自問自答

 聖ソティラス帝国の帝都は大陸西部最大の国家の国威にふさわしい威容を誇っている。


 未だ攻撃を受けたことはないが、地獄の大戦の勝者たる帝国軍上層部が難攻不落と断言するにたる堅牢さだ。


 三重の城壁は高く、分厚い。配備されている兵も後方拠点特有の緩みなど微塵もなかった。

 

 二番目と三番目の城壁の間、軍組織が密集している区域に殉教部隊の司令部が密かに設置されていた。


 その地下の指揮官用会議室に俺とログン以下4人の中隊長が集まっている。


 弱冠20にして大隊長にして、第一中隊を率いる自分。なかなか信じ難いが、なんの因果かそんな奴に憑依していた俺は上座に座り目を閉じてログンの説明を聞いていた。


「それゆえに第三、第二中隊を偽の護衛部隊として配置することで囮にし、襲撃者を第一、第四中隊で打ち破ります」


 副長であり第二中隊を率いるログン。戦士よりも官僚のような見た目の彼は作戦を説明しているところだった。


 第三中隊を率いるガラム。筋肉の塊のような男だ。その筋肉は見せかけではなく金棒を自在に操る姿は悪鬼という二つ名にふさわしいものだ。


 第四中隊を率いる暗殺者キリス。基本的に忠実で命令黙ってこなす仕事人だがゲーム通りならこの中で一番血を好む。


 頭の中で部下に関する二人分の記憶を擦り合わせながらチラリと二人の顔を確認する。


 ……少々怖い。


「敵の正面戦力を破壊し、捕虜を数名取って残りは逃します」


「薄汚い亜人どもを逃すのか?」


 ガラムが体格にふさわしい重く腹に響く声を出した。常人ならば恐怖を覚えてしかるべきだが、ログンとて常人ではない。


「泳がせると言った方が正しいかもしれません。敵の残党を第四中隊で追跡します」


「なるほど、間抜けにもわざわざ敵が拠点を教えてくれた後に俺たちで訪問してやるわけか」


 ログンが一通りの説明を終えた後を俺が引き継ぐ。


「はっきり言って状況は芳しくない。補給が不安定になった東部では情勢は悪化の一途を辿っている。当然打開策が求められる。それが我々だ。我々こそが上層部の用意した打開策だ。それ相応の成果を出さなければならない」


 司令部が用意した作戦通りにことを進めれば問題ない。そう断言してみせる。


「隊長」


 では、解散と命じようとした時に、ガラムが口を挟んだ。


「なんだ?」


「大したことでは無いんですがね、打撃の役割、俺の部隊に譲ってもらおうかと」


 提案でもお願いでもなく、実質的な強制。立場を弁えない態度にログンが嗜めようと口を開くが、俺はそれを遮った。


「理由は?」


 俺の言葉に、ガラムは嘲りを浮かべて身を乗り出した。


「簡単ですよ。あんたみたいな若造には100年早い」


 部屋を沈黙が覆う。上官への侮辱行為。普通の軍隊でも厳しく問われ、厳格な規律を持つ武装修道会であれば極刑もあり得る。


 同時に、武装修道会ではほとんど起こり得ない問題でもあった。忠誠を最大の美徳とする武装修道会ではそもそも上司に反駁することも推奨されていない。


 しかし、ガラムという男は数少ない例外の一人である。亜人たちへの熱烈な憎悪を買われたこの男はその粗暴さから戦果を上げては階級を上げ、命令違反や訓練にかこつけての上官への暴行で上げた階級を下げる行為を繰り返している。


 はっきり言ってあまり評判は良くない。だが実力は本物だ。強靭な獣人たちを凌駕する肉体が操る斧はどんな相手にとっても脅威である。だからこそ武装修道会に残っていた——残ってしまった——のだ。

 

 ごくりとログンが唾を飲んだ音が聞こえた。まるで俺が危険人物で今にもガラムの太い首を絞めるとでも思っているのか。


 そんなことはしない。否、できない。


 俺は無駄に体格のいい上に両手の指でも到底足りないほど人を殺した男に、歯向かうほど命知らずじゃない。


「それだけか?」


 しかし、それは俺だけだった。フォール•グレイムバウワーは眉一つ動かさず、静かにガラムの顔を見つめている。


「あ?」


「それだけか?」

  

 凶悪な唸り声を上げるガラムに俺の口は同じことを繰り返していた。


 会議室に沈黙が広がる。狂犬のように歯を剥き出したガラムの顔を見て、俺はいつ殴られるのかと身を固くする。


 残念ながら、そもそも現在俺には体の制御権がないので気のせいだが。


「ちっ」


 大きく舌打ちをしたガラムは乱暴な仕草で深く椅子に座り直した。


 わずかに体の制御権を得た俺は机の下で拳を握りしめる。


「他に質問は?」

 

 自分の口が勝手に動くという奇妙な体験をしながらも俺はわずかに安堵していた。


 では、解散と二人分の意志を込めて言う。会議室から足早に出ると、今日中に片付けなければならない書類だけを終わらせてから久しぶりに早く帰ることにした。


 





 フォールの自宅は活気や騒々しさとは無縁の場所にある。とはいっても寂れているかと言えばそれも違う。


 あまり居る時間が長くない我が家はかつての貴族街、今は高級軍人や官僚の家が連なる住宅街にあった。


 帝都の冷たい風を浴びながら碁盤のように整備された通りを俺はスタスタと歩く。


 武装修道士の制服と階級章を付けた俺を見て、敬礼する衛兵に片手を上げて答える。


 帝都守護隊という特殊な指揮系統に属する彼らの装備は実用性よりも見た目重視だ。


 しかし、念のために言っておくならば彼らの装備の華美さは弱さとは結びつかない。彼らは強い。最近の潮流に反して日本のRPGとしては珍しくガーディアンオブミッドガルドはモブ敵がプレイヤーを殺しえる力を持っていた。


 終盤の敵である帝都守護隊の兵士が弱いはずがない。二人分の記憶で保証できる。


 石畳の通りを眺めながら異国情緒漂う—帝国は故郷でもあるが—風景と日本で住んでいたアパートとの違いに郷愁ともつかない感傷を抱く。


 どこかで酒でも飲みながら一晩中頭を抱えていたい気分だが、飲酒はよろしくないという武装修道会の誰も守らない掟に忠実なフォールは真っ直ぐ家に向かっていた。


 他の家と比べると小さな家にたどり着き、扉を開ける。


 玄関で外套を掛けていた俺の耳に静かな足音が聞こえて来た。


「お帰りなさいませ」


 頭を下げて迎えてくれたのはサシャ。上司に紹介してもらい雇っているメイドだ。


 フォールは気にしていなかったが、美しい金髪を持つ彼女の顔はかなり整っている。


「ご苦労」


 いつも通り軽く労う。武装修道士は無駄話を好まない。

 公式の言い方を借りるなら『一流の士は沈黙を守る』わかりやすくいうならば『黙って殺せ』。フォールもその例に漏れず無口だ。


「いつもよりお早いですね」


「ええ、まあ」


「申し訳ありません食事の用意がまだ……」


 なるほど、と俺は頷いた。確かにいつもはあと二時間ほど遅く帰ってくる。


「いえ、私が事前に連絡していのが悪い。部屋で待たせてもらおう」


「そのようにお願いします」


 インテリアの一つも置いていない自室に戻った俺は放り出すように鬱陶しい制服を脱ぐ。


 その下に着ていた鎖帷子を収納し、ベッドに剣を立てかけ、そのままベッドに飛び込んだ。


 理解しなくてはならない。敵を知り、己を知ればなんとやらと言うが、今の俺にはそもそも己の定義が危うくなっている。


 思考は、どうだろう。日本にいた自分と変わらない気がする。


 行動は完全に異なる。ガラムに睨まれて平然としているような鋼の精神は持ち合わせてない。


 とするとおかしなことになる。二人分の記憶を持ち、今こんなことを考えている俺は誰だ?


 困惑してきた。俺の思考は日本にいた時の”俺”とほとんど変わらない。しかし行動は異なる。これは何を意味する?


 もし、日本にいた頃の俺=今の俺ならばフォールの意識はどこに消えた?


 一つ、馬鹿げた可能性に思い至った俺は口を開いた。


「おーい、フォール。いる?」


「……いるぞ」


 自分の口から他人の言葉が出てくるという奇妙な現象。もっとも近い状態は多重人格だろうか。……そう思ったら思考している自分はただのフォールの妄想の存在がしてきた。


 ……我思う、故に我あり。


 何はともあれ、思考している自らの存在だけは疑いようもない。デカルトも良いことを言ったものだ。


「考え事をしているところ悪いが、貴方はどこの誰でどうして俺の心にいる?」


「君には申し訳ないけどそれがわからないんだよなぁ」


「嘘ではないようだな」


「わかる?」


「考えていることがすべてわかる」


 意識は分離されているが、思考はある程度共有されているのか?すると思考が日本の俺メインだったのは単にフォールが思考していなかったから?


 行動が元フォール現新たなる俺メインだったのは、そもそも体の主だからか、意志が強いから?


「おそらく」


 元フォールの俺が肯定した。


「さっきベッドに飛び込んだのは俺の意志だよね」


「そうだな」


 となると行動も思考もお互いが競合しない限りはお互いの行為を妨げることはない、のかな。


「同意する。加えて言うならば俺たちは融合しつつある」


「……というと?」


「簡単だ。俺の意識にもノイズが混ざり始めた」


「……元からじゃないの?」


 さすが悪役。人の意識をノイズ扱いしないでもらいたいところだ。逆の立場になれば自分もそう思うだろうが。


 微妙に場の雰囲気(一人しかいないので場もクソもないが)が悪くなったところで俺はおそるおそる切り出した。


「武装修道士やめるつもりはない?」


 フォール•グレイムバウワーの事情はゲームで知っているし、記憶でも確認している。


 辞めるつもりがないことも共有されている部分を通して何となく知っている。


 同時に俺はフォールと武装修道会の未来、そして武装修道会の残虐さを知っていた。


「ない」


 妥結を許さない冷たい声音で断言した。鏡に映るのは食い下がることを許さない冷徹な表情。日本にいた頃ならそそくさと撤退していただろうが、融合したことで得た精神力が皮肉にも俺に言葉を続けさせた。


「やつらのやり口は知っているだろ。あいつら狂ってる」


 武装修道会は他のどの組織よりも理知的で、合理的で、それ以上に狂っていた。


 人間至上主義ヒュームニズムというソティラス帝国の思想の最前線に立つのは武装修道会だ。その職務は多岐に渡るが目的は一つ。


 人類の覇権の確立。


 そのためにはなんでも、文字通りなんでもやる。亜人を奴隷として酷使することに始まり国内で亜人を摘発し虐殺。さらには同盟国内での亜人集落の襲撃までやっている。


 ソティラス帝国の前身であるソール王国があった時代は人口の3割ほどを占めていた亜人は都市から姿を消した。辺境で奴隷として酷使されているか、殺されたのだ。


 ゲームで亜人の収容所のイベントムービーを見たときにはここまで載せるのかと驚いたものだが、それが現実となった今では吐き気を催す。


「なんとか言ってくれよ」 

 

 返事はなかった。交渉に応じる気は皆無ならしい。


 またしても頭を抱えたい気分になったが、体を動かそうにももう一人の俺に邪魔される。


 やるせない気分を発散する方法もわらず、自分が着替え出したことを知覚しながらどうしようかと自分に問いかけるしかなかった。

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