第17話『連れられ、出会い』

 その、あまりの変貌っぷりにヒバリは目を見張る。

 猿田彦は天狗の面を付け直すなり、小さな身体に見合わない跳躍力で起き上がった。下駄の歯が高いと、こういう不自然な起き上がり方になってしまうらしい。


「さて、そなたの名は何と申す」

「ヒ、ヒバリ」


 我に帰ったヒバリは呆れ返ったように答える。

 一方の猿田彦はこくりと頷いた。


「ではヒバリ、我と一緒に来ぬか? そなたを導こうぞ」

「うん。ありがとう! じゃあお願い、猿田彦!」

「礼などいらぬ。これは旅人の神として我の意思である故。ついて参れ」


 猿田彦の背に付き従ってヒバリも歩き出した。

 迷いのない、しっかりとした歩みだ。


「ヒバリはなぜ、この御岩神社に訪れたのだ?」

「色々あって、戦える神様から神札を貰うために来たんだ。ここには沢山の神様がいるって聞いたから」

「ふむ。ならばちょうどいい」

 

 すると、正面に大きな朱色の門が見えてきたかと思いきや、傍らに小さな祠が。

祠の前の鳥居には『愛宕あたご神社』と書かれている。

 猿田彦はその前で立ち止まり、鳥居を見上げた。

 ヒバリもそれに倣って見上げる。

 

「ここは?」

「カグツチが祀られている社だ。此奴になら戦いも任せられるだろう」

「へー。でも、カグツチにはいつもお世話になっているからなぁ」


 鳥居を通して覗いた祠の上に、腰かけるカグツチの姿があった。

 燃え盛る刀剣の手入れをしている。ヒバリが持っている神札と同じ姿をしているが、おそらく別のカグツチだろう。

 そんな彼に向かってヒバリは――、

 

「いっつもありがとー、カグツチ!」


 この場で日頃のお礼を告げた。普段お世話になっている方も含めて。

 手入れが済んだ刀剣を見入っていたカグツチは、どこからともなく急に掛かってきた声にびくっと肩を震わせた。


「猿田彦、行こう!」

「うむ」


 真向かいにそびえる朱色の門を目掛け、再び歩を進める。

 門の左右には仁王像が並び、威圧感を放っていた。

 息を飲んで踏み留まった辺り、ヒバリはすっかり魅了されている。


「仁王門、我らが仏と一つだった時代の証なり」


 いよいよ門をくぐり抜ける。

 途端に空気が一変した。圧倒されるほどの神秘的な雰囲気。

 ヒバリは不思議そうに辺りを見渡していたが、眩しい光が差し込んできた。

 反射的に目を細める。


 門をくぐり抜けた先、真っ先に視界に飛び込んで来たのは――、


「うわぁぁーっ!」


 森の守護神といった表現に相応しい御神木だった。

 樹齢は何百年もあるだろう巨大な樹木は、根本から三本に分かれ、空高くまで伸びている。幹の表面を覆う苔は日に照らされて色鮮やかに輝いていた。

 古樹の根本に流れる小川の端は、緑で溢れている。


 優しい草木の香りが風をまとう。

 辺りは静寂に包まれているのにも関わらず、なんだか温かい。

 ヒバリの髪も風に揺らされ、ふわりと舞った。


「この木こそ、御岩神社の象徴である神木だ。古来より、この木には天狗が住んでいることから、近隣の民に恐れられてきた」

「天狗!? 天狗ってあの鼻が長いの?」

「うむ。別名、天狗杉とも云われる――」


 ビュウゥゥゥ――


 突如、辺りで突風が吹き荒れた。

 身動ぐので精一杯なくらい強い風だ。

 ステン。風に煽られ、猿田彦はスッ転けた。


 一瞬だけ黒い影が二人の影を横切り、間もなくして風は止む。


「猿田彦! 大丈夫!?」

「うぅ、痛かったよぉ……」


 間髪を入れず駆け寄ったヒバリだったが、時すでに遅し。

 天狗の面を剥がされ、泣きべそをかいた猿田彦の姿があった。

 

「えっと、お面はー」


 ヒバリが周囲を隈なく探しても見当たらない。

 どうやら、風で飛ばされてしまったようだった。


「風は確か、こっちに吹いていったから、この先かな」

「お、置いていかないで……グスッグスッ」

「猿田彦、歩ける?」

「うん」


 泣く泣く猿田彦はちょこっと頷いた。

 今度は打って変わってヒバリが先導役を買って出た。周囲を見渡しながら、歩幅を合わせて進んでいく。すると程なくして湿気った場所に辿り着いた。


 手の形を象った石像の置かれた池。

 隅の、小さな滝の近くには祠が置かれていた。

 立て看板によると、『心洗こころあらい』という滝らしい。

 池の中央には不動明王の象が飾られている。

 

「うーん、この辺りかなぁ」


 近くに、遠くに視線を交互に送りながら探す。

 天狗の面は赤いこともあって、緑が主の景色が広がるこの辺りでは一際目立って見えるはずだ。


 ここまで探して見つからないということは、きっとここにはないのだろう。

 別の場所を探そうと踵を返したヒバリだったが、その視界の隅っこで何かがピクッと動いた。自ずと視線が向く。


「?」


 見るとそれは、上機嫌に動いているイルカのような尻尾だった。

 水分を含んだ光沢のある白髪をしならせ、地面にうつ伏せになった少女がいた。少女は後ろ姿だったものの、ヒバリには覚えがある。

 

「い、井氷鹿ちゃん!?」

「そう。私は国津神で、名は井氷鹿……だれ? なんで私を、知ってるの?」


 ゆったりと振り向く。

 その顔は間違いなく、井氷鹿のものだった。

 ヒバリは歓喜の顔を浮かべ、翼を広げて飛びよる。

 そして起き上がったばかりの井氷鹿の手をぎゅっと握った。


「えっと……貴方は、だあれ?」

「ヒバリだよ、ヒバリ! 忘れちゃったの!? ここでもこうやって会えたことを喜びたいけど、今はそれどころじゃなくって。助けて井氷鹿ちゃん!」

「う、うん」


 一方的な態度を取られ、井氷鹿はなんとも言えない表情を浮かべる。

 今も尚、ヒバリは普段と異なる様子の井氷鹿に気づけていない。

 

「猿田彦のお面が風で飛ばされちゃったんだよ! 探すの手伝って!」

「猿田彦のお面……あ」


 そこで始めて井氷鹿は猿田彦の存在に気づいた。

 少しの間ぽかんとしていたものの、ふと我に返った彼女はガサゴソと足元を漁りだす。やがて彼女が拾い上げたのは、だった。

 それに目や鼻、口といった穴を開けていく。


「猿田彦、これ」


 そう言って出来上がったお面を猿田彦の顔に貼り付けた。


「む、我は一体何を?」


 途端に落ち着きを取り戻した猿田彦は、辺りを見渡す。

 どうやら記憶が一部曖昧になっているらしい。


「井氷鹿ちゃん凄い! ありがとう!」

「いつもの、ことだから。ひとまず」


 感謝の言葉を述べ、ヒバリは再び井氷鹿の手を握った。

 そんな彼女の意気揚揚とした反応に、井氷鹿は戸惑っている様子だ。どこかついていけていないように、変わらずキョトンとしていた。


「私の名前、知ってる……知り合い?」


 それからヒバリの名を、何度も何度も復唱する。

 やはり身に覚えがないらしい。

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