第23話 発掘

 外郎道ウイロードがぼこん、ぼこん、と隆起して、次々にオジュマコジュマが湧いて出た。


 モシュは以前、「アガリコが〈赤星病レッド・パージ〉に罹ると、下級樹霊のオジュマコジュマが湧く」と説明したけれど、オジュマコジュマが生まれる瞬間を間近に見るのは初めてだった。


 外郎道の壁や床は、ういろうである部分とオジュマコジュマを踏み固めた部分からなる。ういろうはオジュマコジュマであり、オジュマコジュマはういろうである、という互換的な関係であるゆえ、オジュマコジュマ一座を一挙に目覚めさせられれば、ミリクがういろうを食べ尽くさなくてもモシュ録を発見できる公算が高い。


 そう考えたミリクはオジュマコジュマにモシュ録を発掘するよう大号令をかけた。


「おみゃーら、モシュオジュマの魂を刻んだモシュ録を探すんだで!」


 そもそもオジュマコジュマに文字が読めるのか、という素朴な疑問はさておき、ミリクはありったけのオジュマコジュマを総動員して、埋もれたモシュ録の大捜索を開始した。


 オジュマコジュマがモシュを忘れていたのは忘却のういろうを食べたからではなかった。ただたんに新しく生まれたばかりで、右も左も分からなかっただけ。ミリクが音頭を取って、〈真の大樹魔シン・オジュマ〉が残したモシュ録を探すように働きかけると、オジュマコジュマたちは喜々として発掘作業に従事した。


「モシュロク! モシュロク!」

「モシュロク! モシュロク!」

「モシュロク! モシュロク!」


 いざ駆けつけてみれば鼠の死骸だったり蜘蛛の巣だったり貯蔵されたドングリだったり、空振りも多かったが、外郎道のあちこちから化石化したモシュ録が次々に出土した。


 モシュ録①:【忘れていることさえ覚えていない】

 モシュ録②:【記憶の欠片を安易に手放すな】

 モシュ録③:【どうでもいいことほど忘れないでいろ】

 モシュ録④:【どうしようもないことほど覚えておけ】

 モシュ録⑤:【重要な記憶かどうかは問題ではない】

 モシュ録⑦:【言葉の綾だ。それぐらい分かれ】

 モシュ録⑧:【モシュは怒っている】

 モシュ録⑨:【モシュは嬉しい】

 モシュ録⑩:【時には言葉よりも雄弁なものがある】

 モシュ録⑪:【モシュは海よりも心が広い】


 ミリクの記憶が正しければ、モシュ録は全部で十一枚。


 そのうち十枚が見つかったけれど、モシュ録⑥:【モシュは悲しい】だけが見つからない。


 モシュ録大捜索中に、姿を隠しているモシュも見つかったらいいな、などと甘く考えていたけれど、こちらも消えっぱなしでモシュの影ひとつ見当たらない。


「ミリクオジュマ! モシュロク!」


 モシュ録発見の報を受けると、ミリクも現場に急行した。我こそはミリクオジュマなり、などと名乗ったつもりはないのに、いつの間にかミリクオジュマと呼ばれている。


「どこどこ? すぐ行く!」


 ういろうの剥がれた外郎道は樹皮が剥き出しになっている。抉れた傷口に〈赤星病〉の病原菌が侵入していた痕跡が散見されるが、もちもちしたういろうが保護材となり、アガリコが内部から枯死するのを防いでいる。


 アガリコとオジュマコジュマは調和的な共生関係にある。オジュマコジュマは〈赤星病〉に罹ったアガリコを癒し、傷を負った樹皮を修復する。アガリコはオジュマコジュマを揺籃する保育器のような役割を担う。


 オジュマコジュマに案内された先は、保護材のういろうがごっそり剥がれ、底の見えない井戸のように落ち窪んだ崖だった。崖の上からでは、ほんとうにモシュ録があるのか判然としない。先陣を切って崖下まで落下したオジュマコジュマがなかなか戻って来ないところを見ると、ずいぶんと深さがあるようだ。


「案内ありがとう。ここは僕が行くよ」


 ミリクは勇んで飛び降りた。昇り龍の頂点から奈落の底まで真っ逆さまに落ちたこともある。底が見えないと言っても限度はあるだろうと高を括っていたが、ミリクは見えない力に押し返されているようで、不思議なことにまったく落下していかない。


 じたばた足掻いても崖上に戻ることも出来ず、崖下に到達することも出来ない宙ぶらりんな状態で留め置かれ、にっちもさっちも動けない。ぞろぞろ集まったオジュマコジュマに「ミリクオジュマ!」と声援を送られたけれど、ミリクはどうすることも出来なかった。


 なんとも中途半端なこの状況をどのように理解すればいいのだろうか。歓迎されてもいないが、拒否されてもいないどっちつかずさから察するにモシュがこの崖の下にいるのだ。間違いなくモシュがいる。問題はモシュが今どういう苦境にあるのか、その一点に尽きる。


 忘れて欲しくないけど、忘れられたくもある状況。

 探してくれるのは嬉しいけれど、姿は見せたくない状況。

 モシュはいったいどんな抜き差しならない深みに嵌まっているのだろうか。


「そこにいるんでしょう。姿を見せたくなかったらそれでもいい。せめて声だけ聞かせてよ」


 必死に懇願すると、ミリクを押し返す見えない力がふっと緩んだ。ミリクは真っ逆さまに落ちていった。受け身を取る余裕さえない間に地面に叩きつけられ、土埃が舞う。


「痛っ、てえーーー」


 首がむち打ちになったみたいに痛んだが、痛みなんてどうだっていい。ミリクはすぐさま立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回すが、土埃がミリクの視界の邪魔をする。


 ようやく視界が晴れ渡ったが、ミリクは思わず唾をごくりと飲み込んだ。


 予想通り、そこにはモシュがいた。

 しかし、もう生きてはいない。


 悲しみのモシュ録を大事そうにしかと胸に抱いて、安らかに眠るモシュの亡骸がひっそりと横たわっていた。

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