知己朋友①
大理石の床でかすかな足音を響かせながら俺は奥へと進む。ランタンの光がどこかからか吹いてきた風に揺らされる。
視界に食堂から伸びる影をとらえた。隠れる気はないようだ。
罠か。であればあからさますぎる気もする。逃げるか?……いや、踏み込む。
呼吸を整えた俺は意を決して走り出し、ガラス細工の扉を蹴りあけた。
中にいる人間を見た俺は一瞬動きを止め、次の瞬間より速い動きで距離を詰めて双剣を喉に当てる。
「何の用だ」
冷たい声で俺が問いかけた男は首に突きつけられた剣など気にせず、嘘くさい悲しみの表情を浮かべた。
「おいおい、2年ぶりの再会だったのにひどいじゃないか」
友達甲斐のない奴だと首を振るう男に俺は思い切り鼻を鳴らして答えた。
裏切りだのなんだのについてこいつほど責める資格のない奴はいない。
「大丈夫大丈夫。君を殺すなら僕はノコノコ家を訪ねたらしないよ」
正論だった。この男は殺す相手に顔を見せない。逆の立場なら俺でも刺客を送るだけで済ませる。余計な時間を使った自分に舌打ちする。
剣を鞘に納め、俺は立って壁の飾りを眺めていた男に椅子をすすめた。
「それで、何の用だ?」
男はすぐには質問に答えず、どこからか出してきたグラスに家にないはずのワインを注いだ。
手を振って拒絶の意思を示すと男は肩をすくめてぼやいた。
「その戒律を破らないポリシー。まだ捨ててなかったんだ」
「未来永劫捨てる気はない」
「ちなみにずいぶん美人なメイドを雇ってるみたいだけど手は出した?」
答える価値もない愚問だ。そう即断したフォールの意志に従って俺は自分の茶の準備を始めた。
男がわざとらしくため息をつく。
「……最後に会ったときに教えた娼館には行った?」
「娼婦は嫌いなんだ」
「……君本当に男?」
とりあえず茶を淹れた俺はカップを机の上に置いてから白けた目を向けてくる男に眉をひそめてみせる。
「知ってるだろう」
「まあね」
フォールが高い給料の使い道のない男だというのは残念ながら否定し難い。酒も飲まない、女遊びもしない。余人から見ればつまらない人生に思えるだろう。
とはいえ、暇潰しのために趣味を見つけるのも主義じゃない。
二人とも椅子に座り場が落ち着く。世間話でも始めそうな男をみて俺が先に口を開いた。
「三回目の質問だ。次はない。何の用だ」
「せっかちだなぁ」
「答えろ」
じっと男の瞳を見つめた。フォール•グレイムバウワーはハッタリを言わない。実行すると言ったことは必ず実行する。
再びのらりくらりとかわそうとすれば何が起きるのか、付き合いの長い相手もそれはわかっていた。
「君が怪我したって聞いたからね。お見舞いに」
「おかしな話だな」
「そう?」
「お前と最後に会ってから俺が何度怪我を負ったと思っている」
武装修道士は楽な仕事でも安全な仕事でもない。治癒能力があるといえどそれにも限度がある。フォールの体は傷だらけだ。
今回の傷もわずかに跡が残っている。が、言い方を変えればちょっと跡が残った程度だ。
フォールにとってそんな傷は日常茶飯事だった。
「そうだね。ただ今回は——」
足を組み替えた男がまさに話し出そうとした時、玄関から扉を強引に開ける音がした。
習慣的に剣を引き抜いた俺は訪問客に思い当たり思い切り舌打ちする。
帝都守護隊を呼んでいたんだった。
「誰?」
男とて荒事に慣れている。おちゃらけた表情を消し、どこかからナイフを取り出していた。
下らないお喋りはなりを潜め、簡潔に聞いてくる。
「おそらく帝都守護隊だ」
「一個小隊は来てるね」
足音から判断したのか。相変わらず耳ざとい。
「我が家に招かれざる客が来たからな。死体の処理を頼むつもりだった」
そりゃ怖いとぼやいてみせる男の顔を軽く睨む。無駄なサプライズなどしなければこうはならなかったのだ。
「顔を見られたくないか?」
「別に構わないよ」
なら適当な言い訳を作ってしまうか。そう決めて立ち上がろうとした所で大事なことを聞いていないと思い出した。
「ああ、そうだった。いまの名前を聞いてなかったな」
俺がそう言うと相手もそういえばと手を打った。綺麗な姿勢で立ち上がり胸に手を当てて一礼する。
「情報部第三局主席政策官スタフティ•アンスロポロス以後お見知りおきを」
「統合司令部殉教部隊指揮官フォール•グレイムバウワー。こっちは相変わらずだ」
情報部第三局か。第一局はいわゆる内局、秘密警察とも呼ばれ、異端審問官によって帝国領内の任務を遂行する組織だ。
こう言う組織は反乱勢力の発見、監視を主眼に置き、見つけると殉教部隊などの関係部隊を呼ぶか異端審問官を送り込む。
第二局は外局と呼ばれ他国に潜入して諜報活動を行う組織。暗殺に破壊工作に情報操作。何でもやる。
肝心の第三局は確か大規模な計画の進行役だったか。
「どうやって丸く収めようか」
男——スタフティは顔を晒してもいいと言ったが根が情報畑の人間だ。知っている人間は少なければ少ないほどいいはず。
玄関へとつながる扉を開いた俺は半ばやけになりながら口を開いた。
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