第2話 ところてんの時期

 ところてんが定番と言えば、夏をイメージされやすいが。


 世間で出回る時期が、寒天を乾物にさせたものなので夏が多いのだ。


 生……を提供してくれるのが、裕司ゆうじの知っている知識だと冬。しかも、県外で長野県なのだ。


 父方は三重県だが、母方が長野県が実家なので……小さい頃は帰省の時に食べさせてもらった記憶がある。


 あの、ちゅるんとした通常のところてん以上の食感は、夏に食べるものとは別物だったと記憶していた。成長して、母方の祖父母にもあまり会いに行かなくなると……生ところてんは食べなくなってきた。祖父母とは不仲ではなく、単純に帰省をしなくなったためだ。


 専門学校に入学して報告に行った時も、祖父母は温かく迎えてくれた。あれ以来、長野には足を運んでいない。



(けど、せっかくだかられいやんには美味いところてんを食べてほしい)



 まかない提供も落ち着いたところで、休憩がてら裕司は食堂の入り口手前にある喫煙スペースでタバコをふかしていた。上階層はともかく、従業員スペースが大して確保出来ないビジネスホテルなので……更衣室を含めたロッカールームもだが、休憩スペースも狭い。


 まかない処である食堂も、厨房もだが席もちょっとしか確保出来ないのだ。勤務して、そろそろ三年近く経つが……これと言って不便はない。


 ないが、女子のロッカールームに面する位置に喫煙スペースを設置するのはいかがなものか。


 ずっとではないが、タバコの煙が怜にかかるのはあまり気持ちの良い感じがしない。惚れているからだが、恋人に副流煙をあまり吸わせたくない。


 だから、裕司としてはそろそろタバコを止めるかとも思っていた。


 主題が逸れたが、ところてんの製造時期は冬場が多い。


 なので、その地元の茶屋などでは……わずかな時期であれ、出来立てに近いところてんを味わえるのだ。小さい頃だけだったが、あの味わいを思うと是非怜にも食べさせてやりたいが。



(……まだ数ヶ月あるしなあ?)



 冬の時期、乾燥真っ只中だがその時期に作ってこその寒天と言えるそうだ。


 基本、なんでも美味しそうに食事をする怜は本当に可愛らしい。


 惚れた欲目もあるが、ハムスターが頬袋を作りながら食べるように、少し頬を膨らます感じで食事をするのが可愛いのだ。


 昼に裕司に渡してきたところてんも、正直、食べて欲しかった。


 まさか、あれほど苦手だとは思わなかったが。



「! 怜やん、漬物は好きだったな?」



 酢醤油自体を毛嫌いしているわけではなかったから、裕司は思いついたことをスマホにメモしておいた。こうしないと、時々予定などを忘れるからだ。


 怜とのデートなどは、ずっと楽しみにしているから忘れはしないが。



「おー? 小森こもり君」



 スマホを仕舞い、そろそろタバコも終わるところで別部署の上司が来た。黒いタキシード風の制服を着ている……以前、裕司らにレジャー施設のチケットを渡してくれた女性、葛木くずきだった。


 彼女も喫煙者なので、もうタバコをスタンバイしていた。



「お疲れ様です」


「お疲れー。私はちょっとふかしに来ただけだけど」


「そうですか」


「夜のまかないも期待してるよ。……眞島まとうちゃんは、ところてん出たって嫌がっていたけど」


「どーも、少しトラウマがあったようでダメになったらしいです」


「ほとんど無味無臭なのにねー? ま、君の顔見てると、克服させようとしてるね?」


「……まあ」



 交際しているのを知っている上司のひとりなので、まるで悪戯っ子のように頭を撫でられた。


 とりあえず、夕方のまかないのために裕司は食堂の中へ戻っていく。

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