第20話『対面』


「――皆、この期間を経て必要な身支度は整ったか」


 開口一番、ヒナがこの場に居合わせた全員に向けて放つ。

 集合場所はアスカの家。ヒバリに井氷鹿、田中さんからウルフ先輩たちまでがこの場に集っていた。皆がそれぞれ、この先に控える戦いに意気込んでいる。


「よし、井氷鹿ちゃん! ヒバリ達が御岩神社を回って集めた神札の力、思う存分に見せつけよう!」

「?」

「この期間内に作戦は練っておいた。皆、心して聞くように」 


 ヒナはそう言って一拍置き、説明を始めた。



 ◇◇◇


 夜風がルリの髪を撫でて過ぎていく。

 どことなく漂ってくる気配に、彼女は静かに目を閉じた。そして、やがて遠くから微かに聞こえてくる足音に耳を澄ますと、ゆっくりと目を開いた。 

 月光に照らされた彼女の瞳は赤く煌めいている。


「……この忌まわしい、胸騒ぎの正体はなんだ」


 低く冷たい声で漏らし、訝しむ。

 彼女が視線を向けるのは、暗闇の中の虚空だ。何かが迫ってきているという確かな感覚がある一方で、それが何なのかまでは分からない。

 そんな矢先、ルリはかっと目を見開く。

 

「ここに集える者どもよ。私に力を貸せぇッ!!!」


 その直後、彼女の言葉に次ぐが如く、天井やら壁の側面やら倉庫の至る所に門が出現した。蹴破るような喧しい音と合わせて開いた門から姿を見せたのは、ヒナに田中さん、ウルフ先輩とウルフだ。

 皆が一斉に飛び掛かってくるのを察知したのか、ルリは素早く後方へ跳躍した。


「貴様!! 私に背いたこと、命を持って償え!!!」 


 彼女は腰の小刀を抜き、田中さんに飛びかかるが――。

 一対四では完全に不利なはずだ。

 振り下ろした小刀はヒナの槍で遮られ、弾かれてしまった。


「ぐっ」


 その隙をついて与えられたウルフ先輩とウルフの攻撃に、彼女は辛うじて翼を広げて飛び立つ。援軍が駆けつけるまで専守防衛に徹するつもりなのだろう。

 

 だが、その背を今度はヒナが追った。

 ルリは倉庫に積まれていた重荷を崩し、ヒナを振り切ろうとするが、ヒナはそれをものともしない。縫うように軽々と避けながら着実に距離を詰める。


「ちょこまかと小賢しい!」


 ついに壁際まで追い詰められると、ルリは黒い煙を発して辺りを覆った。

 この隙に、と彼女は体勢を整えたが正面から田中さんが迫る。


「!!」


 彼女は咄嵯に防御の姿勢を取るが、無力に等しく。

 直接拳を食らった彼女は地面に向かって叩きつけられる。

 すかさず追撃を加えようと一同が押し寄せるが、ルリが起こした風により不発に終わってしまった。


「……なぜ、アイツらはやって来ない」


 距離を取ったルリは砂埃を払って立ち上がる。息を上げ、前屈みの体勢で睨みを利かす彼女は、もう限界に近いようだった。

 このとき、既に彼女はもうヒナの手のひらの上で転がされていた。



◇◇◇


「井氷鹿ちゃんいくよ! 今こそヒバリたちが集めた神札の力を発揮するとき!」

「……全力で。頑張る」


 ヒバリと井氷鹿は虚ろな瞳の集団を前にして構えをとる。

 事前の作戦会議にて二人は倉庫跡地に迫りくるであろう者たちを寄せ付けないよう、戦うことを命じられていた。


「御中主にカグツチ! お願い!」

「チッ、癪にさわるがここは仕方ねえ」

「任せろ、このオレが一発ぶちまけてやる!」


 空から降り注ぐ星に、燃え盛る炎が敵の背の札を一掃する。

 背の札から飛び出た魂に対しても攻撃を与えて消滅させていく。

 時が過ぎるにつれて敵の数はどんどん増えていく一方だったが、二人はまるで恐れることなく戦闘を繰り広げた。

 

「井氷鹿ちゃん! 後ろ! 倭大国魂、井氷鹿ちゃんを助けて!」

「承諾しました。直ちに敵を殲滅します」


 立ち所に戦車装甲を纏った少女が井氷鹿の背後の敵を目掛け、発煙弾を発射した。   

 敵の視界が煙で遮られているその隙をつき、彼女は持ち武器の小刀マシンガンで敵の背の札を撃ち抜いていく。


「二人とも、助かった。ありがとう」


 蛇の姿の井氷鹿は、ザブンと水飛沫をたてて地中に身を潜め、しばらく経った後に再び地上に姿を現した。

 彼女が姿を見せると同時に、周囲から湧き上がった水流の柱が敵を飲み込んでいく。飲み込まれた者は水流の勢いで札を剥がされ、次々と意識を失っていった。


「井氷鹿ちゃん、凄い!」

「……ありがと」


 その敵の数に対してヒバリたちは圧倒的に優勢だ。

 時が流れるにつれて、敵の数はどんどん減っていく。

 そして最後の一体までもが倒れ伏し、一同が安堵感に浸れるかと胸を撫で下ろしたその時――、


「チビ野郎!! 上だっ!!」


 上空から突如として現れた禍々しい球が、ヒバリを襲う。

 御中主の警告によって辛うじて回避したものの、球が着弾したヒバリの足元には大きな穴が空いた。攻撃がやって来た上空の方に一同は顔を向ける。


「あれは……」


 そこには、巨大な翼を背にはやした異形がいた。

 人型としての姿は所々保ってはいるものの、全身は漆黒の羽毛に覆われている。口元も嘴のような形をしており、瞳の色は血のように赤く輝いていた。 

 その背後には幾つもの影が見受けられたが、いずれも怪物と化してしまっており、人型を保っている者はいなかった。


「直々にお達しがあったのだ。貴様らなど秒で片付けてくれるッ!!」


 鳥男が叫んだのを合図に怪物たちは襲いかかってきた。

 

「まさかっ、田中さんと同じっ――」

「すばしっこくて当たらねぇ、ここが住宅街じゃなければ思いっきりぶっ放せたのによ!!」


 各々が持つ能力を駆使して戦闘を繰り広げる彼らに、次第に形成が傾く。

 住宅街に極力被害を与えないように戦いを繰り広げるヒバリたちに対して、敵方は一向にお構いなしだ。


「まずい! このままじゃ突破される!!」

「……っ! それならっ、大戸惑女神おおとまとひめ、お願い!!」


 ヒバリは懐から1枚の神札を取り出し、そこから一人の少女を召喚した。

 現れたのは、内股気味で前屈みの姿勢をした白髪の少女だった。現れるや否や、彼女はヒバリの指示通り両手を合わせて祈りを捧げる。 


 すると、辺りに薄ぼんやりとした光が溢れ出し、異型の者たちを包み込んだ。

 ただ、その光はその直後に消え失せてしまい――。


「笑止千万っ! 何をしたのか分からぬが、効かぬぞ!! 何の意味もないわ!!」

「井氷鹿ちゃん、みんなっ! 逃げるよっ!!」

「なっ!?」

「おいっ、何訳わからんことホザいてやがるっ!! こんなところで逃げられるはずがないだろ!?」


 ヒバリの言葉に反感を露にする御中主だったが、すかさず札に戻されてしまった。

 彼に続き、カグツチや倭大国魂まで。

 そしてヒバリは最後に残った井氷鹿に目を向けると、


「井氷鹿ちゃんっ!! ヒバリを信じて!!」

「……分かった」


 差し出された手。

 ヒバリは矢継ぎ早に人の姿に戻った井氷鹿の手を握り、空へ羽ばたいていく。

 その背中に向けて、鳥男は不敵な笑みを浮かべた。


「我らに恐れをなして逃げたか。まぁいい、こちらにとっても好都合だ。一刻でも早く倉庫に向かわねば」 


 そう呟くと、彼は他の怪物たちを先導し、駆け出した。

 倉庫に続く方角を突き進んでいく。ここから茶色の屋根を見通せる倉庫まではせいぜい数百メートルほどしか離れていない。


 にも関わらず。


 彼らにとってソレは果てしない道のりのようだった。

 いくら突き進んでも、倉庫に辿り着けない。むしろ遠ざかってすらいるような気さえする。焦燥感が彼らの心を満たしていき、苛立ちを募らせていった。


「何故だっ、何故辿り着けないっ!?」


 彼らは完全に混乱に陥っていた。

 そんな彼らの成り行きを見守るかのように、上空にはヒバリと井氷鹿の姿が。

 二人が見下ろす先で彼らは同じところを行ったり来たりを繰り返している。


「……ヒバリ。何をした?」

「大戸惑女神は人を迷子にさせちゃう力を持ってるの! だから、その力であの人達を迷子にして倉庫まで辿り着けなくしたんだ!」


 ヒバリの策に納得したように、井氷鹿は小さく首を縦に振る。


「井氷鹿ちゃん、倉庫で戦ってる隊長たちを助けに行こう!」

「うん」

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