第9話 大地side 彼の事情
「そこら辺の女子高生に告られたって? マジ!?」
「あぁ。本気かどうか分かんないけどな」
そう俺が話しているのは同期の山城。同じ店舗で働く唯一の同期だから俺たちは仲が良い。休憩がかぶるとこうして一緒に外に出て過ごしている。
「マジかぁ。羨ましいな。バイトの高校生に告られることはあっても、一般の女子高生からってないからなぁ。お前別にイケメンでもないのにな」
「だろう? 俺なんか普通の普通だぜ? だから罰ゲームか何かだと思ったけど、そう言ったら泣きそうになって」
「そりゃあ本気で告ってんのにそんなこと言われたら泣くさ」
「だからって付き合えないだろ」
「そりゃそうだよな。さすがに女子高生には俺もガチでは手ェ出せねぇや」
そうしてその日の雑談タイムは過ぎて行った。お互いにまだこの時は日常の一コマを話したに過ぎなかった。
「おい、なんか落ちたぞ」
そう言って山城が紙を拾って固まる。しまった、アレをスーツのポケットに入れっぱなしになっていた。
「何だこれ? あなたの優しい所が好きです。LINE下さい……って、えっ? これもしかしてこの前話してた女子高生!?」
「……そうだよ」
「お前彼女のこと振ったんじゃなかった?」
「そうだけど、電車で待ってるんだよ。それで手紙渡されて仕方なく……」
「おい、相手に期待させんじゃないよ。そっちの方が後からくるぞ」
「そうは言っても待ってるんだから仕方なく……」
「お前まさか彼女に気があるの?」
そう聞かれ俺はつい黙ってしまう。あんなに毎回健気に待たれて、手紙には毎回どこが好きだと書かれていて気にならない訳がない。おまけにあんなに可愛い女子高生だ。夢見たいじゃないか。
「図星かよ。まぁ気持ちは分かるが。だが夢だからこそ良いのであって、現実的には全く夢がないからな」
「分かってるさ。女子高生に手出したらヤバいってことくらい」
俺は食品スーパーの社員として働いている。バイトの高校生や大学生と関わるのが当たり前の仕事である為、そういったモラルに関しては厳しいのだ。
厳しいというか、実際に女子高生と付き合ってるのがバレて親に乗り込まれたり、配置転換されたり等の噂や事例が山程あるのだ。
ついこの前も、近隣店舗で社員と未成年のバイトがデキ婚することになり、親が店長を出して店としての責任を取れと揉めたと聞いている。
もう27になり、仕事もそこそこ任せてもらえる中堅だ。やっと稼ぎも良くなってきて、仕事が楽しいと思えて来ている時に、そんな不祥事を起こして退職などしたくない。退職にならずとも、親から警察に通報されたら社会的に終わりだ。
「知ってるか? 西のエリマネが1人この前降格しただろう? あれはセクハラとか言われてるけど、実際は高校生と付き合ってたって話らしいぞ。相手本人も親も付き合いを認めてるから退職までは行かなかったけど、会社的にまずいってなって降格したらしい」
「まじか」
「あぁ。だからお前も気をつけろよ。変に気を持たせて店まで乗り込まれたら厄介だぞ。早めにちゃんとサッパリ切れよ」
そう言われて、このままの関係はお互いに良くないと改めて思い、次の週末でキッパリ終わりにしようと決める。仕事終わりに彼女からのメールを見るのが最近の日課になっていたので、それが終わってしまうと思うと少し寂しく思う。彼女からのお疲れ様ですの一言で、その日の疲れが飛んだ気がしていたのだ。
その日のメールで来週の予定を聞くと、すぐさま彼女からの返信がある。とても楽しみにしている様子が伝わってきて罪悪感が募る。俺はその日で終わりにしようとしているのに、彼女に期待させてしまっている。
だが彼女には直接会って話したかったのと、彼女と最後の思い出が欲しいと思ってしまったんだ。そう思ってしまう時点でもう俺は落ちているんだろうけど、この気持ちは絶対に表には出さないと決めている。もうアラサーなのだ。自分の感情のコントロールくらいは出来る、あの素直な女子高生とは違うのだ。
◇
「全く……いつから居たんだよ」
「えっと……30分前から?」
「そうか30分で涎垂らす程寝れるのか、すごいな。……って涎は冗談だからゴシゴシ拭うな。それで本当はいつから居たんだ?」
日中の温かい日差しが出ているといえども、鼻が真っ赤になるくらいは待っているんだ。30分で済むはずがない。
「……2時間前からです」
「バカか。早すぎだろ。ほら、行くぞ」
予想通りの返答に呆れるが、それ程楽しみにしてくれたのかと思うと自分の心が弾むのが分かる。俺はそれを隠すように彼女に背を向けて歩き始める。後ろから少し焦った彼女が着いてくるのすら嬉しく感じている俺は重症だ。
今日の服装だって、おそらく俺に合わせて普段より大人っぽく仕上げたのだろう。その背伸びしている感じが可愛らしくもあり、綺麗でもあった。そんなこと口には出さないが。
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