第20話 咲良の戸惑い②

 山下さんは気づいてるんだなあ。私が蒼一さんを本当に好きだってこと。勿論片想いだとは知らないだろうけど。形だけの夫婦だなんて普通思わないよね。


 彼女はうんうんと頷く。


「好きな人のためじゃなきゃ、咲良さんもこんなに頑張って料理を勉強したりしないですもんね。あなたの真剣な眼差し見てればわかります」


「ふふ、山下さんの教え方が上手なおかげでもあります」


「嬉しいこと言ってくれるー!」


 二人で顔を合わせて笑う。最初は家政婦を呼ぶって言われた時少し戸惑ったけれど、相手が山下さんでよかったと思った。子供の頃から顔は知っているし、とっても明るくていい人だ。この人と話すことが楽しみにもなっている。


 山下さんとケーキ作るのも待ち遠しいなあ。


 あ……でも。私の心にふと翳りができる。


 当日は平日でお仕事だし、その後も誕生日は他の人と過ごすかも。友達と食事に行くとか。ちゃんとその日の予定を確認しなきゃだなあ。


 ぼんやりと鍋の中身をかき混ぜながら思う。こんな時、本当の夫婦だったら確認なんて取らずに無言の了解で一緒にお祝いできるんだろうな。


 私たちにはまだそれがない。


 山下さんに気づかれないように小さく息を吐いた。








 入浴を済ませ、私はゆっくりテレビを眺めていた。山下さんと作った料理はラップをかけて置いてある。蒼一さんが帰ってきたら温め直して一緒に食べるのが日課だ。


 あまり興味のないニュースをぼんやり眺めているところに、大きな音が響いた。スマホに着信が入っているのだと気づく。


 ダイニングテーブルに置きっぱなしになっていたそれに近づき、画面を見てみると母からの電話だった。


「お母さんかあ」


 時折、私の現状を聞くために電話がかかってくる。両親はいまだにお姉ちゃんを探しているので、その進捗状態を報告してくるのも話題の一つだ。


 私は出て耳に当てる。


「もしもしお母さん?」


『咲良? 今大丈夫だった?』


「うん、まだ蒼一さんも帰ってきてないし暇してたよ」


『そう……最近どうそっちは?』


 心配そうに言ってくれるお母さんに笑いかける。


「大丈夫だよ、蒼一さんは優しいし。あまり心配しないで、お父さんと喧嘩ばかりしないでよ」


 結婚式当日、姉の身代わりにさせたことを、母はずっと気に病んでいるようだった。蒼一さんのご両親があまり賛成していないことも勘づいているようだ。どうもそれでお父さんとよく口論になっているらしい。


 父は別に悪い人ではないのだが楽観的というか、『咲良が楽しく過ごせてるって言うならそれでいいだろ』みたいな考えらしくて、母からすれば許せないらしい。


 勿論父も母も、私たちが同居人状態であることは知らない。


『ならいいんだけど……綾乃は色々調べてもどこにいるかわからないのよ』


 私はそれを聞いてほっと安心する。この報告はいつも私を安堵させる。お姉ちゃんが見つかれば、もしかしたらこの夫婦関係を解消されるかもしれない。そんな恐怖があるのだ。


 蒼一さんはまだ姉を想っているのかもしれないし、どうなるか分からない。


 お姉ちゃんが他に好きな人がいてその人と一緒にいるのなら、どうか見つからず幸せになってて欲しいと思う。


『本当に大丈夫? あんな急に結婚を決めてしまって。私は綾乃ですら結婚相手を勝手に決めるのを反対してたのよ。でも、子供の頃から一緒にいて蒼一さんとは仲良さそうだったから安心してたのに……』


「私は大丈夫だって。蒼一さんはすごく優しいよ、それはお母さんも知ってるでしょ?」


『まあ、蒼一さんはそうだろうけど。ご両親とか……』


「……時間がなんとかしてくれるよ。私も頑張るから」


『辛かったら気にせずいつでも言っていいのよ。帰ってきていいんだから。無理だけはしちゃだめ』


 いつもこうして私を心配してくれる母に、蒼一さんは私の初恋の相手だから大丈夫、と教えてあげようか悩む。でもなんとなく言うのも恥ずかしくて、結局私は言うのを諦めてしまうのだ。


「ありがとう、でも本当に大丈夫だから。あんまりお父さんと喧嘩しないでよ」


 私はそういうと、少し母と会話を交わし電話を切った。一度実家に帰って顔を見せるのがいいかもと思っているのだが、二人がギスギスしてるしちょっと帰りにくいんだよなあ。蒼一さんとのこと色々聞かれても困る、同居人状態なんだから。


 スマホをおこうとして、今度は手元にメッセージが入っているのに気がついた。誰だろうと見てみると、蓮也からだった。


 蒼一さんと街中でばったり会って以降、彼とは音沙汰がない。そういえば連絡しようと思って忘れていたな。


「なんだろう」


 操作して中身を見てみる。


 相変わらず絵文字も少なめの蓮也らしい文章で、最近はどうしてるかという心配の言葉と、時間がある時に飯でも行こう、という誘いが書かれていた。


「なんかいろんな人に心配されてるなあ」


 自分でも呆れて言う。そりゃ結婚の流れだけを見ればしょうがないのか。


 とりあえず私は毎日穏やかに過ごしていることを文章で打つ。そして、食事の誘いも暇していることが多いので是非、と返事しようとして指を止めた。


 私と蒼一さんは同居人状態であると言っても、書類上は夫婦だ。妻でありながら、他の男性と二人きりで食事はよくないのでは? もちろん蓮也は仲のいい友達だけれど、知らない人から見たらあまり良くないかもしれない。


 ううんと唸って悩む。でも蓮也は付き合いの長い友達だしなあ。


 一人でそう考えているところに、玄関の鍵が開く音が聞こえてきた。はっとしてすぐにスマホを適当に放る。すぐに廊下を駆けて玄関へ向かうと、やはり蒼一さんが帰宅してきたところだった。





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