第五章

第22話『戦いの後日譚』

『続いては昨夜未明に発生した、倉庫爆発事故についてです。現場の加藤さんと中継が繋がっています。加藤さーん、聞こえますか?』

『はい、こちら現場前です! えー、現在爆発によって半壊した倉庫はこのように規制線が貼られ封鎖されておりますが、幸いにも爆破事故による怪我人は出てないとのことです。警察は――』


 テレビで流れている映像には見覚えのある場所が映っている。

 昨夜、ルリとヒバリ達が戦いを繰り広げたあの倉庫だ。井氷鹿がいくらチャンネルを回そうとも、やっているのはこの事件に関するニュースばかり。

 その様子を、アスカはただ黙って見ていた。


「あと一歩のところで……私が油断を見せさえしなければ」


 ぽつりと呟かれた言葉に、アスカは視線を向ける。

 視線の先には、瞳に憤りをありありと浮かべたヒナの姿があった。


「すごく他人事みたいな言い方になっちゃうけど、大変だったんだね」

「うん。もう少しだったんだけど……でもっ、隊長は悪くないよ!! まさかあんなことになるなんて、みんな思ってなかったし」 


 遠目でヒナの様子を伺っていたヒバリが口を開く。

 とっさの判断で少女の猛攻をなんとか凌ぐことができたとはいえ、何とも言えない悔しさが残った。昨夜の戦いを通じて、皆ずっとこの調子だ。


「昨夜の少女が片腕から放った攻撃、あれは確実に穢れエネルギー由来のものだった。一点に穢れを集中させ、放つと同時に周囲を破壊し尽くす。ヒバリの判断がなければ、全員あの場で息絶えていただろう」 


 淡々とした口調でヒナが言う。

 ヒバリの咄嗟の判断があったとはいえ、最前線にいた彼女に限っては対応が遅れてしまい、その身の至るところに怪我を負っていた。

 今も痛々しい包帯が、傷口の上に巻かれている。


「だが、こうもしていられない。一刻でも早く決着をつけなければ、ルリの身が……」 


 そう言ってヒナは椅子から立ち上がり、ベランダへ歩を進める。

 その足取りは不安定で、いつ倒れてしまってもおかしくないほどふらついていた。

 案の定、彼女は大きく体勢を崩し、前のめりになりながら床へと突っ伏しそうになったところですかさず井氷鹿が支えに入った。


「ヒナ、怪我してる。無理しない方がいい」

「うん、私もそう思う。じれったい気持ちもやっぱりあるだろうけど、今はゆっくり身体を休めた方がいいよ」

「そうだよ、隊長!! 今は身体を沢山休めて、次の戦いに備えよう!! 思うように身体が動かせなくて不便もあるかもしれないけど、そのときは――」



「「――に任せて!!」」」


 その場にズラッと、横一列に寸分違わぬ動きでヒバリの姿が並んだ。



 ◇◇◇


「隊長ー、どこか痒いとこない?」

「うむ。これと言って頼みはないが。ヒバリ、その手に握ったものはなんだ?」

「これ、孫の手。さっきアスカから借りたんだ! もし痒いとこがあったら、いつでもヒバリに言ってね!」

「ああ、そうさせてもらおう。気遣いありがとう」


 たった今、ヒナと会話を交わしていたヒバリは部屋を後にする。

 続いてその背後に並んでいた次のヒバリが前に出た。


「ねー、隊長。お腹空いてない?」

「うむ。これと言って腹は減ってないが。その腕に何を抱え込んでいる?」

「ウルフ先輩からね、神饌のお下がりを沢山貰ったんだ! リンゴにみかんにバナナ! すっごく甘いんだって!」

「それは良かったな。ヒバリ達で分け合って食しても、私は構わぬぞ」

「分かった! 食べたくなったらいつでも言ってね!」


 ヒバリは鼻歌まじりに部屋を後にした。

 またもや、その背後に立っていたヒバリがヒナの様子を伺いつつ前に出た。


「隊長! 見て見てー!」

「ヒバリ、その服がどうした?」

「てんとう虫っ! 洋服をベランダから入れたらね、洋服にくっついていたんだー。ナナホシテントウって言うんだって。……あっ、待って待ってー!」


 ブウゥゥゥン。

 部屋の外に飛んでいったてんとう虫を追いかけ、ヒバリは部屋を後にする。

 そして変わらず、背後に列んでいたヒバリがヒナの目の前に歩み寄るが……


「ヒバリ。いい加減、ヒナも困ってるよ。ほどほどにしておかなきゃ」


 どこからともなく現れたアスカがヒバリとヒナの間に割って入った。

 ヒバリ達は彼女の発言に納得を覚えた反面、残念そうな顔を浮かべ、ゾロゾロと部屋から退散していく。

 その様子を見届け、アスカは座椅子に腰がけたヒナに苦笑いを浮かべた。


「まさか、こんなことになっちゃうとはね、今月は食費が大変そう」

「神札といった魂の依代がなければ、分霊はすぐに元の身体に吸収されるだろうがな。少しの辛抱になりそうだ。迷惑をかけて本当に申し訳ない」

「うん。ははは……」


 昨夜、起こった予想外の出来事。

 少女が放った攻撃は爆風だけでもとてつもない威力を誇った。

 ありとあらゆる破壊の限りを尽くした痛撃は、たとえ盾の神、彦狭知神が作り出した球体バリアを持ってしても防ぎきれないほどの威力だった。 


 片や、球体バリアの中でも爆風の影響を受ける始末。

 爆風はヒバリの全身にひとしきり吹き付け、分裂、すなわち分霊を引き起こした。

 一つの分霊をするのには途方もない労力がかかるのだが、今回偶然にも起きてしまった分霊で生み出されたヒバリはざっと十人近く。

 しばらく家が騒がしくなりそうだ。

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