第8話 約束の日


「あぁ。やっと3年経ったのになぁ」


 3年前の私はお兄さんの立場とかを全く理解出来ていない、ただ恋に浮かれる子供だったと今なら分かる。あのままお兄さんと付き合ったとしても上手くいかなかっただろう。


 けど今は違う、今ならあの時のお兄さんの気持ちも分かるのだ。そしてあんな一方的な約束なんか守る必要もないことも。でも私はあの口は悪いが本当は優しい彼が来てくれることを信じている。彼は私の気持ちを受け入れてくれなくてもきっと来てくれるだろうと。



 でも13分着の乗客の中にもお兄さんは居なかった。もう15分になるが、お兄さんは結局現れない。今回はコンビニに寄っていたという奇跡も起きなかったようだ。


 私は重たい足取りで改札を抜けようと歩き出した。



 ぐいっ。歩き出した私の腕が急に後ろに引かれる。


「っつ、危ねぇ」


「!? お兄さん……!?」


 目の前には記憶よりも少し歳を取ったお兄さんがいた。以前よりも古びたというか、少しやつれたというか、とにかく疲れてるオーラが出ていて心配になってしまう。



「危なかった……。お前メール見たかよ」


「メール!? そういえばLINEしかチェックしてなかった」


「はぁ。LINE知らないだろう。遅くなるってメール入れたのにちっとも返事が来ないから焦ったじゃないか」


「ごめんなさい……」


「いや、俺こそ待たせて悪かった」


「……来てくれたんですね」


「当たり前だろう。あんな手紙もらって忘れる訳がない」


「…………」


 私はもう涙が止まらず、お兄さんの顔も分からない状態だ。


「……とりあえず場所移すか。俺の車でいいか?」


「……はい」


 ポンポンと私の頭を叩いてから歩き出すお兄さんの後を着いていく。


 駅近くのタイムズにお兄さんの黒い車が止まっていた。お兄さんが運転席に乗り込むのを見て、私も助手席に乗る。


「ほら、寒かっただろう。これ飲んで一旦落ち着け」


「ありがとうございます」


 温かいお茶のペットボトルを渡してくれると、車の暖房もつけてくれる。


「……少しは落ち着いたか?」


「はい、だいぶ」


「3年振りだな……」


「はい、私は少しは大人っぽくなりましたか?」


「あぁ。3年前のちんちくりんとは大違いだ」


「もう!!」


「……俺はおっさんになってただろう? 幻滅したか?」


「そんなことないです! 私はお兄さん一筋ですから!」


 私のこの3年間の思いを舐めないで欲しい。多少見た目が疲れたおじさんに近づいていようが、お兄さんを好きな気持ちは変わらない。


「お前は変わらないな」


「はい! 3年間ずっとあなたが好きでした。何度忘れようと思っても、ずっと忘れられないんです。私は今日20歳になりました。私と付き合ってくれませんか?」


「……あぁ。こんなおっさんで良ければ」


「嘘だ! うそっ!!」


「嘘なんかつく訳ないだろう」


「だって!! 絶対付き合わないって言ってたのに!!」


「それはお前が高校生だったからだろう。高校生じゃなかったから、こんなに俺を好いてくれてる可愛い子を離す訳ない」


「可愛い子って……私のこと? うそっお兄さんが私のこと可愛いって言った!!」


「もうお前うるさいよ。黙って」


 そう言うとお兄さんの顔が近づいてきて……。それが私のファーストキスだった。


「んん」


「……千尋。俺のことを好きでいてくれてありがとう。これからは思ってくれていた分ちゃんと大切にするから」


「ふえ……。そんな言葉ずるいよ。私の方が好きで好きでたまらないのに!! これ以上お兄さんのことを好きになったらどう責任取ってくれるんですか!?」


「大地だ」


「??」


「俺の名前、佐藤大地だ。お兄さんじゃなくて大地って呼べよ」


「だいち……?」


「そう。お前こそ責任取れよな。俺はこの3年間お前のせいで彼女出来損ねて、婚期も伸びてるんだから。アラサーと付き合うんだから、簡単に逃してやらないからな」


「それってどういう意味……?」


「自分で考えろバカ」


 そう言うと再びキスをしてくる大地。私は慣れないキスにふわふわした気分になって彼を見つめる。


「お前……20歳になったからと言って危機感置いてくるなよ。もう少し危機感持ってくれなきゃ困る」


「うん?」


「はぁ。俺以外の前じゃそんな顔するんじゃないぞ」


「そんな顔?」


「とにかくお前は俺の彼女になった。分かったか? もう一生離してやらないから、こんなおっさん嫌だって返品不可だからな」


「うん! 私も一生離れないから今度こそよろしくお願いします!!」


 長い長い片想いがやっと結ばれた。これから辛いことも楽しいことも沢山あるだろう。けどお兄さんに対するこの気持ちはずっと変わらないと思う。


「それと誕生日おめでとう。これをどうぞ、可愛い俺の彼女様」


 ほら、この人はこんなにも私を喜ばせるのが得意なのだから。


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