七戦七敗そして

「死ねぇえ!」


 殺しはなしの模擬戦なんだよ!


 あらゆる建前を吹き飛ばした怒号と共に俺の頭めがけて金棒が振り下ろされた。


 殺意を感じさせる風切り音を聞いた俺はたまらず後ろに下がる。


 俺がついさっきまでいた場所を金棒が薙いだ。まともに食らえば模擬戦云々ではなく本当に死にかねない。


 というか青筋を立てているガラムは俺を殺す気だろう。


 金棒を振り上げたガラムの懐に飛び込む。今度はガラムが退く番だった。


 苦し紛れに放たれた金棒を左の剣で受け流そうとした俺の手に衝撃が走った。


 咄嗟に右腕でカバーし、なんとか豪撃を受け流す。


 この男そうとは知っていたが本当に馬鹿力だ!


 両手が衝撃から回復する頃にはガラムも姿勢を戻していた。


 喰い殺してやるとでも言いたげな悪鬼のような目線。一般人なら目を合わせただけでショック死しそうな威圧感だ。

 

 心の中の怒りで生まれたわずかな乱れを制御し、戦意に変える。


 次は俺の方から仕掛けた。距離を一瞬で詰め左右の剣から連撃を放つ。


 手数で押し切る俺の攻撃は防ぎきれず、何回かガラムの鎧に当たるものの有効打とは認められなかった。踏み込みが浅いのだ。そのせいで威力が弱まっている。


 俺は恐れているのか?……そうなのだろう。俺は怖い。痛いのが怖い。死ぬのが怖い。人を傷つけるのが怖い。

 

「ぬるいわ!」


 怒号とともにガラムのは金棒を横薙ぎに払った。風圧だけでも吹き飛びそうな豪撃に自らが恐怖を持っていると再度気付かされる。


 剣を突きつけてけん制しながらも俺は思考の沼にはまって抜け出せないでいた。


 なぜ俺は死ぬのが怖い?


 どうしてフォールは死を恐れなかった?


 ガラムが鉄棒を大きく振り上げる。腹に飛び込むか、距離を取るかの二択で俺は退くことを選んだ。


「終わりだぁぁ!」


 直後俺のいた場所に金棒が叩きつけられ土埃が舞う。砂塵で遮られた視界の中、俺はガラムの影を探して視線を走らせた。


 俺はなぜ弱くなった?


 第六感とも呼ぶべき直感の示しに従い、咄嗟に振り返り双剣をクロスさせる。


 直後に爆発的な衝撃が伝わってきた。鍔迫り合いは上背があるガラムに有利だった。


 フォールとて背の高い方だがガラムは一般人のサイズを超えている。のし掛かるように金棒に体重をかけているガラム。


 その荒い呼吸音を聞きながら獣じみたガラムと目を合わせ、悟った。


 この男に失う物はない。だからこれだけ強いのだ。


 体のポテンシャルで言えばフォールがかなり有利なはず。それでも負けているのは俺に怯懦があり、この男にはないからだ。


 なぜ痛みを恐れる?


 痛みは忘れてはならないが、恐れる必要はないな。痛みの上限というのは知っている。


 なぜ死を恐れる?


 命が大切だからだ。……嘘をついた。消えてしまうのが怖い。


 消える?今もあってないような自我にそこまで執着する必要があるのか?


 ……ない。


 なぜ人を傷つけたくない?


 自分が傷つきたくないからだ。


 傷つく?何が?


 心だ。


 心?お前に?に?笑わせるな。感情など捨てて久しいだろう。


 理解したか?俺たちは恐れる必要などない。失うものなど最初から存在しないからだ。


「そうだ。そうだったな」


 突如として呟いた俺にガラムの顔にわずかに疑問が現れる。


 その瞬間に俺はフォールと完全に繋がっていた。俺はフォール•グレイムバウワーであり、フォールは俺だった。


 魔力いや法力とでも呼ぶべき2人分の神秘を俺は今まで以上に理解していた。


 一つ息を吐く。雰囲気を変えた俺を見て一流の兵士であるガラムは見極めんと目を細めた。


 その一瞬が命取りだ。ガラムの弱点は知っている。


 体格を生かした重く速い攻撃は強力の一言だ。ガラムが興奮した時——ゲームではHPが4分の一以下になった時——その攻撃は重さと速さを増す。一方でスキルによる受け流しやパリィで崩された時の硬直時間も長い。


 鍔迫り合いになっていた双剣から俺は力を抜いた。当然のこととしてガラムが前に倒れ込む。


 俺は流水の如く身を翻す。ガラムの目が驚愕に見開かれ、そのまま前に逃げようとするが遅すぎる。渦のように素早く、無慈悲に首筋に剣を突きつけた。


「ガラム、死亡!」


 審判役を継続していたログンが静まり返っていた訓練場の中、冷静に判定を下す。

 

 その声を呼び水に兵士たちがざわめき始めた。『一流の士は沈黙を守る』寡黙な仕事人であることを求められる武装修道士、特にその精鋭が模擬戦の感想を言い合っていた。


 俺の位置からはガラムの顔は見えない。ピクリとも動かない姿から受けている衝撃は察せられる。


 そっとしておくべきだろう。剣を鞘に戻した俺が訓練を放り出している兵士たちを叱咤しようとした時だった。


 首筋に感じた殺意へ、経験が叩き込んだ本能に従って剣を引き抜いた。


 振り返った俺の視界に平静を失ったガラムの顔が映る。双剣をクロスさせ、振り下ろされた金棒を受けた。


 衝撃を受け流すために後ろに飛び、軽く着地する。彼我の技量の差が見ていた人間全てに察せられた。


 当然観客より強く感じたガラムは親の仇であるかのように俺を睨む。空気が再び凍り付く。さしもの精鋭たちも上官の突然の凶行に動揺を隠せなかった。


「ガラム!お前何を、くっ、囲め!」


 最初に平静を取り戻したログンがまなじりを吊り上げて兵士たちに命じた。その声で金縛りから解放された兵士たちが大慌てでガラムを取り囲み、本物の剣を向けた。


「てめえら、どけ。じゃなきゃてめえらから殺すぞ」


 剣を向けられたガラムも大人しくする様子はない。むしろさらにヒートアップして兵士たちに凄んでいた。

 

 先程は動揺していたが兵士たちにとて精鋭の中の精鋭。どけと言われて素直にどくような腑抜けた根性は持ち合わせていない。

 

 一触即発の空気が漂うなか俺は口を開いた。


「下がれ」

 

「しかし、隊長!」


「命令だ。繰り返させるな」


 兵士たちの目に視線を合わせる。俺と目が合った兵士たちは咄嗟に視線を逸らし、命令通りに道を開けた。


 俺とガラムの間を遮る物はなくなり、金棒を握る仕草すらはっきりと見て取れる。


「おおおおおおお!」


 ガラムが豪快な咆哮とともに走り出す。猛獣のような声は見る者の心を本能的な恐怖に叩き込む。


 もっとも、俺は例外だった。


 斜めに振り下ろされた棍棒をスルリと回避し、後ろに回り込む。


 バックスタブを取られやすいことも興奮したガラムの欠点のひとつだ。


 後頭部に軽く剣を当て、降伏を促す。実戦ならば、死んでいて当然の状況だ。どちらも歴戦の兵士である。お互いに理解している。


「ふざけるなぁぁ」


 駄々を捏ねる子供にしては大きすぎる怒号を上げ、ガラムが懲りずに後ろを薙ぐ。


 迫り来る金棒を受け流し、軌道を上に向けさせ、空いたもう一本の剣を首元に突きつける。


「お前にだけは!」


 まだ、ガラムは負けを認めてはいなかった。


 巨大から蹴りを繰り出す。単純な蹴りだが、格闘訓練によって鍛えられた攻撃は命中すればただではすまない。


 命中すればの話だ。頭に飛んできた足を屈んで回避し、軸足を払う。


 咄嗟に地面に転がって距離を取ろうとしたガラムは流石だが、黙って眺めているほど俺も寛容ではない。


 胸元を踏みつけ、鼻先に剣を突きつける。闘志の炎が消えていないのは呆れを通り越して尊敬できる。


「ガラム、もうやめろ」


 制止しようと近づいてくるログンを手で止めた。この際だ。徹底的に上下関係を教え込んでやる。


 俺は足を離して放り出さられた金棒を広う。立ち上がり素手で構えていたガラムの足元に投げて寄越した。


「お前では何もできないだろうが。まあ持っていろ」


「舐めるなぁぁ」


 ガラムが金棒を大きく振りかぶった。放たれるのは逃走を許さない必殺の一撃。ガラムは決して弱くない。


 その武名は響き渡り獣砕きという二つ名まで得ている。だが、相手が悪い。


 俺は前に踏み出した。動揺したガラムが金棒を振り下ろすが、俺が逃げると読んで放たれた攻撃はタイミングがずれてしまう。


 懐に入り込んだ俺はその鋼のような腹部に拳を叩きつけた。


「ゴブァ」


 苦しげに息を吐いてガラムは体をくの字に曲げる。体から力が抜けたのか金棒を取り落としていた。


 もう十分だろうと判断した俺が背を向けようとしたその瞬間にだらりと垂れ下がっていたガラムの腕に力が戻る。


 まずい。そう判断して抜け出すよりもガラムの腕が動く方が速い。


 がっしりと肩を掴みノーモーションで頭突きをしてくる。


 辛うじてもっとも硬い額で受けたものの、衝撃に脳がかき乱される。


「言った、はず、だ」


 金棒を拾い上げたガラムが途切れ途切れに言葉を吐く。狂気すら感じる瞳はまだ俺を睨んでいる。


「俺を舐めるな」

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