第09話『運命の対決!』


「来るぞ! ヒバリ、応援を頼む!」

「うん!」


 篠木はガンギマリに目を開き、飛び掛かってきた。

 ヒナは槍を構え、たちまち彼を薙ぎ払う。二人の間に少し距離が生じた隙にヒバリは翼で広げ、空中へ羽ばたいていった。


 定位置で上昇を止め、ゴソゴソと着物の帯の中を漁っていたヒバリは、やがて二枚の御札を取り出した。

 御札にはそれぞれ、筆文字で" 火産霊神" " 常世神"と記されている。


「二人とも! 隊長を助けて!」


 すると二つの御札から光の玉が現れ、中から二人の神が姿を見せた。

 鍛え上げられた肉体で炎を纏った大剣を振り回す神、カグツチ。

 妖しげな光を放つ、二対の蝶の羽を持った神、トコヨだ。


「ヒバリ、あれは何?」

「神札。神様の力が込められている御札だよ」


 アスカの問いかけにヒバリは答える。


 呼び出されたカグツチは、薙ぎ払われて体勢を崩した篠木を目掛けて突き進んでいく。斬りかかろうとした矢先に、篠木は上半身を翻して攻撃を流した。

 攻撃をかわされたことでカグツチに生じたスキに、篠木は降り降ろされた腕に踵落としを与えて対処した。


 攻撃を加えられたことでカグツチの剣を振る速度は一層と増し、地面に突き刺さった。舗装された道路には、地響きに次いでクレーターが生じる。

 篠木は持ち前の剣が突き刺さり、攻撃する手段を失ったカグツチの顔に向かって渾身の蹴りを入れて対応した。


「人間にしては、なかなか戦いの才がある」


 トコヨはそう言い放つと、辺りを漂っていた自身の輝く鱗粉から、レーザービームを解き放った。


「がはっ……!」


 光に照らされた篠木は目を見開く。

 ぱっと光は飛び散って、レーザーは彼の横顔へ殴り掛かるかのように当たり、その身体が翻るように吹き飛んだ。


 その隙を突いて目に留まらぬスピードでヒナが腹部に槍を打ち込む。

 渾身の一撃を食らった篠木の身体は民家の塀に叩きつけられ、苦しさのためか、一瞬低く唸った。

 

「ヒナさん! 今は別人に乗っ取られてるみたいだけど、その身体は元々私の知り合いのものなの! だからっ……」


 ヒナの背後でアスカが叫ぶ。


「気に停める必要はない。衣が傷ついたなら、また織ってもらえばいい」


 力が抜け、だらしの無く項垂れた篠木に、ヒナは歩み寄りながら言った。

 槍先を篠木の首元に向けるヒナを、ヒバリとアスカを見守った。

 下手に動けば、首が槍先が触れてしまうほどの間合いだ。


「ここまで手こずらせたことは讃えよう。これで終わりだ、大人しく出てこい」

「神と人間の肉体、やはり力の差が歴然としてるな」

「貴様、その肉体は人間のものだぞ? 神に敵うとでも思ったのか」


 篠木は眉をひそめた。


「それもそうだ。こんな貧弱な身体じゃ、こうなるのも仕方ない。少しばかり助力を仰ごう。……八田間ヤタマ、力を借してくれ」


 誰かいるのか。篠木は静まり返った夜空に向かって呼び掛けた。

 空は星が輝いているだけで何もないように思えたが、ふと、辺り一帯にグチュグチュと音が響き渡った。


 ゴオオオォォォ――

 突然、激しい突風の渦が襲う。


「うぐぅ、ぐわぁぁっ!!」

「隊長!」


 突風は軽々とヒナの体を空に投げ出した。

 ほんの一瞬の出来事だ。翼を広げることもままならず、このまま行けば地面と衝突を免れなかったところをアスカが身を投げて受け止めた。


「っとギリギリセーフ」

「命拾いをした。ありがとう、アスカ」


 ヒナはアスカに礼を告げ、降り立つ。


「やれやれ。私は貴方のそんなところが嫌いですよ」


 何者かの低い声が響いた。悪寒が背筋を伝う。

 すると黒い靄がほんの僅かに浮かび上がり、現れたのは、真っ黒な狩衣にペストマスクを被ったガタイのいい男だ。

 マスクで顔を隠しているせいか、異質な空気を放っている。


「……ペストマスク」

「アスカ、知っているのか」


 アスカが不意に溢した発言にヒナが食いつく。


「うん、昨日の夜、私の会社のオフィスにいたんだ。でも、ほんの一瞬で姿を消しちゃったんだけど」

「そうか。ということは我々の知らない裏で既に動き出していたわけだな」

 

 ヒナは男を睨み、槍を構える。

 対して男はどこか気だるそうな様子で一向にこちらに掛かってこようとはしない。 

 篠木と共に戦うべくやってきたのかと思いきや、男からは明確な殺意が感じられなかった。男が現れるや否や、篠木は立ち上がり前に出る。


「全く……」


 八田間はため息と共に肩の力を抜いて近づく。

 彼は帯から黒い札を取り出すと、ペタっとソレを篠木の背中に貼り付けた。


「満身創痍、貴方の肉体ではこれで限界です。じゃ、せいぜい頑張って」

「言われずともだ」


 八田間は踵を返し、暗闇に去っていった。

 途端に篠木の身体から禍々しいオーラが漏れ出し、空気が変わった。


 篠木の荒々しかった呼吸は落ち着き、虚ろだった瞳は赤く染まった。そして獣のように唸る。

 あまりの変貌ぶりに、ヒナは後ずさり、ジリっと足裏を強く踏み込んだ。

 

「なに、あの禍々しい気配は……」


「分からない。おそらく、あの男が貼った札の影響だな……背中に貼られた札から、禍々しい力が発せられてるらしい。叩くなら、あそこだろう」


 篠木は上がっていた息をフウゥゥと吐き、肩にかけていた力をだらんと抜いた。

 否や、篠木は前を固めていたカグツチに駆け寄り、拳を固めて殴り掛かった――


 カグツチは大剣を振りかざして、篠木を斬りつけようとしたが、間に合わなかった。一瞬彼の姿を逃したのが最期。

 彼が気づいた頃には、既に地面と向き合っていた。

 遅れて口元からから黒い血反吐を吐き出す。


「カグツチっ!」


 これを見て危機感を覚えたトコヨ飛び立とうと、羽を広げた。

 だが、篠木は彼の羽に風穴を開け、彼を地面に叩きつけた。

 肉眼で捕らえる隙を与えない、圧倒的な速さだ。

 

「トコヨっ!!」


 二人は光の玉になってヒバリの神札へ戻った。

 暴徒と化した篠木は、やがて後衛にいたヒナの元へ踵を返した。

 蹴ったつま先から砂埃が巻き起こる。

 同じく、彼女にも拳が降り掛かったが、


「させないっ!」


 ドゴォっと拳は轟音と衝撃波を立てて止まった。

 アスカが直前に作ったのは障壁だ。


「アスカ、すまない!」

「ううん大丈夫!」


 だが、篠木は油断は見せない。

 重心が傾き、前のめりになったにも関わらず、アスカを瞳に捕らえた。

 

 速い。十分な距離があったはずなのに、一瞬で間合いに入られていた。

 アスカが自身の前に新たに障壁を作り出すためには、一度ヒナに使った障壁を解除しなければならない。その処理には時間が必要だ。

 このままだとアスカは障壁を作り出せない。

 本能的に彼女は目をつぶった。

 

「「アスカっ!!」」


 ヒナとヒバリは息を揃える。

 今後来るだろう惨状に誰もが目を瞑る他ない。だが、その刹那、アスカを庇うようにして一人の獣人と白銀の狼が現れた。


「――!」


 篠木はハッと目を見張る。

 既に獣人と白狼は篠木の全身を捉えていた。

 そしてその身に宿る力を振り絞り、渾身の一撃を叩き込む。


 ドゴォンッ!!  


 篠木の体は勿論、衝撃の余波で周囲の木々の葉が吹き飛んだ。

 地面に転がり続けた末、塀に叩きつけられた篠木は血反吐を吐き出す。

 同時に獣人の姿も消え失せた。

 まるで最初からそこには誰もいなかったかのように。


 ………………?


 一向に痛覚がやってこないことに違和感を覚えたアスカは恐る恐る目を開く。

 そして今しがた、自分を殺しにかかっていた者の方に視線を移した。


「え……?」 


 目の前の光景に思わず言葉を失う。

 なんと先ほどまで自分に襲い掛かってきていた男が倒れ伏していたのだ。

 何が起こったのか全く分からない。


「どういうことだ?」


 ヒナはとても理解が追いつけていないような表情を浮かべて呟く。

 一方の篠木もふらふらと体を起こしながら、この状況を理解しようと必死だった。 

 ただ、彼はまだ不屈ともいえる精神で再び駆け出すが――さきほどまでの勢いは全く見られなかった。まるで憑き物が落ちたように。

 

「あわわわっ!? この隙に誰か戦ってくれそうな神札は……」


 ヒバリは他に戦える神様はいないかと帯の中の神札を漁る。

 菌大明神きのこだいみょうじんに七福神、厠神かわらがみといった具合に戦えそうな神は、なかなかに見当たらない。

 しばしそんな感じで、孤軍奮闘していた彼女だったが、


「……あった! これだ!」


 ヒバリはフッと息を吹きかけた。


 ゴゴゴゴ……。

 閑静な住宅街が巨大な影で覆われる。


 ズドオォォン。辺り一帯に地響きと共に姿を見せたのは、八本の吸盤のつきの足をニョロニョロと動かし、赤く尖った口から墨を吐き出す、巨体の🐙。

 篠木はその巨体に押しつぶされ、意識を失った。


『タコオォォォ……!!』


 彼女が手に握っていた神札には " 蛸神たこがみ " と書かれていた。



 ◇◇◇



「さてと、ようやく魂の回収に入れるな」


 ヒナは気を失って倒れた篠木に歩み寄る。

 蛸神の力は強大だった。いくら隙をつけたからといい、戦闘不能にまで追い込むことができたのは大きい。

 ヒナはすまし顔で衣類に付着した砂埃を払う。


「ごめんね、アスカ。大丈夫?」

「あはは。なんとか大丈夫そう。でも、良かった」


 だが、その代償として篠木の近くにいたアスカも同じく、怪我を負うことになってしまった。アスカはヒバリの肩を借りて立ち上がる。


「早いところ、終わらせてしまおう」

「うん! 隊長、お願い」


 ヒバリはアスカの介抱で手が埋まっていた。

 そこで彼女はヒナに魂を回収を頼んだ。


 ヒナは頷き、篠木の胸元に手を添え。

 そうして隹部に伝わる、衣の中から魂を回収する祝詞を唱えた。

 次第に彼女の手のひらが真っ赤な光を灯していった。何やら、篠木の胸のあたりでゴソゴソと何か蠢いてるものがあった。

 おそらく、篠木の身体を奪い取った魂だろう。


「?」


 ふと、ヒナは訝しんだ。

 慣れないような心地がしたかのような表情をして、その手を止める。


「どうかしたの? 隊長」

「……おかしい」

「何が?」

「見当たらない、衣に魂が出入りした痕跡がないんだ」

「痕跡が見当たらない?」


 魂が何者かの肉体を奪う際には、ある魂を包み込んでいる衣を食い破って衣の中に侵入する必要がある。

 入り込むにせよ、追い出すにせよ、魂の出入り口が必要になってくるのだ。


 ただ、篠木の衣には痕跡がなかった。

 魂が出入りした跡が見つからなかったのだ。


「この男の衣の中には、本来の肉体の持ち主である魂しか入っていない」

「え? 魂が一つしかないって逃げられちゃったってこと?」


 ヒバリは首を傾げる。


「いや、それはないだろう。一瞬たりともこの男から目を離した覚えはない。逃走を図ろうとするものなら見逃さないはずがないんだが……」


「じゃあ、魂は一体何処に……」


 ヒバリにつられ、アスカもキョロキョロと辺りを見渡す。

 辺りには、篠木が着ていたコートの他にが散らばっていた。無論、ヒバリのものではない。それが偶然、ヒバリの瞳に映った。

 「なんだろう」と彼女は言って、それを手にとる。


「お前、触るな……それに」

「貴様っ! まだ、意識があったか」


 不意に意識を失っていたはず篠木の口から声が掛かった。

 また戦闘を仕掛けようというのか。

 ヒナは槍を構え、篠木の喉元に槍先を向けた。

 

「それに触ると、身体の自由が利かなくなる」

「自由が利かなくなる、だと?」


 篠木の発言を反芻させるヒナ。

 思いがけず、" 身体の自由が利かなくなる "という札を持ったヒバリを見ると、隣で佇むヒバリの目は虚ろだったことに気づく。

 どこか様子が変だ。ヒバリはニタリと笑う。


「ヒバリっ、ソレを離せっ!」


 彼女の異変に真っ先に気づいたのはヒナだった。

 長年のよしみで得た判断だ。咄嗟に札を取り上げて地面に叩きつける。

 そうして札を槍先で貫いた。


 すると、そこから青白い炎が出現した。

 魂だ。すかさず、ヒナは虫取り網で魂を捕獲する。

 

「あれ? ヒバリ、何をしたんだっけ?」

「大丈夫? ヒバリ」


 どうたら彼女には自分が何をしてかの記憶がないらしい。

 ヒバリは意識が途絶えていた数秒間を思い出そうと考え込む。


「そういえば、この札を取って確か……あ、魂! 隊長、魂捕まえたんだ!」


 華やぐような笑みを浮かべたヒバリは、ヒナのどこか浮かない表情に感化され、沈んだ表情になった。


「隊長?」

「ヒバリすまない。今少し考えている」

「うん……」


 ヒナはこの現象に眉をひそめた後、同じく辺りに散らばっていた札の一個に槍先を突き刺した。すると、そこからも同じく魂が姿を見せた。


「してやられたかもしれない。この男を操ってたのは間違いなくこの札に封じられていた魂だ。ただ、コレは本体ではなく分霊。奴の魂の分身だ」

 

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