第54話 二人の未来④







 その後、私と蒼一さんは早速不動産屋に新しい家を探しに行った。こちらが望む条件全てを満たしているような物件はさすがにすぐにはなかった。しかし蒼一さんは、「また見つかったら引っ越せばいい」と言ってその日のうちに決定した。


 引越し業者にもすぐ連絡し、引越しの手続きを済ませた。そのまま私たちは逃げるように家から出て、新しい新居に移動したのである。


 もちろんお母様たちに挨拶も何もなし。あれよあれよと、いつのまにか引っ越しは完了してしまった。


 新しく構えた私たちの家は、築年数はそこそこあるマンションだった。でもリフォームされているので中は綺麗だし、キッチンも広いので私は全く不満はなかった。周りの環境も住みやすい場所だったのでむしろよく一日目でこんないいところを見つけられたなと感心するほどだった。


「荷物の搬入はこれで全て完了になります」


 引っ越し業者の人が頭を下げる。蒼一さんは書類にサインした。


 スタッフはそれぞれ頭を下げると、マンションから全員出ていった。残されたのは段ボールの山たちと私たち二人だ。


 幸いだったのは、前の家ですら三ヶ月ほどしか住んでいなかったので、私も蒼一さんも荷物が増えていないことだった。荷造りもそんなに大変ではなかったのだ。


 まだ閑散としているリビングを見渡す。さて、あとは荷解きだ。私は腕まくりをする。


 マンションは前の家よりずっと狭い場所だった。なので、以前使っていたソファなどが入らなかったのだけは問題だった。新しいのを買うしかない。


 蒼一さんが言う。


「だいぶ狭いけど、ごめんね」


「いえ! 全然です。むしろこれくらいでちょうどいいなあって思ってます」


 私は心の底からそう言った。むしろこの狭さは結構気に入っている。呼べばすぐに相手の声が聞こえ、手をのばぜばすぐに触れられるぐらいの距離。二人で暮らすにはいい広さだ。前のところは広すぎた。


 蒼一さんが腕を組んで考え込む。


「うーんソファは買わなきゃだね。ま、急ぎじゃないから今度行こうか」


「そうですね。ソファはなくてもなんとかなりますから。ゆっくりでいいと思います」


「ああそれと。当然だけど、ここの新しい住所は母には伝えないからね」


 サラリと蒼一さんが言う。私が驚きで目を丸くすると、さらに彼は言った。


「あ、それと咲良ちゃんのスマホちょっと貸して」


「は、はい……」


 とりあえず言われるがまま差し出す。彼は私の目の前でそれを操作すると、ある連絡先を一つ呼び出して着信拒否の手続きを施した。


「え! 蒼一さん!」


「忘れてたよ、これでよしだね。もう母とは連絡取らなくていい。もし何かコンタクトがあったらまず僕に知らせてね。一人で会うことはしない。

 会社のパーティーとかも今後は母は参加しないってことで父さんとも話はついてるから。顔を合わせることはないと思う。僕も同じ。用がなけりゃ実家に帰ることもしないだろうし」


「……そこまでやる必要あるでしょうか」


 心配になって私は呟いた。お母様にとってたった一人の息子なのに、悲しむんじゃないのかな。


 そう呟いた私を、蒼一さんは眉を下げて苦笑した。


「相変わらず優しすぎるんだから」


「そ、そんなんじゃ」


「とにかく、しばらくはこれでいく。先のことはその時考えよう」


 私にスマホを返してくれる。それを見つめながら、私を守ってくれているんだから蒼一さんに従おうと頷く。時間を置いて、いつか分かり合える日がくるといいんだけどな。


「新田さんの対処も考えるから」


「え、新田さんもですか!?」


「当然でしょ、やり方が常識を逸脱してる。仕事面でも責任は取ってもらわないと」


 ううん、なんだか大ごとになってしまっている。私は腕を組んで唸った。新田さん、確かに良くないことをしたけど、なあ、


 ……同じ人を好きになったという点は、私は憎めないところもあるんだけど。お人好しなのかな。



 蒼一さんは積まれた段ボールを見渡しながら話題を変えるようにして言った。


「さて。引っ越しも無事済んだことだし、狭いけど新生活だね。咲良ちゃん、今更だけど約束しよう」


「約束ですか?」


「一番大事なこと。

 嘘をつかず、言いたいことはちゃんと言う。まずはこれだ」


 柔らかく笑って蒼一さんがそう言った。私も釣られて頬が緩む。


 今まではお互い様子見しながらの生活だった。でもそんな遠慮はいらない、今後はちゃんと夫婦として暮らしていこう。蒼一さんはそう言ってくれてるんだ。


 彼はさらに続ける。


「きっと咲良ちゃんから見て苛立つ時もあるだろうし、不満だって絶対出てくる」


「ええ、そんなこと」


「それが普通なんだよ。暮らしてきた環境も違うんだ、全部の価値観が合うわけがない。

 大事なのはそれをどこまでお互い歩み寄るか、だよ。一人が我慢するのは一番だめだ」


 真剣な彼の表情に、私は頷いた。そうだ、彼の言うことは尤もなこと。私だって蒼一さんから見たら至らないことなんてたくさんある。それを二人で少しずつ歩いていくんだ。


「はい、わかりました」


「うん。頑張ろうね」


 蒼一さんは笑いながら早速段ボールを漁り出す。私も荷解きを始めようとした時、言おうと思っていたことを思い出し、伝えたくて声を出した。


「蒼一さん」


「ん?」


「あの話なんですけど……

 挙式だけ、もう一回してもいいですか?」


 段ボールから手を離し、蒼一さんが振り返った。少し驚いた顔をしている。



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