第18話『齋神社での出会い』
「ヒバリはね、神札を集めるため、この御岩神社にやって来たんだー!」
「……神札を集めに、やってきた、ここに?」
「うん。井氷鹿ちゃんはあの池で何してたの?」
「えっと。日向ぼっこ」
至って自然な流れで、ヒバリに同伴することとなった井氷鹿。
あまりにもヒバリが話してくることから、単に自身が彼女のことを忘れていただけなのではないかと、次第に処理を進めていったらしい。
歩みを進める猿田彦の背についていく形で、一行は参道を進んでいく。
出先での偶然の出会いを果たし、会話が弾んでいた二人だったが、その途中でふとヒバリが立ち止まった。
「猿田彦、井氷鹿ちゃん、これは?」
「む、ふむ」
「?」
ヒバリの視線の先を二人が辿る。
そこには一見、石造りの台座に取り付けられた水車のようなものがあった。
ただ、水車にしてはやけに小さく、加えて妙なことに水辺に置かれているわけでもない。目線の高さに置かれた台座の上に、ただ置かれているだけの代物だ。
「うむ。これは、
「願いが叶う……」
復唱するヒバリに対して、井氷鹿は彼女をじっと見詰める。
それから彼女は、おもむろに手を伸ばした。
「やはり、何か希うものがあるのだな」
ガラガラと音を鳴らしながら、ヒバリは菩提車を上に回し始めた。
二周三周とその勢いは落ちることなく、井氷鹿と猿田彦はじっと見守り続ける。
やがてヒバリは菩提車の回転を止めるなり、満足そうに振りかえった。
「この辺で済んだのか?」
「うん! 二人とも、付き合ってくれてありがとう」
一同は再度歩き始めた。
「ここを暫し突き進めば、御岩神社の拝殿……だが、かの道中に聳えるは、宇宙の根源神と称される
「う、宇宙の根源神……」
「協力を申し出るのも構わぬが、先が見えないだろうな」
ヒバリは猿田彦の言葉を受け、ごくりと唾を飲み込む。
その隣で井氷鹿は物憂げそうにこの先に敷かれた石段へと目を向けていた。
何かしら思うところがあるらしい。
「井氷鹿ちゃん?」
「二人、気をつけて」
井氷鹿がぼそりと呟く。
「御中主は、いつも不機嫌。いつも、憂さ晴らしに、突っかかってくる。私、何度も天ぷらにされそうに、なった。猿田彦も、何度もお面取られて」
「うむ。然と」
「ひぇ……」
言葉足らずながらも、井氷鹿は警告を口にした。
その忠告を聞き入れてか否か、ヒバリはこの先に見えてきた石段の方へ恐る恐る視線を移した。歩を進め、三人は石段を一段、また一段と登っていく。
「猿田彦、転ばないように気をつけてね」
「?」
猿田彦の介抱も欠かさず、ついに彼らは登りきった。
目の前に広がる光景を前にして、思わず息を飲むヒバリ。
空気がより一層清々しい。
そして何よりも、眼前に鎮座する巨大な建造物には圧倒されるばかりである。どちらかといえば、境内の雰囲気はお寺のものに近しかった。
「良かった、御中主は、いないみたい」
「バレないうちに、そぉっとそぉっと抜けちゃお」
「うむ。得策だ」
まさに触らぬ神に祟りなし。
気配を殺しつつ、一行は本殿の裏手へ抜けていった。
その矢先のことである。
「ふっざけんなああぁぁぁぁ!!!!」
ゴゴゴゴッ――!!!
まるで落雷の如き怒号と共に辺り一帯を襲う地響きにヒバリたちは肩を跳ねさせた。一同は身を縮こまらせ、何事かと怒号の出所を探る。
すると、その視線は一点に集中した。
「レート対戦ってのにラグってんじゃねぇ! 僅差で負けたじゃねえか!」
拝殿の屋根の上で一人の少年が大股で騒ぎ立てている。
黒髪に金色の瞳、髪の先端が跳ね上がった青年だ。その表情は怒りに満ち溢れており、目尻はこれでもかというほど吊り上がっていた。
「あああ、これも神域を汚すからってフリーWi-Fiしか置かないせいだ! あんなん皆が平気な顔で使うからすぐ重くなんだよ! 俺専用の高速Wi-Fi設置しろって何度言えば分かんだよ、いい加減にしろ!!」
ドスンドスンっ!と少年が地団駄を踏む度、大地が揺れ動き、振動が襲う。
少年の様子に井氷鹿は怖気を震え、自身のイルカ耳を両手で押さえつけた。
「み、御中主……」
「えっ!? あの屋根にいるのが天之御中主神!?」
「怖いよおぉぉ!!」
荒波の如く怒りを露わにする御中主に誰もが対処しようがない。
地響きはひとしきり続いた後、不意に止んだかと思えば、
「あー、クソッ!! 気分悪ぃ!! こんなんなら拝殿にずっと引き籠もってりゃ良かったのによぉ。あー、クソムカつくー!! っておい!! 何見てんだ!!」
「ひっ!?」
突如として矛先がこちらに向けられ、ヒバリは狼狽える。
御中主は屋根の上からヒョイッと飛び降り、彼女に歩み寄った。
「全然見ねえ顔だな。ひょっとしてお前、外からやって来た神か?」
「は、はい……高天原の隹部所属、
普段の口調にそぐわない、ヒバリの目が泳ぐ。
そんな彼女の態度を訝しみ、御中主は首を傾け様に彼女の目と鼻の先まで顔を寄せていった。ヒバリの首元に一筋の汗が伝う。
「何の用事があって来た?」
「その、神札を託してくれる神様を探しに……」
「へぇ、そうなのか。それで肝心な神札は集まったのか?」
御中主の顔と声が眼前まで迫る。
「え? それはその……」
「ハッキリ言え」
「まだです!」
鋭い眼光を浴びせられ、ヒバリは萎縮する。
御中主はそんな彼女を前に鼻でフッと笑った。
「そりゃあ、そうだよなぁ。誰がお前みたいな寸足らずの協力を受け入れようとするんだよ。きっとお前一人じゃ、妖一体と戦うのも精一杯だからだろ? 神札を集めているのは。俺は少なくともイヤだぜ。分かったらとっとと帰りな。出直してこい」
憂さ晴らしか。
当のヒバリは涙を浮かべて何も返せない。
「ハッ、その程度か」
御中主はヒバリが反論してこないのをいいことに、言葉を待たずして踵を返した。そのまま拝殿に戻るとするが――、
ゴツン。
彼の進行方向を何者かが遮った。
「いってぇな、誰だよ、余所見せずに前を見ろって……ああああ」
御中主は間抜けに口を開き、震え上がる。
辺りに振りまかれる後光の光。全身金色の輝きを物ともしないアルカイックスマイル――絶句する彼の前に佇んでいたのは仏。
猿田彦はあえて口にしていなかったが、ここでは大日如来も祀られているのだ。
「若気の至りか。なんとも見苦しい」
「若気の至りと言っても、何千年も生きてますけどね、彼」
その左右には、威厳を放つ二人の少女が揃っていた。
髪留めで髪を程よくまとめた少女に、編んだ髪が地べたに付いた少女だ。
「タカムスビ様、カミムスビ様……それに大日如来様」
井氷鹿の言葉に、涙ぐんでいたヒバリも涙を拭う。
「気散じに他人の心を傷つけることなど断じて許されません」
「無論、持っての他です。それなりの処罰が必要かと」
「……………………………………………!」
大日如来も二人に続いて何かを言い放ったようだが、あまりに尊高であったため、左右の二人以外には伝わらなかったようだ。
そこでタカムスビは御中主に向かって、ため息をつく。
「古代サンスクリット語から訳すと、『人の心を軽んじるばかりでは、俗世に塗れるだけである。貴様は根源神でありながら不足分が多い。さあ修行に励もうぞ』と」
「ひぃ、修行!? それだけはどうかお許し下さい!!」
その抵抗も虚しく、大日如来が御中主の眉間を突くと、たちまち彼は意識を失ってしまった。身体の力が抜けた御中主を担ぎ、霧のように消えていく。
その様子と見届けていた二人は改めてヒバリの方を向き直すと、ひざまずいた。
「御中主の数たる無礼、申し訳ない限りです。どうか寛大なる心でお許しくださいませ。先程私どもは、貴殿が神札を集めに遠方より御出なさったとお聞きしました。お詫びとしては取るに足らないものかもしれませんが、こちらを」
「大日如来様は仏教上の神様故に神札が存在せず、お渡しすることはできませんが、お詫びとして私どもの神札をどうぞお受け取りくださいませ」
「……あ、ありがとうございます!!」
ヒバリは御中主、タカムスビにカミムスビの神札を手渡しで受け取った。
順調な滑り出しに続こうと、彼女は心機一転。気持ちをふるい立たせ、境内を突き進んでいく。ただ、その張り切った様子の彼女に一瞬だけ影がさした。
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