第四章 小森の場合②

第1話 苦手なものは

 人間、誰しもひとつやふたつくらい苦手なものがあるのだ。



「……こもやん、これはどうしてもかね?」


「…………まあ、無理して食べなくてもいいぜよ。れいやん」



 今日も今日とて、お互いはバイト。


 ただし、怜が裕司ゆうじのいるところに来るのは、決まって休憩の時だ。裕司の仕事が、社員食堂も兼ねたまかない処であるからだ。


 そして、今怜が渋っているのは。



「…………ところてんって美味しいの??」



 本日はデザート付きと言うことで、季節に見合った『ところてん』を出しているのである。夏真っ盛りと言うことで、味付けは黒蜜ではなく酢醤油だ。


 どうも、怜にとっては苦手な食材らしい。一応、裕司は彼女と交際しているので知ってはいたが。今日のデザート提案者は上司である山越やまこしなので、裕司は口出ししていない。



「怜やん、春雨は好きじゃなかろうか」


「春雨はちゅるちゅるしているのだよ」


「ところてんは寒天だし、太さが違うだけで食感は似てるぜよ?」


「モニュモニュするじゃないか! あとこれ、酸っぱい味付けみたいだし!!」


「? 酸っぱいのは平気じゃ?」


「ところてんにすると苦手なのだよ」



 口調変えで遊んでも、やはり苦手なものは苦手らしい。


 ほぼ無味ゆえに、味付けをしないと食べられないところてんだから……黒蜜か酢醤油をかけないと食べられないのに、怜にはダメなようだ。


 代わりに食べようか、と提案すると怜は謝ってから裕司に渡してきた。余程ダメらしい。



(……美味しいのになあ?)



 裕司には食事の好き嫌いがほぼない。料理人を目指す上ではいいことだ。


 苦手として多い、ピーマンやにんじんとかも大好物の部類である。対する、恋人の怜もほとんど好き嫌いはないが、今裕司が口にしているところてんのように苦手なものはあった。


 惚気になるだろうが、いつも元気な怜の変わった一面を見れて、裕司としては嬉しかった。



「……美味しそうに食べるね?」



 食べるところを見ていたのか、怜がカウンターの前で肘をついていた。



「味は酢醤油だからね? 冷やし中華食べてる感覚ぜよ?」


「……冷やし中華は別」


「何で嫌いになったの?」


「運動会」


「へ?」


「小学校とかで、タダで配ってたの! なんか……美味しそうには見えなくて。変に酸っぱくて、そっからダメ!!」


「……それは」



 無償で配るクオリティーと今食べているものは全然違う。しかし、それでも苦手意識を植え付けられたら……克服出来るかと言えば違うようだ。


 なら、是非とも美味しいものを食べさせてあげたいが。


 裕司の知っている、美味しいところてんの時期は、今の夏ではなく冬なのだ。

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