俺には第六感があるが、俺を小馬鹿にするガキには第16777216感まである
志波 煌汰
「たかが第六感で調子に乗れるんだ~♡」
俺には第六感がある。
一般人には存在しない、常識を超えた感覚だ。
そう、俺は選ばれた存在なんだ!
「え~♡ たかが第六感で調子に乗れるんだ~♡」
耳朶をくすぐる甘ったるい声と共に現れたのはメスガキ。
俺が調子に乗っていると現れて小馬鹿にしてくる、生意気な美少女である。
「相変わらずこの部屋くさ~い♡ 煙とおじさんの匂いがぷんぷんする~♡」
「何の用だよ、メスガキ」
俺は吐いた煙をメスガキに浴びせかける。メスガキは「副流煙♡ 染みついた煙の臭いで誤認逮捕されちゃう♡ 非行少女のレッテル待ったなし♡」などと言いつつ手をパタパタさせた。
「おじさんがぁ、大したことないのにイキってるみたいだからぁ、笑ってやろ~と思って♡」
「相変わらずクソ生意気な……。だが今回はお前も馬鹿に出来まい。何せ第六感、人類を超えた証だぞ。恐れ慄け」
「まだ両手の指で収まるくらいの感覚で満足してるんだ~♡ そんなだから異常独身男性なんだよ~?♡」
「そんなこと言ったら大抵の人類は異常独身男性になっちゃうだろ」
俺の指摘も意に介せず、メスガキはそのクソプリティフェイスに嘲笑うような笑みを浮かべる。
「私はぁ、その三倍以上の感覚を持ってるよ~?」
「なんだと!?」
俺は激しく動揺した。
「お、大人をからかうな!! この選ばれた俺でさえ6つの感覚なんだぞ! お前みたいなメスガキがその倍以上も持ってるわけがない!!」
「くすくすくす……そういう風に若者の可能性を認められないから、おじさんは未だに
「こいつ宇宙世紀みたいなことを言いやがって……!」
いくら何でも未来過ぎる。
腹立たしいことを言う美少女に対し、俺は大人の余裕を見せるために大きく煙を吸い込んで言う。
「いいだろう、そこまで言うなら教えてみろよ。お前にどんな感覚があるのか」
「え~♡ 人に教えを乞うときは態度ってものがあるんじゃないの~?」
「……ッ! 教えてください……ッ!」
「よろしい~♡」
にやにやと笑いながら下げた頭を撫でるメスガキに、俺はめちゃくちゃイライラした。特に下半身が。
「そこまで言うなら教えてあげるね♡ まずは基本の五感♡ 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚……♡」
そこでメスガキは不意に黙った。
「……? どうした、続けろよ」
「ふと思ったけど、『五感』って言うのにそれぞれの名前は『〇覚』なの、なんか気持ち悪くな~い?」
「分からんでもない」
「ここは揃えるべきだと思うな♡ だから視覚じゃなくてぇ……『視感』ってすべきじゃないの♡」
と、メスガキはそこで俺の眼を見て、体を隠すような素振りをした。
「やだ~♡ そっちの『しかん』じゃないよ~♡」
「誰もそんなこと思ってねえよ」
「おじさんが持ってるの、
「やかましいわ」
「あ、ごめん♡ セックスにセンスあったら異常独身男性やってないよね♡」
「本当にやかましいわ」
生意気な言動と体しやがって……!!
閑話休題。
「で? お前の五感以外の感覚って?」
「一つずつ教えてあげるね♡ まずは……『固有覚』♡」
「こゆうかく……?」
なんだそれは。
「あ♡ 今『遊郭』と聞き間違えた♡」
「そこまで頭ピンクじゃねえよ」
「あるいは鬼滅の見過ぎ♡」
「前期は『からかい上手の高木さん』の三期しか見てねえよ」
「性癖に素直すぎ♡」
メスガキは一瞬引いた表情を見せた後、気を取り直して説明に入った。
「固有覚っていうのは♡ 『深部感覚』とも呼ばれて♡ 『体の内部の眼』の役割を果たす感覚だよ♡」
「ええっと……?」
「おじさんの頭でも分かりやすく言うと♡ 自分の体の状態を知覚する働きのこと♡ 体の各部の位置を把握する『位置覚』、運動状態を把握する『運動覚』、体に加わる抵抗を把握する『抵抗覚』、重さを感知する『重量覚』の4つに分けられるよ♡」
「なるほど……ん? いや待て、それって誰でも持って──」
「これで九個ね♡」
俺の言葉をメスガキは無視し、続けた。
「次は温覚と冷覚♡ 温度を感じる感覚だよ♡ 痛覚♡ 痛みを感じる♡ 圧覚♡ 抑えられた感じを把握♡ 振動覚♡ 振動を感知♡ 深部痛覚♡ 身体内部の痛覚♡ 内臓痛覚♡ 内臓の痛覚♡」
「いやあの」
「臓器感覚♡ 吐き気や渇き、飢餓や便意、尿意……性欲もこの感覚だね♡ おじさんは一番使ってるんじゃないの♡ そして平衡感覚♡ 傾きを感じるよ♡ 内耳の前庭で感じる前庭感覚と同じ意味のこともあるけど、視覚や皮膚感覚、深部感覚も統合して称されることもあるよ♡ 最後に瘙痒感♡ 痒みの感覚だね♡ 長い間『痒みは痛みの軽いもの』っていうのが通説だったけど、2009年に独立した感覚であることを示す研究が発表されたんだよ♡」
「へぇ、ためになるな……ってそうじゃなく」
俺はようやくツッコミを入れた。
「それ全部、普通の人間なら持ってるやつだろ!!!」
「そうだよ♡」
メスガキはからかうような笑みを見せた。
「これだけで十九個の感覚があるのに、たったの六つでイキってるおじさん、雑魚~い♡」
「……ッ! このクソラブリーエンジェルが……ッ! ふざけたこと言いやがって……!!」
「騙されるおじさんが悪いんじゃないの♡」
メスガキの言動に苛立つ神経(および他の部分)を、しかし俺は煙を吸って無理やり抑え、なんとか「は? 全然余裕だが?」という態度を見せる。
「はっ、まだまだガキだな、そんな言葉遊びでマウントをとろうなんて……。そんなありきたりのものじゃない、俺は一般人にはない感覚をだな……」
「え♡ 別にこれで終わりとか言ってないけど♡」
「なんだと……!?」
メスガキは蠱惑的に笑う。
「まずは霊感♡ 幽霊とか見えるし♡」
「はっ、ガキの戯言だな。お前ぐらいのガキはよくそういう嘘を……」
「今はおじさんの背中に三日前にコケてぶちまけたカップ麺の幽霊が見える♡」
「なぜ知っている!? っていうかカップ麺って幽霊になるの!?」
「守護霊はミジンコ♡ よわよわ♡」
「守護霊まで雑魚だと言いたいのか!?」
「あと足元に絡みつく手も見える♡ 私よりちっちゃい手♡ おじさんの弟かな♡ 子供の頃、お母さんに可愛がられてた弟に嫉妬して、かくれんぼの時意地悪して置いていったんだ♡ そのまま行方不明なんだね♡ 弟くん、おじさんのこと今でも恨んでるよ♡」
「マジで怖い奴やめろ!!! 思い出させるな!!」
俺はうずくまる。
「お次は電気覚♡ サメのロレンチーニ器官みたいに、電位の変化を感じ取れるよ♡ だからそこのコンセントに盗聴器があるのも分かる♡」
「うわマジか!! こっちもこっちで怖!!!」
「そして熱覚♡」
「それは温覚や冷覚とは違うのか?」
「違うよ♡ ピット器官があるの♡」
「お前蛇人間だったのか?」
「気覚♡ 相手の『気』の大きさから、大体の強さが分かる♡ おじさんの戦闘力はたったの0.5♡」
「ドラゴンボール世界の住民?」
「未来視覚♡ トリオンの
「さっきからやたらとジャンプじゃない?」
「他にもぉ……♡」
それからメスガキは次々と自らの持つ感覚について明示していった。
その数は凄まじく、なんと累計して第16777216感まで存在した。
「め、メスガキ……お前そんなにたくさんの感覚を……?」
「そうだよ♡ マジで世界の解像度高すぎ♡ 時とか余裕で見える♡」
未来視あるやつが言うと冗談ではない。
しかしそれよりも俺は気がかりなことがあった。
「お前、そんな解像度で、俺なんかの傍に居たら……」
「うん♡ マジキモすぎ♡」
メスガキは笑う。
見下した表情で、笑う。
「まず視覚的にキモい♡ 嗅覚からは悪臭♡ 声も不快♡ 部屋にいるだけで舌がピリピリする♡ 触覚とか使うのも嫌♡ 一緒にいるだけで平衡感覚狂う♡ 臓器感覚が吐き気を訴える♡」
マジで散々な言われように、俺の眼から自然と涙が出てくる。
もうここで全部終わりにしてやろうか、そう思ったとき。
「でも……」
メスガキは、今までで一番魅惑的な笑みを浮かべた。
「それでも、おじさんのことが好き……♡」
「メスガキ……ッ!!」
その言葉に俺は理性の全てを投げ捨て、メスガキを押し倒した。
「やだ、きもーい♡」
メスガキの甘い囁きが耳の中で転がる。
そのまま俺たちは、最高の時間を過ごした。
全身で世界の──お互いの全てを感じるような、甘美な時間だった。
視界の全てが約1680万色に輝いていた。
「ところでおじさんの第六感って結局なんなの♡」
事後。メスガキが俺の横で問いかける。
俺は煙を吐き出して答えた。
「ああ、言ってなかったか。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚に加え、もう一つの感覚……『幻覚』だよ」
「そうだよね♡ 異常独身男性のおじさんのところに、こんな美少女が来て相手してくれるわけないもんね♡」
そう言い残すと、メスガキの姿はふっ……と掻き消えた。
あまりにあっけなかった。
「最後の最後まで悪態かよ、どうしようもないメスガキだな」
俺は大麻臭い部屋で独り言ちた。
玄関の扉からはノックの音と、「警察です。大人しくドアを開けなさい」と言う威圧感のある声が聞こえてくる。
俺は揺れる扉と、破滅の音を黙って聞いていた。
終わりだ終わり
俺には第六感があるが、俺を小馬鹿にするガキには第16777216感まである 志波 煌汰 @siva_quarter
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