第21話『少女との出逢い』
「ぜえぜえ、はあはあ……」
ルリは体力的にも精神的にも限界を迎えていた。
もはや立っていることすらままならない。身体の重心が何度も不安定に揺れる様子を見せていた彼女は、ついに膝をつく。
相対するヒナたちは息一つ乱していない。
その差は歴然としていた。そんな中――、
「隊長、大丈夫!?」
ヒナの背後に大きな門が現れ、その中からヒバリと井氷鹿が飛び出してきた。
ヒバリはそのまま隊長に駆け寄り、その横で踏みとどまる。そして、追い詰められたルリの様子を目の当たりにするなり、すぐに戦況を理解したようだ。
「作戦は大成功だね、隊長!!」
「ああ、お陰様でな。ヒバリと井氷鹿の二人には感謝している。よし、このまま一気に畳みかけるぞ!」
一同が揃ってルリに狙いを定め、一步踏み出す。
こうなってはもう勝ち目がない。そう判断が働いたのか、ルリは力を振り絞り、開けっ放しの天窓を目がけて脱出を図ろうとするが、
「待てっ!! 逃がすか貴様っ!!」
ヒナから静止の声がかかる。
「天石門別神、お願い! ルリを足止めして!」
「ヒバリ殿、承知した」
札の中から響く承諾の声。
すると途端に、ルリが逃げ出そうとした先に巨大な門が出現し、彼女の身体を吸い込んだ。門の出口はヒバリたちの目の前に現れ、そこからルリが飛び出してきた。
「――!!」
彼女が目を見張った頃には、もう手遅れだった。
ルリに肉薄したヒナは、槍を一閃させる。その刃先はルリの肩を捉えており、あと数センチでも深く突き刺されば致命傷となっただろう。
体制を崩した彼女は痛みにその場に蹲った。
この隙を突こう、と言わんばかりにルリに二つの影が重なる。
追撃を与えに掛かった田中さんとウルフ先輩たちだ。彼女は彼らを遠ざけるべく、片腕から穢れの霧を作り出し、周囲を覆った。
「はあぜえっ、はあぜえ……ッ」
上手く彼らを遠ざけることに成功したルリは、肩を激しく上下させて息をする。
しかし、安堵が許されたのも束の間だった。
霧を晴らすように風圧が発生したかと思うと、そこからは蛇と化した井氷鹿が。
井氷鹿の姿がルリの眼前まで迫る――その刹那、爆音が響き、辺り一面に穢れエネルギーがはじけ散った。
爆風に一同は両目を覆い隠す。
次の瞬間、ヒバリの瞳に映ったのは、
「うっ、うう……」
「井氷鹿ちゃん!!」
片腕で頭のてっぺんを掴まれた井氷鹿だった。
人の姿へ戻っていた彼女はだらしなく身体を伸ばしきって、とても苦しそうに肩で息を吸っている。口元からは黒い煙が発られていた。
ルリは息を切らしながらも、笑みを浮かべた。
「これ以上、私に近づくな。近づこうものなら、コイツの頭を握りつぶす」
「……人質を取ったわけか、貴様」
「そういうことだ」
逃走を成すための交換材料。
それが今、ルリの手中に収まっているのだ。
「コイツが殺されたくなければ、私を逃がせ」
「見過ごせない、とても汚いやり方ですね」
「うむ。だが、こちら側としても井氷鹿の命が掛かっているからには、やはり交渉に乗る他ないだろう」
憎悪を浮かべて俯いてから、ヒナは視線を戻す。
そして、静かに首を縦に振った。
「……交渉成立だな」
ルリは別れの言葉を告げ、翼を広げる。
だが、一向に井氷鹿を片腕から離さなかった。
そのまま飛び去ろうとする。
「待て貴様っ! 井氷鹿を開放する取り決めは……」
「すまないが、コイツは人質として連れて行かせてもらう。殺されたくなくば、今後一切私に近づいてこないことだな」
「どこまでも汚い手をッ!!」
ヒナが歯噛みした時にはもう遅い。
ルリは再び翼を上下させ飛び去ろうとするが、そんな彼女には天罰が下された。
出し抜けに彼女は胸元を押さえ、悶え出したのだ。
飛行する力を失って、たちまち二人は落下を始める。
ヒナは井氷鹿を抱き抱えるようにキャッチし、地面に降り立つ。すると彼女はあることに気がついた。
井氷鹿の背負っていた板材が光っていたことに。
その光の色と、今しがた、悶え苦しむ彼女の全身を包むオーラの色が一致していたことに。
『――井氷鹿ちゃんを傷つけたこと、許さない』
板材からは、一人の少女が現れた。
青い火を灯したロウソクが付属したハチマキを頭に巻いていた少女だ。彼女はとても恨めしそうにルリを睨みつけていた。
「は、橋姫……」
『大丈夫。井氷鹿ちゃんはじっとしててね。私が今、井氷鹿に代わって敵を討ってあげるから』
そう言うと、橋姫はルリの身体にかかる呪いの力をますます強めていった。
「あ゛ああああ!!!」
地に伏せ、ルリは呻く。
目を大きく見開いた様子からは想像を絶する痛みに襲われているのだろう。
ただ、橋姫は全く手加減を加えようとしない。
むしろ楽しんでいるようだった。
「やれやれ。何をやってるんだか」
どこからともなくしてきたのは、呆れかえった八田間の声。
声がすると同時に、もだえ苦しむルリのすぐ真横、そこに黒く禍々しいゲートが現れた。その渦から一筋のレーザーが発射され、橋姫の身体を貫く。
井氷鹿の背負っている材木と共に橋姫は消滅した。
それに続き、渦の中からは八田間、そして一人の少女が姿を見せた。
黒髪の、薄汚れたボロ布衣装を纏った少女。
身体の至るところには痛々しい傷の跡が見られた。
ただ、そんな弱々しい見た目に反して、とても禍々しい気配を放っていた。
「八田間。あの神の穢れ、もらっていい?」
「さあ。私には分かりかねます」
「じゃあ、もらう」
少女はヒナに抱きかかえられた井氷鹿に歩み寄る。
無言のまま、少女は井氷鹿に顔を近づけると、その近くを漂っていたケガレが引き寄せられていった。
「今のは……」
思いがけぬ光景を目にし、ヒナは言葉に詰まる。
その一方で平然とした様子の少女は八田間の元へと戻っていった。
「急に穢れが供給されなくなったものだから、何があったんだろうと思って現世に来たらこの様ですよ。全く、命拾いしましたね」
八田間はそう言い放ち、ため息をついてルリの身体を担ぐと、ゲートの方へゆっくり歩みを進めていった。
「貴様っ!! 何処へ行く!?」
「私だって夜は眠たいんですよ。ずっとこんな感じで、年がら年中ぞんざいに扱われてる私の気持ちも少しは汲み取って下さい。それじゃ」
簡単に説明を済ませ、その場を去ろうとするが、ヒナがそれを許さない。
井氷鹿をヒバリに預けた彼女は槍を構え、八田間に狙いを定めながら飛びかかる。
八田間は欠伸を垂らしており、そのことに全く気づけていない様子だったが、代わりにルリの頬をツンツンとつついていた少女が反応を示した。
「……今まで貯めてきた力、少しだけ使ってみようかな」
少女は人差し指をヒナに向け、大人しげに呟いた。
同時に、彼女の指先にボワッと黒い雷を纏った球が宿る。
それは徐々に大きさを増していき、やがてバスケットボールくらいの大きさまで膨れ上がると、一直線に飛んでいく。
球はしばらく空中を突き進み――
不意にバチンッ! という大きな音が鳴り響くと同時に衝撃波が辺りを破壊し尽くした。窓ガラスも倉庫の屋根ももろとも崩れ、上空には星空が広がる。
倉庫に積まれていた木箱は粉々に砕け散り、地面は大きく凹んでいた。
周囲に砂埃が立ち込める。
時間の経過によってソレが晴れた頃合いに風穴が開いた屋根から姿を覗かせていたのは、バリアで辛うじて生き延びたヒバリたち。
ヒバリの手には”
それに準ずるように、バリアの中心には大盾を構えた神の姿があった。
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