第22話 咲良の戸惑い④
蒼一さんは私よりずっと大人だしなんでもできる人だから、確かに欲しいものなんて自分で手に入れてそう。他の人からのプレゼントもたくさんあるかもだし……。
でも、と自分を奮い立たせる。
「いいの、気持ちの問題なの。私があげたいだけなの。だって結婚してるんだもん」
「……結婚、ねえ」
「ほら、どこのお店がいいとか知らない? 蓮也も一緒に考えてよ!」
私がお願いすると、彼は仕方ないなとばかりにため息をついた。そして非常にめんどくさそうに歩き出す。
「って言っても、絶対俺とあの人好み違うじゃん」
「それは否定しない。蓮也は今欲しいものなに?」
「野球で使うグローブとか、読みたい漫画全巻とか」
「ぶはっ、ほんと全然参考にならなそう」
私は蓮也の隣を歩きながら笑う。少しだけ彼の表情も和らいだ。こちらのスピードに合わせて歩いてくれる蓮也の優しさに気づきながら話す。
「色々考えてたんだよね、財布とかさ」
「天海グループの跡取りはいい財布使ってないとダメだろ、予算あんの?」
「ぐう」
「同じ理由で時計とかもな」
「ぐう」
「そう思うと大変だな、そんな旦那様を持つのも」
確かに、蓮也の言う通りだと思った。もちろん私もちゃんと自分の貯金を持ってきたのだが、それでも蒼一さんから見れば微々たる額なのかも。今蒼一さんってどんな財布や時計使ってたっけ? 下調べしてくればよかった。
「困る〜……」
「とりあえず色々見て、そんな高くなくてもいい実用品とかやればいいんじゃねえの」
「ほう! なるほど!」
「なんで俺こんなことに付き合わされているんだ……」
呆れたように言う蓮也に笑う。蓮也の隣は気楽でいいな、と思った。蒼一さんはどうしてもいまだに緊張してしまうことが多くある。昔から私を知っている蓮也じゃまるで気を張らなくていいから楽だ。
二人で適当な雑貨屋などに入ってみる。私は真剣に棚を見つめて唸る。一体何がいいんだろう、蒼一さんに少しでも喜んでもらいたい。
こんな時お姉ちゃんがいたらな、と思う。きっと蒼一さんのことをよく知ってるし、いろんなお店やブランドにも詳しいのに。……いや、お姉ちゃんがいたら蒼一さんの誕生日なんて祝えてないよね。苦笑する。
「必死だな」
私の形相に蓮也が呟く。強く頷いて見せた。
「必死だよ、できれば喜んでもらいたいもん。何がいいのかなあー」
「別に深く考えずにさ、例えばタバコ吸うならライターとか、料理好きなら食器とか、そんな感じでいいんじゃね? いくつあっても困らないものは失敗しないよ」
私は顔をあげて感心しながら蓮也を見た。相変わらず彼はめんどくさそうでどこか不機嫌にも見えるのだが、いくつあっても困らないものは失敗しない、の発言は的を得ている。
確かに財布とかは基本持つのは一つだし、外したら困っちゃうもんね。
「そうだね、そう言うふうに考えるよ!」
「早く決めよう。なんでもいいよ」
「なんでもはよくないよ! ほら、あっちの店も付き合って!」
私は蓮也の腕を引っ張って軽い足取りで歩いた。蓮也は文句を言いながらも、しっかり私についてきてくれていた。
「蓮也ありがとう! 本当に助かった、自分一人じゃどうしていいか分かんなかったんだよね!」
私は食後の紅茶を飲みながら改めて彼にお礼を言った。
買い物を無事終えた頃には思ったより時間が過ぎていた。夢中になり時間を忘れていたらしい。私たちは街より少し外れた小さなカフェで遅めの昼食を取った。
場所からか、それとも時間が時間だからか、店内はあまり人がいなかった。私たちは昔話に花を咲かせながらまったり昼食をとった。結婚してから友達と食事なんて取れてなかった私には最高の気分転換になる。
蓮也はジュースを飲みながらいう。
「別に。そんな大した助言してないし」
「ううん本当助かったよ! これであとは当日渡すだけ。喜ばれるといいなあ」
私はその様子を想像して笑った。いや、わかってるんだ。蒼一さんは優しいから、きっとどんなものをあげたって喜んでくれる。彼のそんなところがやっぱり好きでたまらない。
私が一人ワクワクしているのをじっと見ていた蓮也は、ストローでジュースをぐるぐるとかき混ぜた。氷の涼しげな音がカラカラと響く。
「楽しそうだな咲良」
「え? あは、そうかな」
「もう慣れちゃった感じ?」
「そうだね、少しは慣れてきたかな。私全然料理なんてできなかったのにさ、最近上達したんだよねー! 蓮也びっくりするよきっと!」
ガッツボーズをとって笑ってみせる。蓮也から憎まれ口でも叩かれるかと思っていたのに、彼は何もいわなかった。無駄にストローで遊んでいる。こちらを見ないまま言った。
「よくそんなに頑張れるね、突然決まった政略結婚なのに」
「え、まあ……結婚は突然決まったけど、蒼一さんはお姉ちゃんの婚約者だから昔から知ってる人だし。優しいから」
「てか咲良の姉ちゃん今何してんの? わかんないの?」
「うん、見つからないみたい」
蓮也は黙り込む。いつもノリがいいくせに、彼は私の結婚話になるとかなり機嫌が悪くなる。私を心配してくれてるんだろうなってことはわかっているのだけれど……。
私は紅茶を両手に包む。温かなぬくもりが伝わってくる。私はなるべくいつも通りの笑顔になれるように心がけ、彼に言った。
「色々心配してくれてありがとね。でもほんと、それなりに上手くやってるから! 大丈夫だよ、蓮也優しいね」
彼はちらりとだけ私を見たが、すぐに視線を落とした。そしてテーブルの一点だけを見つめながら小声で呟く。
「……優しいわけじゃない。俺が嫌なだけ」
「え?」
「離婚しないの? 好きでもない男と一緒に暮らしてて平気なの? そのまま一生終わるの?」
蓮也の言葉が次々に出てくる。一体何から答えていいかわからなくなる。ただ、最後にあった『そのまま一生終わるの?』という質問だけが頭の中にとどまった。
このままずっと暮らすのかな?
ただの同居人として、一生終わるのかな。
いや、お姉ちゃんが見つかったら? どうなるんだろう、蒼一さんはわからないって言っていた。
好きな人のそばにいれるのはこの上ない幸せだ。でも私は蒼一さんが好きだから欲が出る。欲が出て、欲が出て、欲まみれになる。キスさえもしてもらえないこんな生活、苦しさがいつか幸せを喰ってしまうんだろうか。
わからない。
「……わからないよ、先のことなんて」
ポツンと呟く。冷めてきた紅茶に優しさを求めるようにティーカップを強く包む。
「今の生活で精一杯、先のことなんてわからないし見えないし考えられない。進みたいけど進むのも怖い。
ただ私は、今は今度の蒼一さんの誕生日を祝うことだけが楽しみなの。喜んでもらいたいから」
そっと紅茶を啜った。やはりそれは、だいぶぬるくなっていた。いい香りだったのにあまり感じられない。砂糖の味がやたら主張された飲み物になってしまっていた。
蓮也がじっとこちらを見る。どこか辛そうにさえ見える彼は、不思議そうに言った。
「なんでそこまで頑張るの?」
「それは私が」
蒼一さんをずっと好きだったから。
……なんて、いうのは恥ずかしすぎるかな。婚約者が逃げ出したことにつけ込んで結婚相手に立候補したあざとさが、バレてしまう。
私は黙り込んだ。蓮也も何も言わなかった。
しばらくそのまま沈黙を流し、氷の溶けたオレンジジュースと冷え切った紅茶をお互い見つめていると、蓮也が口をひらいた。
「でよっか」
「あ、うん」
二人で席を立つ。会計を済ませ、そのまま外へと出た。
扉を開けると、外はまだ十分明るかった。あまり人気のない道通りを蓮也と歩き出す。
今日は蓮也と出かけるため、食事作りは山下さんに全て任せてある。今から帰って、お風呂に入ってまた蒼一さんを待つ時間が始まる。最近帰りが早いから、今日もそうだろうか。二人で食べる食事の時間が何より好きだった。
ぼんやりとそう考えながら歩いていると、隣の蓮也がポツリと声を出す。
「あのさ」
「え?」
「言おうかどうしようか迷ってたけど、やっぱり言っとく」
そう言った彼が突然ピタリと足を止めた。私も釣られて歩みを止め、隣の彼を見上げる。蓮也が力強い目で私を見ていることに気がつき、なぜかは分からないが胸がどきりと鳴った。
目が合ったまま動けなくなる。蓮也は迷うそぶりもなく、しっかりと言葉を発した。
「俺は咲良がずっと好きだった」
思ってもみない言葉に、完全にフリーズした。
蓮也とは中学から高校、大学とずっと一緒だった腐れ縁だ。唯一気が合う異性で、今までもずっと仲良く過ごしてきた。馬鹿なことやったり、笑い合っていただけの関係。
そんな彼が私をそんなふうに想ってくれていたなんて、想像もしたことがなかった。
言葉をなくしたまま立ち尽くす。瞬きすら忘れて唖然としていた。
「だから許せなかった。姉ちゃんの代わりに政略結婚させられたのが。心配してたのも俺の気持ちがおさまらないからだ。優しいからじゃない」
「蓮也……?」
「昔からずっとずっと咲良が好きだ。咲良が本当に好きなやつと幸せになってるなら諦められるけど、こんな形で手の届かないところへいくのは納得いかない」
頭がぐるぐると混乱し、心臓がうるさく暴れ回った。蓮也からの告白なんて予想外すぎる。まさか、私をずっとそんなに想っていてくれたなんて。
「咲良、咲良が本当に幸せじゃないならこんな結婚やめろよ!」
「待って、わた、私は今別に幸せで」
「俺の目を見て言えよ」
ついそらしてしまっていたことにようやく自分で気がつく。指摘されてはっと蓮也の顔を見上げれば、あまりに強い眼差しに苦しくなってしまった。
見抜かれる。根拠もなく、なぜかそう思った。
幸せと同時に私が虚しさを覚えてることを。女として扱ってもらえず、妹としてしか見られていない悲しさを抱いていることを。
それでも私は首を振った。震える唇からなんとか言葉を出す。
「ありがとう、でも私から今の生活を終わらせるつもりはないの。本当に、十分しあわ」
言い終えるより先に、彼の腕が私を包み込んだ。苦しくなるほどの力の抱擁だった。驚きで全身が固まる。
この前蒼一さんに抱きしめられた時とはまた違う。背の高さも、肩幅も、体温も違う。
北野蓮也という一人の男性。
「咲良。どうか俺を見て」
苦しそうに発せられたその声が頭から降った。普段笑ってばかりいる蓮也から、そんな声を聞いたのは初めてのことだった。
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