現代ホラー短編「第六感?僕は要らない」

西城文岳

本編

 君も普段過ごしていてふと、何処かで見たような記憶、感覚に引っかかって気になって仕方がない経験はないだろうか?


 僕の場合はよく夢で見るんだ。時々、自分が何かをしている視点で夢が始まるんだ。だけどその夢に限っては中心以外はピントが合っていないように不鮮明で、その中心もどうしてかはっきり記憶出来ないのだ。

 そしてその夢と同じ行動をしている時に「あっ」と思い出すのだ。


 しかしその夢も何かの分岐点でもなく重要ではない事柄のような、友人と話している時や何か机に向かって作業をしている時、どこかわからない建物で歩いている時などが多い。これで人生が変わるような大事な内容でもないのが大半で気付いた時には終わった後。いつその瞬間が来るか分からない。その瞬間になって気付くのだから何の意味もないのだが。


 まぁ、所詮は夢だ。覚えてる中で未だ起こっていない物もあるし。皆は羨ましがるかも知れないがそんな超能力としては不明確なものでは何のロマンも感じない。




 僕がここに来たのは他でもない。こんなものでも君にあげようと思ってね。

 

 どうやって?そんなもの手放していいのかだって?


 あー、それは……分かった!分かった!言う!言うから!けど絶対受け取ってくれよ。いや、まぁこれは言わなくても言いか……




 僕はある日を境にこの能力が恐ろしくなったんだ。




 その日の夢は確か一気に三つ情景を見ていた気がする。

 一つ、強い光に驚いた夢。

 二つ、綺麗な赤色を見続けるだけの夢。

 三つ、白い清潔な部屋の中で僕が何かに怯えている夢。


 一気に沢山の夢を見てもいつそれが起こるのかなんて分からないし、一気に起こるなんて普段あまりないのだがその時は恐ろしくも特別だった。




 その日は確かいつものように徒歩で駅まで向うまでの道中を急いで走る帰り道だった。日も暮始め暗くなる前には帰らなければと、急ぎ足を走らせていた。


 いつもの交差点、そこを真っ直ぐ走り抜ければ駅だった。信号は点滅し、このまま走れば赤になるまで間に合うかどうかの情況で走り抜けようとした時だった。

 

 横断歩道を渡る直前に夢を思い出し思わず立ち止まる。

 その時の夢の何が僕の足を止めさせたのか今になっても分からないがその咄嗟判断は間違っていなかった。

 直後、地面を走る轟音と視界の端に光が見え、トラックが目の前を走り抜ける。

 その後に信号は赤になった。そのまま夢に気づかず走り抜ければ今僕はどうなっていただろうか?

 初めて僕の予知夢が僕の為になったことへの驚きと、死に直面したことへの驚きが混ざり僕を無意識に地面に引き込むように緊張させた。


 いつもの電車は逃し、命は助かった。


 その事実を理解するまでどれほどの混乱が僕の時間を埋め尽くしただろう。それを理解した時の安堵感がようやく帰路へと着かせた。


 それだけで終わればどれ程良かっただろうか?




 この六感があって良かったと能天気に歩く僕にはここから恐怖の本題だったのだと微塵も思いはしなかった。


 駅のホームでスマホを触りながら電車を待っていた時、不意に誰かに背中を押された。だがそのまま転ぶ事は無く寸での所で踏みとどまった。だが視界が一瞬白くなったと思うと風を切る音と共に高速で列車が走り抜ける。貨物列車が走り去ったと気づいたのはすぐだった。

 またも訪れた危機に怯えながらも振り返る。自分を押し出した犯人にモノを言わなければ気が済まないと。


 だが誰もいない。


 自分の立つホームには誰も居ないのだ。慌てて辺りを見渡しても、少なくともその一瞬で自分を押して走り去った場合にいるだろう十数メートルには誰も居ないのだ。とても遠い位置、ここから見れば自分の指ほどの大きさに見える位置にしか人は居なかった。


 訳が分からない。


 今、僕には二つの恐怖が巡っていた。


 一つは、心霊なのか超常の現象なのか分からないナニカが僕の命を脅かしたのか。

 もう一つは、列車の光が僕の視界を覆った直後の危機。まさか、つまりは……


 まだ夢の脅威は終わっていないということだろうか。


 駅のホームで息を荒げ取り乱す。辺りに人がいないのは幸いなのか、それとも私にとっては凶なのか。縋るもの無し、されど脅威は見つからない。


 人間の想像力とは恐ろしい。一度そう思い込んでしまえば何か外的要因でもない限り疑いを振り払うことができない。ただでさえ曖昧な夢が恐怖によって執拗に変形し、原型を崩したそれはどんな光がそれに当てはまるかを疑心暗鬼にして行く。


 どこから来るか分からぬ脅威に自分の上で光る照明ですら恐ろしい。次に来る列車が恐ろしい、開くドアの明るい照明が恐ろしい、トンネルの一瞬で過ぎ去る照明が恐ろしい、遠くのビルの一室のポツンと光る窓灯りが恐ろしい。只々、光が恐ろしい。

 ここまで光を恐れる事はあっただろうか?それでも暗いトンネルはいつ光が襲って来るか分からず見ることさえ出来ない。


 ただ僕は目的地まで暗闇と光に怯えながら目を見開いて俯く事しか出来なかった。




 駅を出るとき、僕はどれ程挙動不審だったろうか。古い電光掲示板の点滅がいつショートして光るか、LEDの照明の下を早足でキョロキョロ見回しながら進む人間を不審がらなかった人はいないだろう。特にその怯え切った顔を見た人間は。


 それ程、取り乱した人間が光と暗闇が入り混じる夕焼けの中、まともに帰れる訳がない。周囲を極力見ないようにして走る僕はそこで車に轢かれた。

 

 宙を舞う僕、見える運転手の顔。そして僕の全身を当てるライト。


 なんてことの無い乗用車、信号無視で撥ねられたことに気づくのは横たわる僕から流れるヘッドライトに照らされた僕の赤く光る血だった。


 だが、ようやくと言っていいのだろうか?だがその時の僕にはようやくという言葉が似合うと思う。


 ようやく僕は解放された。車に轢かれた時、僕は内心とても穏やかだった。綺麗に反射した真っ赤な血が僕の夢の終わりを告げていた。まだ夢はあったはず。僕はまだ死なないだろうと。


 残酷にも恐怖の終わりではなかったが。

 意識を失う前に白い裸足を見た。



 夢を見た。

 僕は誰かと見つめあっている。目と鼻の先で。





 ピッピッと一定の機械の音が僕の目覚まし代わりに、曖昧な意識のから目覚める。視界がおぼろげで白い天井が僕の視界に入る。


 ああ、やっぱり助かった。 


 だがこの六感が僕は信用できない。


 僕の世話をしに来ただろうナース。

 そのナースに呼ばれてきた医者。

 見舞いに来た家族。


 その誰とも夢の誰かと一致しない。

 

 あやふやで誰のものとも言えないがその輪郭は何とか認識できる。


 白い肌、黒く長い髪。


 自分の想像力が不安をかき立てる。


 自分には一体何が、ナニガとりついている?




 それ以来僕は寝るのが恐い。こんなものいらないのに捨てることが出来ない。


 今日だって、君が……。そう、そこの君だ。君は欲しいんだろ?第六感これ


 曖昧だが未来を見れる予知夢だがどうだ?

 

 絶対当たるぞ?


 欲しいだろ?

 受け取ってくれよ?


 ほら


 なぁ






 白はもう怖いんだよ

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現代ホラー短編「第六感?僕は要らない」 西城文岳 @NishishiroBunngaku

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