第21話 咲良の戸惑い③

「お帰りなさい! 早かったですね」


 私が笑顔で言うと、彼も柔らかい顔で返してくれる。


「うん、最近ちょっと落ち着いてるから」


「よかったです」


「夕飯食べようかな、お腹空いた」


「すぐに温めますね」


 こういった会話だけを聞けば、完全に夫婦なんだけどなあ。私はすぐにキッチンへ戻り、昼間山下さんと作った料理たちを温め直す。


 毎日を繰り返すことで少しずつ慣れてきた蒼一さんとの生活。リズムが出来てきたといえばいいのだろうか。


 食卓に二人分の食事を並べていく。すぐにやってきた蒼一さんはテーブルの上を見た顔を綻ばせた。


「あ、生姜焼きだ」


「好きなんですか?」


「実はね」


 笑う顔はどこか子供っぽく見えて可愛いと思ってしまった。熱くなった胸を抑えつつ、グラスにお茶を注いでいく。


 どこか機嫌良さそうに席に座る蒼一さんの前に腰掛ける。二人で手を合わせて挨拶をした。


「いただきます」


 箸を持ち食事を取る。今日の食事もほとんどは私が作ったものだ。でも蒼一さんは多分山下さんが全部作ってると思ってる。さて、いつバラそうか。


「あ、そうだ」


 ご飯を飲み込んだ時、私は声を出す。蒼一さんが顔を上げた。


「あの、今度蒼一さん、お誕生日じゃないですか」


「え? あ、そうだねそういえば」


 まるで人ごとのように彼は言う。少し笑ってしまった。


「そんな、忘れてたんですか?」


「うん、完全にね」


「あの、当日はお仕事ですよね? 終わった後どこか出掛けられますか? お友達とか」


「え? いや別にそんな予定ないけど」


 彼の返答を聞いて喜びが笑顔で溢れてしまった。そんな私の顔を不思議そうに蒼一さんが見てくる。喜びを隠すこともなく、声を弾ませて言った。


「じゃあ、おうちでお祝いですね!」


 驚いたように目を丸くする。山下さんと少し豪華なご飯、あとケーキも焼かなきゃ。当日に蒼一さんと二人で祝える。


「祝ってくれるの?」


「もちろんですよ! あ、そんな大層なことはしませんが……お仕事終わって家で誕生日会やりましょう」


 私の提案に、蒼一さんがそっと目を細めた。そして優しい笑顔で頷く。


「ありがとう。仕事絶対早く終わらせて帰る」


 よかった、と安心する。当日にちゃんとお祝いできるんだ。それだけで私は十分嬉しい。


 ニコニコしながらご飯を頬張る。プレゼントも買わなきゃ、何がいいんだろう。男の人って何が欲しいか分からないから……あ、そうだ!


「あの話は変わるんですが蒼一さん。この前会った蓮也覚えてますか?」


 私が尋ねると、一瞬彼の箸が止まる。そしてほんの少し間があったと、私の方を見た。


「うん、覚えてるよ」


「今度ご飯行こうって誘われたんですけど、あの、ほら、それってこう、あんまりかな、と思って」


 歯切れの悪い言葉をゴニョゴニョと言った。なんだか言いにくかったのだ、『異性と二人で食事はよくないですか、一応私たちは書類上夫婦だから』なんて。


 私のぼんやりした言葉を蒼一さんは理解したようだった。味噌汁を飲み込み、小さな声で言った。


「別に行ってきたら」


「え」


「ランチぐらいは大丈夫だよ。気にしないで。彼は昔からの友達だってしってるから」


 そう言った蒼一さんは、そのまま食事を続けた。


 黙々と食事を続ける彼に倣い私も箸を動かす。きっと蒼一さんはそう言うだろうなと思っていた。最初から私の好きに生活していいんだよって言ってたし。行かないで欲しいなんて言うはずないよね。


 ただ……少しだけ寂しいのは、なぜなのかな。


「分かりました。じゃあ今度昼に食事でも行ってきます」


「楽しんでね」


 蒼一さんはそれだけ言うと、あとは何も言わなかった。








 晴れやかな昼下がり、少し人が混雑する街中に、よく知る横顔を見つけた。


 ぼんやりとどこかを見ながら立っている蓮也に向かって駆けていく。近づいたところで、私の足音に蓮夜もこちらを向いた。久々に会う彼は白い歯を出して笑った。


「咲良」


「お待たせー!」


「いや時間ぴったりだから」


 あれから蓮也と連絡を取り、誘いに乗りランチを一緒に取ろうと約束をした。だがそれと同時に、少し付き合ってほしいことがある、と相談を持ちかけたのは私だ。


 蓮也は相変わらず小麦色の肌をしていて、背も高いから結構目立つ。話すと馬鹿だけど、見た目は案外爽やかなスポーツマンだ。

 

 彼は笑いながら鼻を擦る。


「来てくれてよかった、無理かなって思ってたんだ」


「どうして?」


「いやだって咲良既婚者じゃん。あんまり男と二人ってよくないのかなって」


「ああ……大丈夫、ちゃんと蒼一さんに言ってきたから」


「え? いいって?」


「うん、大丈夫だよって」


 私の言葉に、蓮也はどこか複雑そうな顔をしていた。彼が言いたことがなんとなくわかった私だが、言わせないように言葉を続ける。


「そうだ、食事の前にさ、ちょっと買い物付き合ってくれない?」


「ああ、行きたいとこってどこ? 時間あるし全然いいんだけど」


「もうすぐ蒼一さんの誕生日なんだよね。男の人ってプレゼント何がいいか分かんないから、蓮也も一緒に考えて欲しくて」


 私は笑顔で話した。そう、蓮也から連絡をもらって思いついたのだ、男目線を蓮也に教えてもらおうと。まあ蒼一さんと蓮也は全然タイプ違うけど、でもきっと多少の助言はできるはず。


 蓮也はどこか困ったように眉を下げた。私から視線を逸らし、横を向いて小声で言う。


「誕生日なんだ、あの人」


「そう、もう少し」


「咲良もなんかあげなきゃいけねえの? 別にあの人欲しいもんなんでも持ってそうだし、他の女も色々くれそうじゃん」


 どこかつっけんどんに言った彼の言葉に、私はうっと黙り込む。頭では分かっていたけど、いざ他人から言われると辛い。


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