第4話『一から裕司のモンブラン』②
昼寝からまた数時間後。
バイトも学業も、苦でないのはわかっているが……彼氏と一緒に遊びに行くのはもっと楽しい。これまで彼氏がいなかったわけではないが、高校時代とは違って多少金銭的に融通が利く今は……出来ることが増えてもっと楽しいのだ。
「おー、怜やん? 起きた?」
裕司は、キッチンの方から顔を覗かせてきた。手には、ハンドミキサーでクリームを泡立てているようだった。その音に気づかないくらいに、怜は熟睡していたらしい。
「やーやー、よーく寝てしまったよ」
「いいことぜよ。昨日頑張ったんだし、ゆっくりしとき?」
「こもやんの方が頑張っているじゃないか」
たしかに、グラッセ作りのために一緒にペティナイフで鬼皮は剥いたけれど。たまに渋皮も一緒に剥いてしまいそうだったので、慣れない作業は大変だった。今日とて、ほとんど怜は掃除だけで何もしていない。
ぷぅっと頬をふくらませていると、裕司は持っていたボウルを怜の前に出してきた。
「ちょいと味見頼む」
「……いいのかね?」
「怜やんのために作っているとは言え、濃さは人それぞれだから」
なら、と拗ねすねモードは明後日の方向に飛んで行き、ちょいとボウルの縁にあるモンブラン特有の焦げ茶のクリームを指ですくった。
口に運べば、ほんわか洋酒の香りも強いが栗の芳醇な香りと味わいが広がったのだ。
「え!? これ、お店のよりも美味しい!!」
「恐悦至極。怜やんは甘過ぎるのよりは、控えめが好きだったはずだと思って」
「ザッツライト! ケーキ屋さんのが美味しくないわけじゃないけど……なんか、甘ったるいんだよね?」
「ホテルもだけど、コスパ考えると日持ちのためにも添加物入れたりするからなあ?」
「と言うことは……これは無添加? だから?」
「そう言うことぜよ? ショートニングやスキムミルクなども一切不使用」
「おお!」
どうも、専門店などもだがホテルのデザートは甘味が強いところが多い。違う場合もあるのはわかるが、怜が行く先々だとなかなか思うようなデザートに出会えない。
コンビニも同様だけれど、手軽さを考えればそちらを買ってしまうのだ。
しかし、裕司手製のモンブランはそうでないはず。クリームの味見だけで期待度が高まってしまうのだ。
「怜やんひとつ頼みが」
「ほいほい、なんだね?」
「コーヒーだけ頼みたい」
「了解でふた!」
怜も出来ることと言えば、ドリップコーヒー。
今日は裕司の部屋なので、自宅とは違ってコンビニでも買えるひとつひとつ小分けされているペーパードリップだ。
お揃いのマグカップにそれをセッティングして、お湯だけは電気ケトルではなく怜が持ち込んだホウロウのやかんを。思った以上に熱伝導が早いのですぐに湯が沸くのだ。
ホテル業務のは、サーバーと言う機械で簡単に大量生産出来るが、怜はひとり暮らしを始めてからはインスタントも飲むけれど……自分で豆挽きからドリップコーヒーを淹れるのが趣味だ。
ゆっくりとふたり分のコーヒーを淹れ終わる頃には、裕司の方も仕上げたらしい。
「出来たぜよ」
ちょこんと言う可愛いらしいフォルムではなく。
どっしりと、しっかりした大きさのマロンクリームたっぷりがかかった、半ドーム型のモンブランが皿の上に鎮座していた。
冷やした方がいいかもしれないが、これはもう我慢ならないと怜が首を何度も縦に振ると、裕司はテーブルの方に持っていってくれた。
「おおお!」
怜の淹れたコーヒーを横に置くと、小さいテーブルでもモンブランが立派過ぎて……まるで、お洒落なカフェとかに来た気分になれる。とは言っても、椅子はないのでカーペットの上に座ることになるが。
「どうぞ、召し上がれ」
「食べるのもったいないよぉ」
追加で買った道具を使った、糸状に出てくる固いマロンクリームが……本当に、いつものホテルで扱うスイーツのように美しい。内側には、スポンジケーキ以外に何が隠れているかわからないが……怜の好みに合わせて作ってくれたのだから、とフォークを手に。
いざ、と渾身の力作であるモンブランにそっと差し込む。出来立てなので柔らかく、スッと持ち上げられるくらいに軽い。
内側は白いホイップクリームのようだ。さらにその下には。
「びっくりしたぜよ?」
裕司が面白そうに笑うのも無理はない。それだけ、怜も自分でわかるくらい、口がぽかんと開いてしまったのだ。
「……こもやん、この栗」
「マロングラッセぜよ?」
「なんで内側に??」
「前に調べた時にさ? 内側にグラッセを丸ごと入れるモンブランもあるんだってさ?」
「ふぉお!!」
期待値爆大。
持ったままのフォークを口に運べば。
味見した時以上の……程よい甘さだが、濃厚な栗の風味が口いっぱいに広がったのだった。
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