第55話 二人の未来⑤

 多分今までの私だったら遠慮していらないです、と言っていたと思う。実際話を聞いた直後は二回目の結婚式なんて、と思っていた。


 でもやっぱりやろうと思う。それは、これからはちゃんと二人で夫婦として歩んでいこうという決意の表明というか、ケジメのようなものとして。


 蒼一さんがふにゃりと嬉しそうに笑った。そして大きく頷く。


「うん、そうしよう! 友達や、咲良ちゃんのご両親だけ呼ぶとか」


「それも考えたんですけど……もう盛大な式は一度やってるし、二人きりでもいいかなって。ゆっくり穏やかにやりたいなあって」


 なぜか恥ずかしくなって俯く私の手を、蒼一さんが握った。目を細めて私を見下ろし、優しい声で答えてくれる。


「そっか、分かった。じゃあちょっと遠出とかする? 僕ら新婚旅行とかなかったし」


「旅行ですか!」


「うん、どうかな」


「楽しみです!」


 一気にテンションが上がって飛び跳ねる私を見て、蒼一さんが笑った。







 その後、私たちは新生活をスタートさせた。


 今までずっと緊張だらけだった家は、次第に居心地のいいものへと変わっていった。もちろんまだ心臓が速まる場面も多々あるのだが、並んで座ってテレビを見たり、休日は二人して寝坊してみたり、食べたいケーキが被ってジャンケンしてみたり。そんなたわいないやりとりが全て幸福に思えるものだった。


 そして約束通り、挙式に向けてもすぐに準備を始めた。私は初めてのことに戸惑いながら、資料などを集めたりして色々調べ抜いた。


 式場や衣装の選択。髪型やメイク、ブーケの種類。思った以上に悩むことが多い。目をぐるぐるさせながら困っている私と、なぜか楽しそうにしている蒼一さん、普通は立場が逆ではないのだろうか。


 でも、何度も行うドレスの試着にも笑顔で付き合ってくれ、褒めながらもそれとなく意見を出してくれる蒼一さんに、スタッフの人が「素敵なパートナーですね」と耳打ちしてくれたのはいい思い出だ。こんな体験をするなんて思ってもみなかった。


 そして私たちは海の見える教会に二人で足を運び、ついにその日を迎えた。







 並べられたメイク道具やアクセサリー。掛けられたウェディングドレス。控え室で、ドキドキしながらそれを眺めた。


 天気には恵まれ、青空と真っ白な雲が美しく見える日だった。教会から見える海は濁りのない色で、うっとりするほどの絶景が広がっていた。


 この日のために磨き抜いた自分が大きな鏡に映っている。そこへ、メイク係の人が笑顔で声を掛け、私の肌に触れ出した。そういえば前の結婚式も、こうやってメイクしてもらったんだっけ。ほんと、あんまり記憶に残ってないや。


 自分で施すものとはどこか違う。プロの技術とはすごいもので、あのパーティーの時も思ったが彼らがしてくれるとぐっと大人っぽく見えるのはなんでなんだろう。普段とは違うファンデーションの香りに目を瞑る。


 髪型も髪飾りも、自分で選んだものだ。丁寧に巻かれていく髪をじいっと見つめる。


 今回の式は来客などいないというのに、それでも緊張してしまっていた。ワクワクもするしドキドキもする。二回目でも結婚式ってこんな感じなんだ、と感心した。私が緊張しやすいだけなのかな。


「天気よくてよかったですね」


「はい、気持ちいいです」


 緊張をほぐすためか、人なつこく話しかけてくれる。私は笑顔で答えた。入念にトリートメントした毛先を触りながらメイクさんは言う。


「お二人は幼馴染って伺いました。素敵ですね」


「あは、そうなんです。まあ色々あったんですけど」


「そうなんですか?」


「はい(めちゃくちゃ色々です)」


 ここで説明するには時間が足りないほど色々あった。まず、お姉ちゃんの昔からの婚約者だった……というところから始めなければならない。絶対にタイムオーバーするので濁しておこうと思う。


 メイクさんはふふっと笑って言う。


「色々あったけど、結局お互いが選んだのは自分達なんですから。その結果が全てですよ」


 そう優しく言われ、私は微笑んだ。


 確かにその通り。今ここにいるという事実が全て。


 幼馴染と一言で片付けるには、私たちの時間はあまりに長い。


「さ、メイクは完了です、ドレスにお着替えしましょうか」


「はい」


 立ち上がり、掛けてあったドレスを見た。数多くの種類で悩みながらようやく選び抜いた一着だった。蒼一さんも似合う、と太鼓判を押してくれたのでこれに決めた。


 ふわりとした軽い裾が広がるAラインのドレス。シンプルだけど上品で可愛くて、とても気に入っている。これに決定するまでにどれほどの時間を費やしたっけ。


 そのドレスに袖を通し、小物もつけていく。全て自分が選んだものを身にまとい、完成した姿を鏡にうつした。


 あの時の式は、どこか浮いていた。お姉ちゃんが選んだドレスに髪型、小物。元々趣味も似ていなかったし、タイプが違うので似合うわけがなかった。


 でも今日は違う。全て私も選ぶのに参加した。この場所も、ドレスも、小物も、全て。


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