第32話 妖術紅茶
風呂上がりにコーヒー牛乳ではなく、頂き物の紅茶を飲むことにした。
「ポポ先生。なあに、それ?」
「アナウサギの妖術師と
「こんたくと?」
「紅茶を飲む間だけ、〈
あいにくポポロに紅茶を飲む習慣などなかったが、注意書きにある手順を正確になぞることにした。アナウサギ印のティーバッグに触れると、まるで手品のように白磁のティーカップとソーサーが現れた。
「わ、ウサギさんが隠れちゃった」
ソーサーを裏返した際、アナウサギ人形が忽然と姿を消した。スーニャンはいなくなってしまった人形を探して、テーブルの下や椅子の下に潜り込んだ。
「不思議だねえ、スーニャン」
「ふしぎ、ふしぎ」
「もうそろそろかな」
ポポロがソーサーを元に戻すと、カップの縁にアナウサギ人形の姿があった。湯気の立つ紅茶の液面は、幻想的な天空を思わせる青色だった。
「お仕事のご依頼ですか?」
青色の紅茶に浸かったアナウサギ人形が抑揚のない声で言った。
「えーと、スカンクの獣人クンカーさんの紹介で」
「承知しました。代表にお繋ぎします」
青色だった液面は夜明けの空のように刻々と変化し、薄紫色から琥珀色に変じた。
「お待たせいたしました。〈
事務的な口調が幾分和らいだが、喋っているのはやはりアナウサギ人形であった。
「タヌキの獣人ポポロと申します。クンカーさんの巣穴の天井を壊してしまったので、その修理をお願いしたいと思いました。まずは修理費がいかほどか伺いたい」
琥珀色だった紅茶が鮮やかなピンク色に染まった。
「すみません、時間切れです。ご利用ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
有無を言わさず、通話が途絶えた。ピンク色だった紅茶はすっかり色を失っていた。
「紅茶に色がある間だけ喋っていられる仕組みなのかな」
ポポロは悩ましげに首を傾けた。便利なのだか、不便なのだかよく分からない。
妖術は〈妖しい術〉というだけあって、術者でない第三者には不可解な現象に思えることがしばしばある。
「ぜんぶ入れちゃだめなの?」
スーニャンは余っていた四つのティーバッグをまとめてカップに放り入れた。無色だった液面はたちまち青色に変じた。ティーバッグの個数が通話可能時間に比例するのか、青色からすぐさま紫になることはなかった。
「〈
カップの縁に首をもたせかけているアナウサギ人形が面倒臭そうに言った。顔見知りでない相手には親切な性分でないのかもしれない。だがスーニャンの顔を見つめるなり、人形の声がはっきりと上ずった。鼻息は荒く、やけに興奮している。
「きゃっ……、なに、か、かわっ……」
スーニャンは喋る人形が珍しいのか、げしげしと蹴り、ガリガリ爪を立てた。
「いやん、弄っちゃいやぁ」
嫌がっているようで、内心喜んでいそうな嬌声が発せられた。
「こら、スーニャン。やめなさい」
「ふしぎ、ふしぎ」
スーニャンは人形にじゃれつくのをなかなか止めようとしない。
「すみません。この子はスナネコの獣人スーニャン。空飛び猫に憧れて、飛行訓練を繰り返しているのですが、着地の際にご迷惑をおかけすることが多くて」
ポポロはスーニャンのお遊びをやんわり静止した。
「〈
「スーニャンのこと、ご存知だったんですね」
「次世代の空飛び猫を作ろうって魂胆でしょう。あんなの一匹いれば十分だから関わっていなかったけど、やっぱり任せておけないわね」
アナベルの口振りは、「アレ」だの「あんなの」だのとずいぶんな言い草だった。
「やはり猫が空を飛ぶのは難しいものなのでしょうか」
「空を飛ぶだけなら、やってやれないこともないと思うわ」
紅茶はピンク色を通り越し、もうじき無色になろうとしていた。
「どうやって?」
続きを聞きたければ、ティーバッグをもっと買え。
商魂たくましいキタキツネの獣人コンタであれば、きっとそう言うだろう。幸い、アナベルはあまり商売っ気がないようだった。
「クンカー家の巣穴のメンテナンスついでに地下トウキヨに行くので、詳しいことはそのときにお話しましょう。天井の穴の一つや二つぐらい、ちょちょいと直せるから修理費は要らないわ。その代わりトウキヨの名物スポットを案内してちょうだい」
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