第04話『頼もしい申出』

「えっと……なんというか、名前。なんて呼ばせてもらっていいかな」

「うーんっと、ヒバリでいいよ」

「そう呼ばせてもらうね。えっとヒバリ、その魂が何処に行ったか心当たりある?」

「生前が恋しくなって、暮らしてたお家に行っちゃったとか……」


 生前の暮らしが恋しくなり、もしかしたら元いた家へ帰ってしまったのではないかと。ヒバリに案内をされ、アスカはその魂を回収した建物まで向かう。        

 出迎えたのは黒い屋根が目立つ大きな建物だ。


「ここは、家じゃなくてみたいだね。一時的に遺体を寝かせて置く場所だから、生前住んでいた場所とは違うかも。別の場所を探そう」

「うん。そうしよ」


 気配はなく、見つからない。行方知らずだ。

 ありとあやゆる通りや路地裏を探し回っても結果は同じだった。

 何かの気配を感じ取って近づいてみても、全く関係のない幽霊や妖怪の類だったり、夕方になっても進展はなかった。


 夕暮れの赤に背を照らされながら、ヒバリとアスカは家に戻った。リビングのソファの上にヒバリを寝かしつけて、その近くにアスカも腰を下ろす。

 ――結局のところ、魂は見つからなかった。


「やっぱり、遠くに逃げて行っちゃったのかな」

「うん、そうじゃないといいんだけどね」


 アスカの言葉を受け、ヒバリが静かに目を伏せる。

 コンコン、とベランダのガラス戸を叩く音がした。見ると、ガラス戸の外にはヒナの姿が。アスカはガラス戸を開いて招き入れた。


「た、隊長? その怪我は?」


 満身創痍。ヒナの身体は黒みを帯びた血で塗れていた。

 疲弊しきった顔でヒバリを見るなり、膝をつく。


「……すまない、ヒバリ」


 今にも消え入りそうな声でヒナは呟いた。

 次いで血が一滴二滴と床に垂れ落ちる。


「ルリがやられた。魂に身体を、乗っ取られた」


 そう言い残して、立ち所にヒナは倒れ込んだ。

 穢れを真っ向から全身に浴びてしまったことにより、彼女の体力は限界を迎えているようだった。アスカはすぐに応急処置を施す。


 その甲斐もあってか、会話ができる程に容体が落ち着いたようだ。

 ヒナはゆっくりと口を開き、語りだした。


「私が駆けつけたときにはもう遅く、ルリの身体には何者かの魂が巣食っていた。おそらく、例の逃げた魂だろう。失った肉体の代用として、ルリの身体を選んだらしい」

「そんな……ヒバリのせいだ、ヒバリのせいだ……!!」

 

 ヒバリの声色は重く沈んでいた。

 彼女は唇を強く噛むと、そのまま俯いてしまった。

 まるで懺悔するかのように。後悔するように。

 自らの失態を責めるように。


「一つ、釈然としないことがある」


 そんなヒバリを見兼ねてか、ヒナは疑問を口にした。


「魂に体を乗っ取られたルリは、ケガレ病を発症していた。たったこの一日でヒバリに続き、ルリまで。どうも出来すぎた話にしか感じられない」

「どういうこと?」

「ケガレ病の多くは穢れエネルギーと接触することで発症することが分かっている。肉体から離れたばかりの不浄の魂も、穢れという点では正にな。だが、個々の魂が持つ穢れは微塵なものでしかない。故に発症する可能性は限られたもの。故に今回のヒバリとルリの発症がどうも、何者かの意思が絡んでるかのようにしか思えない」

「……それってつまり」

「ああ、そうだ。恐らく――」


 息を呑む。


「只者ではないだろうな」

「ただ者じゃ、ない……」


 ヒバリの顔色が曇り始めた。

 場の空気が不安の色に染まっていく。


「試しにヒバリ、例の回収したという衣を見せてみろ」

「えっと、確かここに……ってわぁ!?」


 驚きのあまり、ヒバリはポトッと衣を手元から落とす。

 男から回収した衣は膨大な穢れエネルギーを放っており、おまけに衣が仕舞われていた亜空間は真っ黒な煙で満たされていたのだ。


「異常なほどの穢れの量、やはりな。薄々嫌な予感がしていた」


 腕を組み、ヒナは思案顔を覗かせた。


「どちらにせよ、決着は早くつけなければならない。ルリはケガレ病を発症していた。このままだといつ、命を落としても何らおかしくはないだろう」


「うん……。すぐにでも魂を回収しなきゃ」

「場合によっては我々からの追跡を逃れるため、何処かに息を潜めてる可能性があるだろう。となると捜索は困難になるが、引き続き明日も捜索に当たるぞ」

「分かった、隊長!」


 決意を固めたようにヒバリは大きく頷いてみせた。


「…………」


 その一方でヒナは険しい表情を浮かべたままだ。

 何か言いたげに、どこかを見つめていた。


「それと、ヒバリ。分かっているな」

「……」

「お前のについてだ」


 ヒバリは俯く。

 その言葉にどこか心当たりがあるかのような表情だ。

 

「お前が発症したケガレ病……、これは再発性が高い病として知られている。それ故、お前は今後しばらくことは許されない」

「……うん」

「やむを得ず、これからは人間界で暮らすことになるだろう。できることならば、神社に協力を申し出てもらいたいところだが、現世にも穢れを嫌う神は多くいる。私も今日、休憩がてら祀神どもに協力を申し出たが、受け入れてくれる者は誰一柱いなかった」


 穢れ。それは死や病によってもたらされ、高天原の神のみならず現世の神たちにもタブー視されてる、不吉なエネルギーのことだ。

 ケガレ病は発症すると同時に辺りに膨大な量の穢れを振りまくこととなる。

 穢れの存在を嫌う神にとっては、煩わしい以外の何者でもない。


「つまり、ヒバリには家がないってこと?」

「そうだが、いつの間に名を呼び合う仲になった。アスカ」

「いや、なんでもない。ははっ」


 今は冬の真っ只中。

 どこで一夜を越そうにも氷点下まで下がってしまうこのシーズンである。

 外で生きていくのは過酷だ。さぞ寒さに震えることだろう。

 ソレはあまりにも可哀想だと思ったのかアスカは、


「……いいよ。私の家なら」


 快く申し出たのであった。

 この意外な一言に沈んでいたヒバリもアスカに視線が移ろう。


「いいの?」

「この時期夜は冷え込むだろうし、家がなくて野宿とかになったら大変だよね。私の家でよければ、いいよ。ヒバリがそれで大丈夫なら」

「有り難い、私からも感謝を言わせてもらおう。どうだ、ヒバリ。こうもお前を受け入れてくれる者がいるみたいだが」

「うん! そうさせてもらう! これからよろしくね、アスカ!」


 少しだけ気が楽になったヒバリを見て、ヒナは頷く。

 こうしてヒバリはアスカの家に居候することになったのだった。

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