ぼくの かんがえた さいきょうの

「えっ……と、ですね。つまり俺はなんですか、その。あなたが生み出した存在、だとおっしゃる……?」

「あくまでキャラデザの話だけどな! おまえを一目見てうわ……ってなって! やっと慣れてきたから声かけられたのに、やっぱりいざその事実を話すとつらすぎる……見てられない」


 いきなり目を合わせてくれなくなった少女にシズは困惑した。その反応はシンプルに傷付く。

 黒歴史、と少女が呟いたような気がするがよく意味は分からない。


「あの、俺そんなに酷い外見してます……かね?」

 別に自身を誰もが認めるイケメンだと思っているわけではない。けれども、そこまで引かれるほどの容姿だろうか。以前のパーティには女性もいたし、清潔感にはこれでも気を遣っているつもりではある。

 問われた少女は曖昧に笑った。

「あぁ、うん……いや、いやいや。酷くはない。むしろかっこいいよ、うん。少なくとも中学生だった僕にとっては、かっこよかったんです。だからさ、もうこの話はここまでにしといてくれないかな……」


 概ね黒ずくめ。全体的に短いのに襟足だけ伸ばした髪。ファーのついたレザーのロングコート。無駄な装飾ベルト。アシンメトリーなピアス。腕に巻かれたシルバー。指先だけ出ている手袋。十字を象ったネックレス。そして眼帯。

 ここらへんでもう勘弁してほしい。


「——まあ、気を取り直して、だ」


 咳払いを一つ。

「そういうことで、僕はおまえが特別な存在であることを知っている。なぜなら当時の僕はそういう風に設定したに決まっているはずだから」

「特別、ねぇ……」


 シズは髪を弄びながら、少女の語った物語について考える。


「あなたの話を信じるかどうかと言う点においてですが、本音を言ってしまえば今は無理です。信じるに足る根拠がまるでない」

「嘘だと思う、ってことか?」

「違います。確かに先程の話だけであなたの話を真に受けたりはしません。が、同時に完全否定もできない。だから信じられない、です」


 シズはまさに半信半疑だった。エリンとローグンが悪事を働くのでは、と張っていたのであれば確かに彼女の説を裏付ける。

 しかしたまたま自分を拉致する現場を見かけて後を尾け、ほら話をでっち上げているという可能性も消せない。理由は知らないが。


「まずですね。信じろ、と言われても、俺は自分があなたの言うような特別な人間だとはどうしても思えないんですよ」

「うーん、そこなんだよな……」

 頭を抱える少女。


「最強設定を盛り込みすぎて破綻しそうになって、それで情報を削って。おそらくは当時の僕だから唯一性のある技能スキルを残しただろうとは思うが、結局最終的にどういう感じに仕上げたのかはあんまり覚えてない」

「それじゃやっぱり信じられないんですけど」

「うーん……頑張って思い出す。少なくとも、思い出せなければ二人ともエリンとローグンに殺られて、なんやかんやあって世界も滅ぶ」

「うっ」


 そうだった。

 少女の命だとか世界の破滅だとか、さらっと言っていたワード。もし本当なら結構な一大事なのだが、何よりまず今はここを生きて出られるかどうかが最優先だ。


 そう思ったのも束の間、頭上から何か聞こえた。おそらくは、玄関扉が閉まる音。そして、何か重いものを下ろした振動。

 どうやらエリンが帰ってきたらしい。


「……どうします、か」

「とりあえず僕が少しでも時間を稼ぐ。だいたい奥義ってやつは窮地に会得するって相場が決まってるんだ。なんとかしろ」

「ちょっ、そんな無茶な——」


 かちゃり、と少し前に聞いたのと同じ音がした。

 部屋は暗いが、ローグンに持ち上げられた板の隙間から懐中電灯の光が地下室を照らす。


「——わぁ、ローグンの言うとおり! 仲間がいたんだ」

「かわいそうだけど、見られちゃったものは仕方がないよね」

「そうだね、残念〜」


 顔をこわばらせながら睨む少女と怯えたシズの様子に、ローグンは訝しげな視線を向けた。


「あれ、まだ無傷みたいだ。噛まれていてもおかしくないと思ったけど」

「いいじゃない、その方が都合が良くて」

「それもそうか」


 ローグンは言いながら、シズの首に細い棒状のものを刺す。

 針だ。


「君、毒の効きが弱いようだからね。しやすくさせてもらうよ」


 ローグンはシズのコートの襟に手を掛ける。抵抗しようともがくが力が入らない。そのままぐい、と無理やり階上へとシズは引きずり出された。


「もう一人の子も処理していいかな、エリン」

「うん、いいよ」


 懐中電灯で少女の顔を照らしながら、拗ねたような顔でエリンは言う。

「でももったいないなぁ。こんなにカワイイ顔してるのに、死んじゃうなんて」

「何を言ってるんだい、エリン。君の方が素敵さ」

「え〜、ほんと?」

「もちろんだよ」


 胸焼けしそうな空気に少女は苛ついた。自分をダシにいちゃつかれたのが特に腹立つ。


「あ、あのぅ……」

 気を抜くと苦虫を噛み潰した後にそれを吐くような顔になりそうなのをどうにか堪え、少女は震える声で尋ねた。


「殺すって、どういうこと……?」

「ん? なんだ君、まだ状況が掴めていないのかい。あのね、色々あってそこに寝転がっている男と、そのお友達の君には死んでもらわないと僕達困っちゃうんだ」

「そうそう。ごめんね」

 内容に反して口調は優しげなのが気持ち悪い。少女はそんな感想を押し込めて、今初めて二人の思惑を知ったかのように驚いてみせる。


「え! で、でも。そこのお兄さんと僕は関係ないよね? 僕はたまたま通りかかっただけなんだ。お兄さんが縛られていて、助けてーっ、て言うから偶然持っていたハサミで紐を切ってあげただけ。友達じゃない! ここのことが秘密なら、誰にも言わないよ!」

「…………」

「……だめ?」

「うーん、ちょっと信じられないかな」

「そうだね、殺しちゃおう」


 少女は浮かべたしおらしい仮面を即剥ぎ捨てた。

「……んだよ、ちっ」


 少女も引きずり出された。


 毒を打たれこそされなかったものの、手足には結束バンドを巻かれてしまい動けない。時間稼ぎはどうやらこれで終わりらしい。


「悪い、無理だったわ」

「何やってんですか……」


 血の飛散に備えてか、エリンは早速ビニールシートを敷き始めている。よく見ると近くにはレインコートや長靴なども一式揃えているあたり用意がいい。

 ローグンは、というとうすら笑いを浮かべたまま二人から視線を外さない。逃げるのは不可能だろう。


 シズは隣に座る少女にだけ聞こえる声で囁いた。この状況を打破できるなら、思いつくものは何だってやってやる。


「あなたの話が本当だという仮定で。信じられませんけど、もし俺が実はとても強いとしましょう。どういう職業ジョブや属性に類する設定を俺に付けた、とか分からないんですか」

「属性なら、闇とかがあやしい」

「……あのそれ、どちらといえば敵では?」

「いやいや、闇を操るダークヒーローってのはあの頃心躍るワードだったんだよ。今はどっちかというと心抉るって感じなんだが」

「他にはないんです? その、心躍るワードってやつは」


 縋る思いで尋ねると、少女は目を凝らしてシズの姿を眺める。

「うーん……」

 まじまじと見るとやはり恥ずかしさが込み上げる。頑張れ、頑張るんだ。

「そうだな……」


 流行っていたもの。好きだったもの。かっこいいと思っていたもの。

 何か手掛かりはないか。


「あ」


 はっとした。

 ちょっと思い出したかも、しれない。


「それ、外せ!」

「え?」

「それだよ、だ! あの頃の僕を信じるなら、おまえをどうせに設定している! きっと、いや絶対にそれが何か力を秘めて——ッ」


 そこまで言うと、少女は口を噤んだ。

 レインコートに着替えたエリンに肩を掴まれたからだ。


「ローグンが着替えたら始めるからね? 何をされるかは察してそうだけど、どっちからにする?」

 にこにこと口角だけは上がっているが、瞳の奥は濁ったように暗く見える。

 もう時間がない。少女は、エリンを見据えて言い切った。


「……僕から、でいい」


 背を向けた少女は振り返らない。

 シズに希望を託すように。


「じゃあな、シズ」


 エリンは潔く身を差し出した少女に驚きつつも、油断なく少女を離さなかった。

「てっきり押し付け合うと思ったのに、健気なんだね〜。まあどうでもいいけど」


 部屋の中央へと連れられてゆく少女。こちらに背を向け表情は見えない。だがその足取りから、怯えているのは明らかだった。死を前にして恐れないはずはない。


 このままでは駄目だ。

 シズは力の入らない腕をかろうじて顔に這わる。握力は微かだが幸いにも指は動く。人差し指に触れた眼帯を掴み、引きちぎった。


   ◎


 右目で世界を視るのはいつ以来だろう。


 少女の言ったとおり、シズの目は生まれつき左右で違う色をしていた。左の瞳は晴天のごとき青、そして右は白目よりやや暗い輝きを持った銀色。


 ——昔から、この目が嫌いだった。


 視力は左右で大差ないものだったが、右目には時折妙なものが視える。自覚はすれど、シズはそれを父親には言わなかった。幼いながらに、それが普通のことではないように思ったからだ。

 父親は街の人々になかなか馴染めず、人里離れた森に住んでいる。その子供が、普通ではなかったら。彼らは今以上に孤立してしまうかもしれない。


 物心付いた頃、シズは父親に右目を隠したいとねだった。確かに、もしこの目で街を歩けば奇異の視線に晒されるだろう。そう父親も考え、以降シズは父親の前以外では眼帯を身に付けるようになったのだ。

 その時点では、面倒であるとは思えど、それだけだった。


 右目が嫌いになったきっかけは、ある夏の夜のこと。


 一人の老人が、幼いシズと父親の住む寺院を訪ねた。正しくは、行き倒れていた老人を父親が保護したのだ。身にまとう簡素な洋服は血と泥にまみれ、髪や肌も同様に薄汚れていた。いつからこのような格好でいたのか尋ねるも答えない。彼は自分の名前すらも覚えていなかった。

 悪魔かその眷属に襲われたのか、それとも事故に遭ったのか。それすら分からず彼は空いたベッドに寝かされた。父親が白魔術をかけたが、傷は治れども具合は良くならなかった。


 明日になったら、街の病院に連れて行こう。腕のいい僧侶クレリックならなんとか病を治せるかもしれないし、それに誰かこの人の知り合いが見つかるかもしれない。

 そう父親が言うので、シズは夜の間老人を診ていると申し出た。父親は魔術を使い、疲れていると思ったからだ。


 シズは独り、月明かりの中で目を閉じたままの老人を眺めていた。


 森のざわめきや虫の声には慣れたもので、もはやシズにとっては無音にも等しい。いつもどおりの穏やかな夜だ。

 じっとしていると、そのうちに眠気がやってきた。抗おうとするも、瞼は繰り返し視界を覆い隠そうとする。


 目を覚ます為に顔でも洗おう、とシズは眼帯を外した。どうせ老人は意識がない。見られることはないだろう。


「……あれ、『糸』が」


 シズの右目に、一本の『糸』が映る。

 その端は天へと伸び、反対の端は老人の身体に巻き付き、鼓動に合わせて揺れている。『糸』を視るのは久しぶりだが、初めてではなかった。

 ただ、不思議なのは。


「なんだろう、この色」


 おかしいな。『糸』はいつも緑色なのに。

 老人の身体に繋がるそれは、夕日のような深い橙色をしていた。こんな色は視たことがなかった。

 父親も、眼帯をしていなかった頃に出会った街の人達も、伸びる『糸』はみな緑色だったはず。


 眠気も忘れて視ていると、『糸』の揺れは次第に緩やかになり、色も鮮やかな赤色に変わってゆく。まるで血の色みたいだ。

 その赤色も徐々にくすみ、黒ずみ。揺れもほとんどなくなると、身体を纏う『糸』は解けて、最後には空気に溶けるようにして消えていった。


 翌朝、老人は眠りながら亡くなっていたようだ、と父親に聞かされた。


 幼くとも理解した。

 あぁ、きっとあれがそうだったんだろう。あの『糸』は命みたいなもので、それがなくなっちゃったからあの人は死んだんだ。


 気付くと、怖くて堪らなくなった。

 自分の右目には人の死が視える。もし父親の『糸』の色が変わっていたら? 街で見かける人の色がおかしかったら? どうすればいい?

 想像するだけで嫌だった。もう何も視たくなかった。


 こんな右目、大嫌いだ。


 シズはそれからまもなく、父親の前でも眼帯を外すのを辞めた。


   ◎


 かつての自分が封印したその右目で、今こうして他人を視ている。


 エリンとローグンは緑色を纏っていた。『糸』の色も揺れも、記憶にあるものと同じ。少女の『糸』は二人よりも濁った色をしているが、それよりも気になることがある。

 もう一つ、子供の頃には気付かなかったものが視えていた。


「これは……」


 薄い雲のような、白っぽい靄らしきものがふわふわと空中を漂っている。実家の森に常に立ち込めていた霧に似ていた。似ていたからこそ、当時は気付かなかったのだろう。


 白い靄を掴むと、それはシズの指に絡みつき、細く伸び、形を変えた。まるで『糸』のように。


「これって、まさか」

 とある考えが頭をよぎる。思いつくと、できるという確信があった。よく分からないが閃いたのだ。


 奥義ってやつは窮地に会得するって相場が決まってる……だったか。

 そういや少女がそんなことを言っていたなぁ、などと思いつつ。


 シズは『糸』の端を掴んだまま、指先を階下に向けた。空いたままの地下室の扉は、ちょうどローグンのいる真後ろあたり。

 握られていない『糸』の片端は、意思でも持つようにシズの指先から離れ、地下へと潜る。その端がに到達したのだろう、『糸』は青色に変わった。


 初めて見るそれは、己の左目と同じ空の色に似ていた。


「————ッ!」

 渾身の力を込めて。青色の『糸』を思い切り。

「えっ? な——」


 絡んだ『糸』の先に結ばれたが数体、勢いよくローグンに噛み付いた。


「え、ちょっ!? 何なに、何これどうしたの!? ねぇローグン!」


 エリンがパニックになって叫ぶ。ローグンは意識こそあるが見る間に顔色が悪くなり、しまいには膝をついた。


「な、なんで……こいつらは階段を登れない、のに」


 ローグンには見えていなかった。

 シズの操る『糸』が象った青色の脚をもって、ゾンビ達が階下から駆け上がって来た瞬間は。


 足音なく向きを変え、ゾンビ達はくるりとエリンの方を向く。エリンは思わず少女を離し、壁際へと後退った。


「ひっ、こ、来ないで……ッ」


 彼女には宙に浮いて見えるんだろうなぁ、このゾンビ。


 恐怖のあまり、近くに斧を置いていることすら忘れてエリンは震えている。シズは少しかわいそうに思ったが、それはそれとして、この二人をここで野放しにはできない。


 数秒の思考の後、とりあえずシズはトラウマでも植え付けておこうと思った。

 指先を返し、そっと優しく。

「いぃぃやぁァァ」

 二体の屈強なゾンビによる両頬キスは、想像以上に刺激的だったらしい。噛んでもいないのにエリンはすぐに失神した。


「おまえ、意外とえげつないことするのな……」

「駄目でしたか」

「いや、上出来よ上出来。このくらいはしていいだろ」


 戦闘不能状態のエリンを見ながらけらけらと少女は笑うと、意識が朦朧として呻くローグンの方へとその笑顔を向けた。

「じゃ、警察呼ぼっか」


   ◎


「うーん! やはり自由はいい!」


 手足の拘束を切った少女は大きく伸びをした。シズはというと起き上がれるくらいにはなったが、まだまだ元気とは言えない状態だ。

 天を向く少女につられ、上を見る。


「そして花火は心に響く! 夜空に映える! とか言いつつ、まあもうほとんど明け方だけど」


 空に咲くのは、少女が非常時の救援用にと持っていた花火だ。要救助者がいることを示すそれを見て、誰かしらはやって来るだろう。


「本当は自分で役所に突き出したいところだが……事情聴取されると困るからな、僕」


 扉の外にはゾンビ注意の貼り紙、ぐったりとしたローグンとエリンの横には彼らの指紋がしっかりと残っている斧や、他の勇者達から奪ったであろう品々を置いておく。


「こいつら、縛りあげておかなくてもいいんですかね」

「大丈夫だろ。どうせこのまま放置すればローグンは地下室の奴らのお友達になるからな。早いうちに薬を投与しようと思ったら、警察でもなんでも頼るしかない。エリンにはお前を刺してた針の予備っぽいやつ、三本くらい刺しといたし。解毒したとしても、こっちもしっかり動ける頃には牢屋の中だ」

 あーはっは、と高笑いする様は完全に悪役のそれである。妙なほどに似合う。


「そうですか。それにしてもあなた、準備いいんですね」

「あぁ、これか?」

 少女の手には小型のマイクが握られている。その中には、エリンが小屋に戻ってから少女が縛られるまでの会話が録音されていた。


「結構良い家柄の子なんだよな、僕。誘拐対策に昔からこういうの持たされてたが、初めて使った」

 嬉々としてマイクを扉の取っ手に掛ける。これで言い逃れはできないだろう。こういうところはきっちりと責任を取らせたい、という点においてシズと少女の意見は一致した。


「それにしても死霊術師ネクロマンサーだったか……そうと分かればそれっぽいわ。あの頃一度は憧れるやつな」

「そんな職業ジョブ、聞いたことないんですけど」

「あー、そうだな。確かに思い返せば、この世界のベースになってるゲームにはいなかったな、死霊術師ネクロマンサー


 ともかくこれで生き抜いていけそうだ。このカクを。


「さて、これからだが——さすがにまだ信じてくれないよな、僕の話」

「? 信じますけど」

「え?」

「え??」


 きょとんとした顔で少女はシズを見つめた。その瞳には、やはりきょとんとした男の顔が映る。


「マジ? えっ、なんで」

「だって、あなたの話を信じた方が俺にとっては都合がいいじゃないですか」


 幼い頃から嫌いだった右目。それが異端ではなく特別である、と少女は言った。


「あなたの話がもしも嘘で、にも関わらずこんな技能スキルが使える。このことがバレたら俺いつ悪魔として処刑されてもおかしくないでしょう? 普通に嫌ですよ、そんなの。だから信じるしかないんです。それに——」

「それになんだ?」

「いや、別に」


 おそらく少女は気付いていないのだろう。今にも殺されそうな間際、名乗りもしていないのにシズの名を呼んだことを。


「改めて、俺はシズです。よろしく、ええと……クレアさん、でしたっけ」

「うん。いや、そうだな……」

 少女は口元に指先を当て考え込む。


「僕のことはアレクとでも呼んでくれ。本名だと『クレア』の話をしたい時にややこしいからな。それに家出してるって言ったろ? わざわざ男装までしてるんだから、男にも聞こえる呼び名がいい」

「え、あ……男装、なんですねそれ……」

「そう見えないか?」

「どう見ても見えないですね」

 確かに服装はボーイッシュではある。けれど多少メンズっぽい服を着たとて、その体型の起伏は到底隠せるようなものではない。


「そう、なのか……髪を縛って帽子を被り、ズボン履いたら性別って誤魔化せるもんじゃないの?」

「そんなわけないでしょう」


 少女——アレクはなおもぶつぶつと何やら不満気に呟いているが、シズは無視することにした。


「で、どうします? これから。まだ色々聞かなきゃならない話がありますが」

「まずはそうだな、とりあえず街を目指そう。せっかくならシソウよりもっと大都市がいい。念のため病院に行っておいた方がいいだろうからな」


 シズは未だまともに動けない。そのうち毒の影響はなくなるのかもしれないが、一応検査をしておいた方がいいだろう。


「歩けるか?」

「厳しいです」

「だよな。だけど安心しろ、考えがある。僕の前世の知識の話なんだが——『神輿』って知ってるか?」


 アレクの言ったものがシズにはよく理解できなかったが、どうせまた無茶振りをされるのだろう、というのだけは分かった。

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