黒風白雨

「地を駆けるものよ、陽光の下輝くものよ、汝に千里を踏破する力を与えん 太陽の加護ブレスオブサン


 馬を走らせながら詠唱し、脚力を底上げする奇跡を発現させる。

 一段と速くなった馬に乗って天幕の元へ駆け降りる。鎧越しの風の抵抗は勢いを増し、切り裂かれた風が恨みがましい悲鳴を上げる。


 一つの焚き火のごとく燃え上がった拠点に炎の加護を持つ集団が突撃する。


 発生するのは凄まじい衝撃。騎馬の突撃速度をそのまま槍に乗せた突撃に歩兵が耐えられるはずもなく、俺の槍は何人もの賊を跳ね飛ばしていた。


 焦げた臭いのする地獄のような場所で俺は槍を振るった。まともに武器を持っていない賊を殺すターキーシュート以下の戦い。


 ここを戦場とは呼べまい。一方的すぎるからだ。左右両翼からも突撃を受けた賊はすでに統制を欠いていた。


 逃げる賊の背に容赦なく槍を投げつけ腰の双剣を抜く。


「な、なんなんだ!」


 喚き立てる敵の首を一刀の下に切り飛ばし、地面に伏せて縮こまっている敵を馬で踏み殺す。


 なんとか武器を取り出した賊と切り結びながら俺は窪地を見渡した。


 一番目立つのは咆哮を上げながら金棒を振り回すガラムだ。双眸を殺戮への快感で輝かせながら心底嬉しそうに敵を殺し回っている。


 ログンの戦いも危なげない。長剣の一振り一振りが確実に賊を絶命させている。


 キリスはすでに自分の持ち場に向かったのだろう。


 目の前の賊に注意を戻した俺は、馬上から叩きつけるような一撃で敵の体勢を崩し、もう一方の剣で喉を切り裂く。


 飛んできた煩わしい矢を弾き返すと、弓使いの存在に気付いたタリー小隊長が気を利かせて奇跡を放った。


 その結果は部下から上司への気遣いという麗しい行為にしては少々血生臭い。衝撃波に飛ばされた弓使いが木に叩きつけられ血反吐を吐いた。


「あれは、エルフの弓使いか?」


 天幕を焼く炎しか光源がないというお世辞にも理想的とは言い難い環境ながらタリーには何が矢を放ったのか見えていたらしい。


 半信半疑と言った様子で呟く彼の言葉に俺は肯定で返した。


「おそらくな。面倒なことだ」


 一定以上のを積んだ太陽神の信徒は夜の闇を見通す瞳を得られる。俺も真昼のようにとはいかないが、わずかでも光源があればかなりはっきりと見える。


 ちなみにここで言う徳もろくでもないことこの上ない。


「面倒、ですか?私には大した問題には思えませんが」


 答える時間を惜しんだ俺は馬に鞭打って逃げる敵陣の中央に迫る。


 散発的に抵抗しいている賊を切り捨て最大の天幕に迫る。


 盛大に燃えている天幕の周りに手際よく荷物を詰めている集団を発見した。


 誰もからもフード付きのローブを着込みいかにも後ろ暗いことがある集団だった。


 移動させようとしている荷物も当然見られたくないものなのだろう。


 無言で馬をかけさせる。捻れた角を持つ兜と、頭蓋骨の印を刻んだ黒鎧に身を包む俺は一見痛いコスプレイヤーのようだ。もちろん内実はコスプレなどではないが。


 骨になってでも敵を殺すと言う決意の証として刻まれた骸骨には下顎があり、よりリアルな造形となっている。帝国のために100人以上殺すことで刻むことが許されるクソ名誉のある紋章だ。

 

 黒鎧も決してサブカルチャーで使われるものではない。武装修道会の所業を少しでも知ってしまえば笑うことはできなくなるだろう。


 何より落とすことできないほど浴びた返り血が原始的な嫌悪感を抱かせる。


 ソティラス帝国の恐怖の根源である黒鎧は敵と亜人にとって悪魔の象徴だった。


「ネルヴィス閣下、黒鎧の奴らが!」


 その声に反応して頭を上げた男の顔を眺める。目深に被ったローブと覆面のせいで顔は伺えない。俺の鋭敏な知覚がわずかに舌打ちした音を聞いた。


 わざわざ首領の名前を明かしてくれた親切な賊に感謝しながら頭の中でネルヴィスを検索にかける。

 知らないノーヒット。ゲームの知識にもなかった。問題はない。誰か知らないなら聞けばいいのだ。


 集団から二人ほどが前に出て剣を抜いた。その剣は一般的な長剣で武器から身元を割り出すのは困難だ。


 構えからしてほとんど素人。問題にもならない。


「殺せ!」


 鋭く命じるネルヴィスに従って二人が馬の両側に散った。動きは素早く隙がなかった。評価を二段階ほど引き上げる。


 双剣で持って二人の剣を受け止め弾き返す。反撃を繰り出す前に3人目が切り掛かってきた。


 上段から振り下ろされた致命の一撃をなんとか回避し、一人を盾にするように動く。


 そこまで簡単な相手ではないらしく、狙いを定めた敵と斬り合いになる前にすっと後ろに引いた。


「隊長!」


 声とともにタリーと連れてきた兵士が突っ込んできた。数的不利は逆転し、こちらが多数となる。


「こいつらは絶対に逃すな。荷物だけでも確保しろ」


 強い口調で命じてから今度は俺からネルヴィス閣下とやらへ猛然と迫る。


 ネルヴィス荷物を詰める手を止めて、長く鋭い剣を抜いていた。


 剣の異様な光沢を見ればただの剣でないことは明白。毒か何かを塗っているのだろう。


「閣下をお助けしろ!ここは抑えるんだ!」


「隊長、どうか先へ!」


 道を阻もうと前に立つローブたちにタリーが対応に回る。激しく切り合いながらも人数の優位を活かしてタリーたちが道を切り開いていた。


 ここまでくればやるべきことは一つ。


合成コンバイン


 馬上で唱えた俺の言葉にしたがい、柄頭の蛇の飾りが動き出す。双頭剣となった獲物を固く握り、今この瞬間に意識を集める。


 放たれたのは掬い上げるような剣撃。ネルヴィスは咄嗟に防御するも勢いまでは抑えきれず剣を持つ手に痺れが走る。


 俺が振るった追撃をネルヴィスは後ろに引くとこで回避する。さらなる追撃の為近づこうとした俺にネルヴィスは2本のナイフを投げつけた。


 訓練された軌道を描いたナイフは俺の喉を直線上に捉えている。咄嗟に喉を狙ったナイフを弾いたが馬の足元を狙った一本は避けきれず馬の足に切り傷を作った。


 馬は苦悶の声を上げて前足で宙をかき、その勢いで俺は振り落とされる。


 くそ、と罵声を吐く時間すら惜しみ、反転して突っ込んできたネルヴィスの刺突をいなす。


 鈍い金属音が響き渡り、目の前で火花が散る。誰だよ素人とか言った奴は!


 屈んだ姿勢を立て直すことすら許さない敵はかなり腕だった。


 振り下ろされた剣を何とか流したものの、兜の角の飾りが奪われる。


「さっさと死ねばいいものを!」


 言葉と共に飛んできた蹴りを剣によるけん制で封じ込め、逆に袈裟斬りを叩き込む。力のこもった一撃を敵は受けきれず後ろに飛んだ。


 この男、ネルヴィスと言ったか。強い。かなりの使い手だ。


 双頭剣を握り直し、攻撃のため呼吸を整えた俺に乱れ切った声が飛んできた。


「ぶ、武器を捨てろ!」


 視線だけそちらにやれば山賊のような男が捕虜であろう女の喉元に剣を突きつけていた。


 血走った目でこちらを睨みながらもう一度男が叫ぶ。


「早くしろ!武器を捨てろ!」


 さもなければなんて言う必要はなかった。拒否した場合男が何をするかわからない人間はもう一度生まれ直した方がいい。


 眼前のネルヴィスは男のことを鼻で笑う。愚かな選択だった。武装修道士は人質で止まるほどない。『命は弱さを許さない』を本気で掲げる狂信者どもだ。


 人質の死を捕まったのが悪いと片付けられる人間である。


 普通ならば。


「おい!」


 踏み込もうとした足がわずかに遅れ、フォールの口から珍しく強い口調の言葉が出た。


 俺の感情にフォールも影響されていたのだ。


 まずい、後ろから近づいてくる足音を聞き、

俺は咄嗟に身を投げ出した。


 背中に覚える灼熱の感触。ふらつきそうになる足を意志の力で抑える。


 横目で見た限りまだ人質は無事だ。合理性で持って俺を非難するフォールの声を無視して、体の一部の支配権を強引に奪い取る。


「お前、人質が通じるのか?骸骨勲章を叙された武装修道士が?」


 にやりと唇を歪めるネルヴィスを俺は兜の奥から睨みつける。


「隊長!」


 青い顔で叫ぶタリーの声を浴びながら鋭い瞳で俺を挟む二人の敵に意識を集中させた。


「あっはっは、傑作だな。そのまま——」


 その続きを俺は聞くことはなかった。鎖の立てる金属音で声はかき消されていた。


 風を切り裂く鎖の先にはサソリの毒針のように尖ったものがついている。


 放たれた三つの鎖のうち二つは俺を挟む敵に投じられる。当たればただでは済まない死の一撃を避けるため俺の包囲網が崩される。


 最後の鎖は状況を把握せずに惚けていた山賊の頭に突き刺さり、人質の体に山賊の脳をぶちまけた。


「……ログン、お前か」


 蛇使いのように鎖を腕に纏わり付かせたログンは虫を見るような瞳で二人の敵を観察していた。


 辺りを見渡してみれば他の敵は全て倒れ、抜かりない兵士たちが包囲網を形成している。


「隊長こちらへ」


 肩を貸そうとタリーが背中に手を添えてくれた。純粋な気遣いによるものだと俺は理解している。だが素直に頼ることはできなかった。


「構うな。問題ない」


 なおも言い募ろうとするタリーを手を振って押しとどめ、俺は自分の足を動かした。


「今なら投降し、聞きたいことを教えてくれれば楽に死なせてやるぞ」


「ほう」


 ネルヴィスは皮肉げな笑みを作った。生かしてやるとは言わなかった。嘘をつく意味を感じなかった。


「それはそれは。なんとも人道的なことか。武装修道会は人を処刑して楽しむクズどもの溜まり場だと思っていたんだがな」


「楽しんではいない。命令だから従っているだけだ」

 

 痛烈なネルヴィスの皮肉に俺は表情を変えずに答えた。俺は知っている。武装修道士の大半は楽しんで任務をこなしてはない。


 感情を持たないように訓練されているのだ。人が感慨をもって呼吸しないように武装修道士にとって命令に従って殺すことはとても軽く扱われていた。


「それで、どうする?」


 陽が落ちきった世界に冷たい風が吹いたようだった。もう一人のローブの男が思わず背筋を震わせる。


 自分で聞いていて冷汗の出るような声を発していた。


「同じさ。命令に従う」


 そう言ってネルヴィスは裂けたような笑みを浮かべる。何かする。そう悟った俺が動く前にネルヴィスは剣を振るっていた。ネルヴィスの前に立っていた敵が自分の胸に生えた剣の先を見て目を丸くする。


「閣下、なぜ……」


「悪いな。ペラペラ話されると困るんだよ」


 眉一つ動かさず言い放ったネルヴィスが剣を抜くと男は膝からがっくりと崩れ落ちた。


「取り押さえろ!」


 飛び出す殉教部隊の兵士たちを見ながらネルヴィスはヒラヒラと手を振った。


「じゃあな」


 道端で別れる時のように気楽な口調でそれだけ言うとネルヴィスは自分の喉に剣を向け、躊躇いなく刺し貫いた。


 続く空白の時間。最初に意識を回復させたのはこの数日でさらに衝撃に慣れた俺だった。


「治療をあの男を死なせるな!」


 漫画なら感動確実なセリフも拷問して情報を聞き出すという目的では心が動かされないだろう。


 幾人かの兵士たちが二、三歩軽く踏み出し、すぐに訓練通りの駆け足で痙攣しながら血を吐いているネルヴィスに近づく。


「一つ、忠告だ。我々を殺しても意味はないぞ。我々はただの使い。代わりなどいくらでもいる」


 そう言って勝ち誇るネルヴィスの顔を見てフォールは初めて表情を崩した。


「知っているとも。そんなことぐらい。何度でも来ればいい。我々にはお前たちを絶滅させる覚悟がある」


「きょう、じんめ……」


 大きく血を吐いたネルヴィスが恨めしげな視線のまま崩れ落ちる。

 

 その光景を見てわずかに意識の集中を解いた俺は忘れていた痛みを思い出す。引き攣りそうになる表情をなんとか抑えて何をすべきか思考する。


 近くにいたタリーに部隊を連れて周辺を警戒するように命じるて俺は口を開く。


「各指揮官被害を報告しろ」


 部下に何事か伝えていたログンがキビキビとした歩調で歩み寄る。腕に巻き付けていた鎖はどこへ隠したのか、片鱗すら見当たらない。


 服に返り血がついているものの、息は平常通りで戦闘直後には見えなかった。


「第二部隊は死者0重軽傷者2人で残存人数は18人。規定の戦闘行動は継続可能です」


 頷いてわざとらしいほどにゆっくりと歩いてくるガラムに目を向けた。不満だけどしょうがないから行ってやるよと言わんばかりの歩き方だ。


 平然としていたログンとは対照的にガラムの顔は興奮で染まっている。肩にかついだ斧は血だらけでスプラッタ映画の悪役じみていた。


「第三部隊の死者はいない。負傷者は若干。いずれにしろ問題はない」


 もっと細かく言えよと思わないでもないが今はいい。


「第四部隊は死者負傷者ともにいません」


 いつの間にか近くにいたキリスが抑揚のない声を発した。接近を察知できなかったことで自然と知らず知らずのうちに緩んでいたことを思い知らされる。


 同様のことをログンも感じたようで居住まいを正していた。今にも金棒を構えようとしているガラムはやり過ぎだ。


「わかった。第四部隊は周辺警戒を引き継げ」


 軽く頭を下げてからキリスが音もなく動き出す。


「ガラムは第三部隊と敵の死体を確認しろ」


 おう、とだけ答えるとガラムは踵を返した。そこまで嫌われることをしたかと疑問に思うも心当たりが多すぎる。


「ログンは第二部隊を指揮して負傷者の治療にあたれ」


 かかとを打ち合わせて見本通りの敬礼を見せたログンが命令の伝達に行く。


「さて、我々は落とし物の回収に行こうか」


 振り返った俺は物言いたげな表情でこちらを見遣る兵士たちを見て首を傾げた。


「どうかしたか?」


「隊長、先に傷の治療をなさっては?」

 

「ああ」


 言われてみて治す必要があることを思い出した俺は一瞬黙ってから間抜けな声を出していた。

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