第五章 眞島の場合③

第1話 ホテルの冷蔵庫

 夏もまだまだ続き、エアコン完備されているホテルでは……熱いところはシェフ達が常駐している厨房は大変そうだ。


 れいの彼氏である小森こもり裕司ゆうじもまかない処である社員食堂で料理を作っているが……シェフらのように、ずっと作っているわけではないらしいので、暇な時間はのんびり下ごしらえをしているそうだ。


 その日のバイトは週末。


 パーティーなどの宴会業務が多いので、怜は業務用冷蔵庫に向かっていた。普通の冷蔵庫ではなく、小部屋を一室丸ごと冷蔵庫のように冷やしている場所。


 コールド料理、つまり、冷やして置いた方がなお美味しい冷たい料理に……ラップをして保存しておくための部屋だ。


 会場にセッティングするのは、だいたい会場の一時間前。季節にもよるが、冷暖房完備のホテルの一室では乾燥やぬるくなるのを避けるためである。


 ただ、問題はひとつ。



「……しゃぶい」



 夏なのに、マイナス温度で保たれている冷蔵庫は、一瞬ならともかく……数分程度でも寒くてたまらないのだ。



「……寒いデスね」



 先日、研修のバッジが取れたばかりの、年上の後輩。


 中国ハーフのワン苺鈴メイリンもジャケットの腕をさすっていた。



「……これが二台もあるのか」



 今日は比較的大きな部屋での仕事なので、台車も二台ある。なので、苺鈴と共に地下通路にある冷蔵庫の一室を開けたのだ。



「早く運びまショウ……」


「そうだね、そうだね! やや! あれは」


「? あれ、デスカ??」



 冷蔵庫の奥に、固まって置かれている丸いもの。


 それに、怜は寒さが吹っ飛んだと思った気持ちになる。



「スイカだよ、ワンちゃん!」



 台車を運ぶ前に、スイカに近づいてこんこんと軽く叩いた。裕司とは違い、あまり食材に詳しくない怜にはそれが中身の詰まったスイカとは判別しにくい。



「スイカ……丸いんデスね?」


「中国では違ったのかね?」


「私の出身地では……こう、横に長くて」


「楕円のスイカ? 日本のは基本的に丸いよー?」


「はい。味は似ている……と思いマス。でも」



 なんでこんなとろに。


 ミーティングでも、打ち合わせの用紙にも……余興などに、スイカ割りをするようなメモなどは書かれていなかった。


 しかし、現実にはスイカが存在する。ひとつどころか、二玉だけでなく三玉も。


 気になって、予定の料理が載っている台車を運んでから……今日の会場のキャプテンである葛木くずきに聞いてみた。



「スイカ〜? 知らないねぇ??」



 セッティングの仕上げに取り掛かっていた葛木に聞いても、知らないと返されただけだった。



「おかしいですね〜? ああいうのは、絶対葛木さんだと思っていたのに」


「デスね」


「君達にとって、私はどう映っているんだい?」


「イベントごとには全力で取り組む、ママさんですね!!」


「わかっているねぇ?」



 けど、私じゃないともう一度言われると……バックヤードから、ニョキッと手が伸びてきた。普通のジャケットではなく、葛木と同じタキシード風に似せた黒い袖。



「俺が用意した!!」


紫藤しどうさん?」


「しどたんが??」


「シドーキャプテン」



 挙手した後に入ってきたのは、葛木よりも年齢を重ねた風貌ではあるが、はにかんだ笑顔が好印象を持てる……黒服の男性、紫藤だった。


 葛木があだ名で呼ぶのは、年齢はともかく同期だかららしい。



「ほら。総部長が、近いうちに客室業務以外は休みの日を作ってくれるって言ったじゃないか? それで、俺が買ってきてあそこに入れて置いたんだ」



 出来れば、サプライズにしたかったと楽しそうに言っているところに……葛木が何故か彼の胸ぐらを掴んだ。



「ブルーシート諸々の、片付け処理班は??」


「お、俺と……ちょう君で」


「バイトをかい?」


「……彼も楽しみにしてくれたので」


「…………はぁ」



 とりあえず、ホテル一同で遊ぶ日内容が決まったようだ。

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