第21話 ミリクの意地

「〈開封カイ〉」


 外郎道に封印されているはずのモシュ録を探すため、ミリクは密封を解く妖術を唱えまくった。一時いっときの良心の呵責はどこへやら、ちょっとした快感を覚える始末だ。


 妖術を行使することにもはや抵抗はなかった。どのみち、ミリクは禁を犯した。慣れとは恐ろしい。取り返しのつかないことをしでかしてしまったと悩んだのは最初だけで、幾度も妖術を使ううち、だんだん感覚が麻痺してきた。


「〈開封カイ〉」


 カチカチに固まっていたういろうがべろりと剥がれ、底から新鮮なういろうが顔を出す。いちいち手に取って、そこに文字が刻まれていないかを確認し、文字がなければ脇に退かしておく、という単純作業の繰り返しは骨が折れた。


 掘り返したういろうのどこにもモシュの言葉は刻まれておらず、確認済みのういろうが堆く積まれて山となり進路を塞いだ。ミリクがやっていることといえば、穴を掘り、掘削物を隣に積んでいるだけで、なんの生産性もありはしない。


 ぽっかりと空いたういろうの穴、その隣に設けられたういろうの山。


 掘っては積んでの繰り返しの無意味さがミリクに問いかける。


 モシュ録を探し当てることに何かしら特別な意義があるだろうか。

 ない。


 深く考えるまでもなく特別な意義などありはしない。


 それはただただミリクの意地でしかない。


 外郎道に埋められたモシュ録をすべて発掘したら、モシュが感動に打ち震えて、ひょっこり姿を現しやしないだろうか。


 そんな打算が通用する相手であったのなら、どだいこれほど苦労はしない。


 黙って消えて、あとは知らんぷり。


 ほんとうに死期が近いのかさえ定かではない。


 モシュが最期を迎える場所は外郎道だと確信を持って乗り込んできたけれど、成果らしい成果がないと、その確信もぐらぐら揺らいでくる。


 だいたい、モシュは薄情だ。


 禁を犯してまで外郎道までやって来たのだ。そこまでして追ってきてくれたのか、と喜んでくれたっていいではないか。


 飛び上がって喜べなんて言わない。尻尾を滅茶苦茶に振り乱して飛びついてこいなどと期待もしない。せめてモシュがここにいた、という痕跡ぐらいを見つけたいだけなのに、それさえも高望みなのだろうか。


 山と積まれたういろうを仰ぎ見て、ミリクは深々と溜息をついた。


 ういろうを手に取り、おそるおそる口に運ぶ。


 ミリクはういろうの密封は解けても、ういろうを消す妖術は知らない。


 進路を邪魔するういろうを穴に戻せば、すでに探した場所とこれから探す場所の見分けがつかなくなる。それでは元の木阿弥だ。方法はともかく、道を塞ぐういろうを消さなくてはならないが、妖術で消すことができないのならば食べるしかない。


 そう、食べるしかないのだ。それしか道はない。


 ミリクはこれが忘却のういろうであると知りつつ、がぶりと頬張った。


 薄情なモシュのことなんて、もう忘れてしまえばいい。悪い夢でも見ていたことにして、綺麗さっぱり忘れられたら、いっそすっきりするだろう。そう思いつつ、ういろうを食べた。忘れてしまったときがほんとうのお別れなのだと知りつつ、泣きながらういろうを食べた。


 むしゃむしゃと咀嚼する。


 はなから味わおうとしていないので、味らしい味がしない。不思議と腹も膨れない。


 どんなに食べても、モシュのことはこれっぽっちも忘れなかった。


 ミリクは食べて、食べて、意地で食べ続けた。


 忘れない。忘れやしない。モシュとの思い出はたっぷり心に刻んだから、どんなに忘却のういろうを食べようと忘れはしなかった。


 外郎道は穴だらけになった。


 それでも、ういろうの道は果てしなく続いている。


 どうやらういろうを延々と食べ続けることになるみたいだが、これはいつか来た道。


 味噌ダレパンを胃に運び続ける永劫の味噌地獄に比べれば、動作に制限はないし、食べるペースも自由が利く。食べ疲れたら眠ればいい。


「こんなの楽勝だ」


 ミリクは鼻息を荒くして強がると、ういろうの山を平らげにかかる。モシュ録は一枚たりとも発見できなかったけれど、長丁場を覚悟したから焦りはない。愚直に掘っては食べてを繰り返すと、二股に分岐した分かれ道に差し掛かった。


 どちらに進むかを決めかねていると、抗いがたい睡魔が襲ってきた。


 ミリクは生あくびを噛み殺すと、ごろりと横になった。うつらうつらして、むにゃむにゃ寝言を言っているうち、目蓋がどんどん重くなり、まともに目を開くことさえ出来なかった。


「もう食べられない……」

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