第10話 大地side デートの日
「この映画の14時のチケット2枚で」
「はい、大人2名様でよろしいですか?」
「……はい、大人2枚で」
学生料金を買った方が安いのだが、そう言うのを憚られた。別に彼女の学生証を見せたところで、受付で止められることなどないと分かっているのだが、どう思われるのか気になってしまい、言うことが出来なかった。
「ほら、チケットなくすなよ」
そう言って渡すチケットを見て、一瞬悲しそうな顔をしたのが分かる。本人はそれを隠すように明るく振る舞っているが、伊達に長く生きてる訳じゃない。だがあえてそれに気づいていないように振る舞う俺は、どんどん彼女への罪悪感が募っていく。
お詫びとして彼女の好きなポップコーンを買う。本当は甘いのは苦手なのだが今日は特別だ。少しでも彼女に楽しんでもらいたいと思ってしまう。こんなの罪滅ぼしにもならないのに。
「おい、お前はこっち座れ」
気づいたら彼女の腕を引いてそう伝えていた。彼女が座る予定の隣の席には、同じ年頃の男子学生が座っていたのだ。心が狭いが彼女の隣に座るのは俺だけだとあの瞬間思ってしまっていた。何でもないように装い席に座るが、彼女の嬉しそうな顔を見るときっと俺の意図に気付いているのだろう。普段は鈍いくせにそういう所は敏感だから困る。
「うう、めっちゃ良かったです。感動して泣いちゃいましたよ」
「あぁ、ファイナルにふさわしい内容だったよな。あの戦闘シーンも痺れた」
そう彼女に合わせて話すが、正直ストーリーなんてちゃんと見ていない。
俺の趣味に合わせてくれたであろう彼女には申し訳ないが、映画中集中して見ることなんて出来なかった。
彼女が楽しんでいるか、少しこっちを気にしていないかって何度も隣を盗み見る。しかし彼女は俺のことなんか全く気にせず映画を見ていた。途中に少しちょっかいをかけようかと思ったが、涙を流して感動している姿を見て邪魔するのをやめた。こんなに近くで彼女を見るのも最後だからと、脳内に彼女の姿を保存することにした。映画中コロコロ表情が変わるのが彼女らしくて、とても可愛くてつい頭を撫でたくなったのは内緒だ。
「じゃあそろそろ帰るか」
夕飯を食べれないという彼女にそう問うと、とても残念そうな顔。その顔を見ると思わず次の言葉が出てしまっていた。
「他に何か見たい店とかあるか?」
彼女の希望を聞くように見えて、本当にもっと一緒に居たいと思ったのは俺の方だったのかも知れない。長く一緒に過ごせば過ごす程、この後彼女を落胆させると分かっているのに。
プラプラとショッピングモールを周り、一通り見終えると今度こそ本当に解散になる。この瞬間が来なければ良いのにと思うが、そんなことは出来ない。
「じゃあ俺は車だからここでお別れだ」
「はい、今日は一日ありがとうございました!! また一緒に……」
「悪いが今回が最後だ。今日以降君と関わるつもりはない」
「何で……? 今日私何かしちゃいましたか!? 何かしちゃったんなら次から直すからっ!」
俺が告げる別れに、動揺する彼女。そんなの当たり前だ。今日のデート中俺はそんな素振りは見せなかった。むしろ彼女に優しくして期待させてしまっただろう。本当に悪い大人だ。だからこんな大人じゃなくて、もっと良い人を見つけて欲しい。一緒に青春時代とやらを楽しめる相手が彼女には似合うと思う。
「私が高校生じゃなかったら付き合ってくれたんですか?」
「少なくとも20歳を超えていないとそういう対象として考えられない。未成年に手を出して万が一問題になった時に責任を問われるのは俺の方なんだ。そんな危険を犯してまで君と付き合いたいと思わない」
「そんな……」
嘘だ。本当は高校生じゃなかったら付き合いたい。彼女が笑顔で挨拶してくれる度に、疲れが飛んだ気がした。朝から機嫌が良い俺に、何か良いことありましたか? って会社の奴らに何度言われたことか。
知り合って間もないが、毎回全力で好きだと伝えてくれる健気な彼女に惚れない奴は居ないと思う。今まで年下なんてめんどくさいと思っていたのが嘘かのように、彼女のメールを楽しみに待つ自分がいた。彼女が高校生じゃなかったらと何度考えたことか。
「電車で待つようなこともしないでくれ。迷惑だ」
「……っ」
「君の気持ちは嬉しかった。これはそのお礼だ。じゃあ元気でな」
あえて冷たい言葉で彼女を突き放す。そうでもしないと彼女はまた何日もあの電車で待つだろう。俺が現れなくても平気で待ち続けるに違いない。
彼女に渡したのは、花柄のハンカチタオルだ。ハンカチタオルはアルバイトへの送別品として俺がよく渡すもの。何の意味も込めてないと、特別な理由はないと思ってもらえるようにそれにした。だが本当はこのタオルを見て俺のことを思い出して欲しいと思ってるいる。なんて女々しいのだろうか。
最後は彼女の顔を見ることが出来ず、そのまま振り返ることもせずに立ち去った。その日の晩に酒を浴びるように飲んだのは言うまでもない。それなのにあの日また彼女に会うとは……。
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