

 シズはにこにこと問うた。

「で、あなたの言う前世の経験とやらではどうやってここを踏破したんですか?」


「してない」


 聞き違いかと思った。

 だがアレクは冗談を言っているようには思えず、シズは再度問おうとして——そこで気付いた。

 

 アレクが笑っていないのは冷静だからではなく、焦っているからなのだ、と。


「踏破はしてない。このダンジョンは元々マイナキア側からフレスク方面に戻る時に通るんだ。つまり僕らは今、いわゆるをキメてんだよ」


「えーと、つまり?」

「こっちから向こうへのルートは使うことができないんだ。本来は」

「あの、何度も確認して申し訳ないんですけど、それ知ってたんですよね? 何で言わなかったんですか?」

「だって……言ったら止めるだろ?」


「当たり前ですよ!!」


 反省の色が見えないアレクに、シズは叫び出しそうになるのをどうにか堪えた。


「できないと知っててなぜ!?」


「いやだって、プレイヤー側から見るグラフィック的になんでここ通れないの、みたいなことって多いからさ。そのくらいの段差越えろよ、とか。そのくらいの川渡れよ、とか。だからちょっとした崖ならいけるかと」

「あなたを信じた俺が間違っていました」


 ちょっとした、という形容詞は目の前の崖にはそぐわない。


「うーん、勝算がないわけじゃなかったんだけどな、ちょっと残念なことがあって」

 頬を掻きながらアレクはばつが悪そうに告げる。


「見つからなかったんだよ、ゾンビが」

「ゾンビで解決すると?」

「崖の高さは十数メートル。ゾンビが十体ほどいれば梯子代わりになるかと思ってたんだ。ほら、遭難者多数って書いてあっただろ? それなら死体には困らないかと」

「……あなたって、その。合理的といいますか、何というか……」

「言いたいことは分かる。非道で悪かったな」


 はぁ、と溜息をつき、アレクはしゃがみ込むと床の砂を指し示した。

「これを見ろ。この砂、こいつが元々何か分かるか?」

「元々……?」

 シズも隣に座り、そっと砂を手に取る。


 わずかに黄ばんだ白色の砂はかなり目が粗く粒々としている。所々、やや大きな塊が混じっているようだ。

 その塊の一つをつまみ上げ、気付いた。特徴的な形をしているが。


「これ、まさか……」

「たぶん骨」

「うわっ」


 慌てて投げ捨てるが、アレクはそれを白い目で見る。

「ゾンビは大丈夫で骨が駄目っておかしいだろ、普通……」

「あ」


 確かによくよく考えればそうだ、とシズは指摘されて気が付いた。骨より腐りかけた死体の方が断然気持ち悪い。


「運良く出会わなかったが、おそらく何かしらの肉食獣か魔物の類いがこの辺を縄張りにしているんだろうな。肉を喰らい、残った骨がこうなってるわけだ」


 砂のように砕かれているのはその化け物の習性か、この場所が持つ魔力によるものかは分からない。

 とりあえず、何にせよ急がなければ。


「入口に戻るのも……厳しいですよね」

 道標はライターで灯した石だ。火力から言って、ほとんどはもう消えているだろう。


 アレクは難しい顔で唸っている。解決策を考えているらしい。シズも自分に何かできることはないか、と辺りを調べる。


 崖も入口から続いている鉱石と同じ材質で、表面はつるつるとしている。とてもではないが、登山用の器具でもない限り手や足を掛けられるようには見えない。

 シズはもちろん、アレクもさすがにそんなものは持っていないだろう。


「何か使えそうなものとか準備して来なかったんですか」

「だーから、こんな窮地に陥るとは思ってなかったんだよ。ロープくらいしかないっての」

「ロープはあるんですね」

「一応、プランBで使えればと。でも無理っぽいな」

「そのプランBとは?」


 答える代わりに、アレクはシズにも聞き取れないくらいの小さな声でぼそぼそと何かを呟いた。


「呪文?」


 ふわり、とアレクのスニーカーの踵が、爪先が床を離れる。

 浮遊魔術のようだ。


「へぇ。あなた、こういう魔術は使えるんですね」

「僕の実家、白魔術の名門だぞ? 僕もそれなりには使えるさ——っても、魔力ってやつは魂の在り方が関わってるからクレアほどの腕じゃないけどな」


 アレクがギルドに申請したメイン職業ジョブこそ占術師ディヴァイナーだが、本職は白魔術師ソーサラーである。実家に見つかりにくいようにそうしただけだ。


「最悪こうして僕だけ上に行き、ロープをどこかに結んでおまえを登らせようと思ってたんだが、ぱっと見どこにも紐を掛けられそうな所がない」

「あなたがロープの端を持って支えてくれる……ってのは」

「この華奢な美少女の腕を見てから物を言ってくれよな」

「ですよねえ。あとそもそも、この鉱石の壁を足場なしでロープ一本を頼りに上るのは無理だと思いますし」

「だよな〜」

 アレクは床に降りると、目を閉じて再び唸り始めた。


 プランBを実行するには材料が足りない。とりあえず、使えるものを。望みの薄いゾンビ以外に何かないだろうか。


「俺がどうにかして上に登れたらいいんですよね、要は」

 シズはそう口にして、ふと思い付いた。もしかしたら——。


 左目を閉じ、眼帯をずらして右目を開く。そこにはうっすらと白い靄が視える。その靄を指先に絡めて糸を作ると、それを足元に這わせた。

 白い糸は砂、もとい骨に触れると淡く青みを帯び、そのまま砂の中へとに潜り込む。それから間もなく、シズは手応えを感じると同時に糸の青色が濃くなるのを確認した。


 やはりそうだ。


 糸を強く引く。砂上に見えたその先には、腕だか脚だかは知らないがやや長めの骨が絡みついている。

 糸の視えないアレクは、急に浮き上がった骨に驚いた。


「おま……っ、何だよこれ!」

「ちょっとやってみたんですけど、そこそこの大きさがある骨であれば動かせるみたいです。練習したら小さいやつでもできるのかも?」

「そ、うなのか……?」

「そうみたいですね」


 そのまま糸を手繰り、それなりに形の残っている骨を数本。そこに糸を絡めて補強をする。


「考えてみたんです。前に糸でゾンビに足を与えてみたじゃないですか。その足で俺達二人を担いで歩けるってことは、糸って結構強度があると思うんですよ」

「ほう?」

「ゾンビを核にさえすれば、糸だけでその強度が得られる。それなら骨で同様のことが出来れば——」


 シズは手にした骨の先を崖に突き立てた。鉱石で出来ているはずの壁に、深々と骨が刺さる。

 恐る恐るそこに右足を載せ、続いて左足を浮かせた。不安とは裏腹に、体重をかけても骨はそれをしっかりと支えている。これなら問題なく足場にできるはずだ。


「あなたはさっきの魔術で先に上へ。その時に骨を一本運んでもらえれば糸を手繰って適当な所へ刺しますので、それにロープを結んでもらえませんか。命綱さえあれば、あとは頑張って登ってみます」


 近くにあった使えそうな骨は数本。ハーケン代わりに壁に打ち込み、糸で回収する。これを繰り返せばなんとかなるだろう。


「大丈夫か? 登山の経験は?」

「ハイキングまでですね。クライミングは学生時代に講習を受けはしましたが、それっきりです。けど、やらないとどうしようもないじゃないですか」

「まあ、それもそうか」


 言うが早いか、アレクは骨を一つ取り上げると先程のように呪文を唱えた。そのまま浮き上がり崖の縁へと降り立つと、下を覗き込み合図する。


 もう後には引けない。


 やると言ったのだからやるしかない。これからこのような事態には、どうせ吐いて捨てるほど遭遇すると決まっている。アレクに協力するとはそういうことなのだから。


 シズは指先を動かして感触を確かめると、足を踏み出した。

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