第120話「笑われても、君が好き」
「失礼します」
「し、失礼します」
少しずつではあるが、暖かい日が増えてきたこの頃。今日は僕と絵菜は学校に来ている。大学合格の報告と、先生たちに最後の挨拶をしたいと思ったからだ。
「おー、二人ともお疲れさま、そこ座ってくれ」
大西先生が笑顔で迎えてくれた。僕と絵菜はちょっとだけ緊張しながら椅子に座った。
「そういや日車は国公立大学の合格発表があったな、どうだった?」
「あ、無事に合格していました。よかったです」
「そうかそうか、おめでとう! まぁ日車なら大丈夫だろうとは思っていたけど、やっぱり発表あるまではドキドキだっただろ?」
「そうですね、試験の時に手ごたえは感じていたのですが、実際に自分の番号を見るまではドキドキでした」
「まぁそんなもんだよな。俺も高校生だった頃を思い出すよ……って、俺の話はどうでもよくて、これで日車も沢井も次が決まったな」
「はい、二人で合格出来てよかったねと話していたところでした」
僕は私立大学にも合格していたが、第一志望であった国公立大学に行くことにした。そして絵菜も専門学校に行くことになっている。二人で、そしてみんなと一緒に頑張ってきてよかったなと思った。
「そうだよな、二人とも合格してくれて俺もほんと嬉しいよ。沢井もよかったな」
「あ、ありがとうございます……」
「それと、前にも話したと思うが、俺は二人が一年生の時、ちょっと心配していたんだ。二人ともいつも一人でいて、表情も暗いというか、学校が楽しくなさそうだったからな。その二人がいつの間にか話すようになっていて、だんだんと明るくなってきたみたいで、嬉しかったよ」
「は、はい、僕も沢井さんやみんながいてくれたおかげで、学校が楽しくなりました」
「わ、私も……です」
「そうか、仲の良い友達がいるっていいよな。そして日車のおかげでみんな数学の成績がよくなってたからな。それもありがとうな」
「い、いえ、教えていましたが、それはみんなの頑張りがあったので……」
「いやいや、うちで一番数学ができた日車のおかげだよ。卒業式の時にも言ったが、その数学をもっと極めて、いい先生になってくれ」
「はい、ありがとうございます。大西先生には本当にお世話になりました」
「わ、私もお世話になりました……ありがとうございました」
「いえいえ、二人ともずっと仲良くするんだぞ」
「え!? あ、は、はい……仲良くします」
僕と絵菜が恥ずかしくなって俯くと、大西先生が笑った。
しばらく話して、職員室を後にして、一階の保健室へやって来た。扉をノックすると、「はい」と聞こえたので、開けて中に入る。
「し、失礼します」
「失礼します。こんにちは」
「あら、日車くんと沢井さんじゃない、こんにちは」
保健室にはもちろん北川先生がいた。僕たちを見て笑顔になっていた。
「ふふふ、二人とも卒業しちゃったわね、卒業おめでとう。進路は決まったかしら?」
「あ、はい、僕も沢井さんも希望していた学校に合格することができました」
「そう、よかったわ、そちらもおめでとう。それにしても、日車くんが熱を出して保健室に来たのが昨日のことみたいに思えるわ」
「た、たしかに、僕も時が経つのは早いなぁと思っていて……あの時は本当にお世話になりました」
「いえいえ、年末にも言ったけど、二人ともあの時からさらにいい顔になったわ。これからも体調には気をつけて頑張ってね」
「は、はい、ありがとうございます……」
「はい、ありがとうございます。気をつけます」
「二人とも仲良くね。沢井さん、私みたいになっちゃダメよ」
「は、はい……」
「ふふふ、まぁ二人なら大丈夫ね。日車くんのような優しくていい男を私も見つけなきゃね」
「あ、い、いえ、そんないい男というわけでは……あはは」
しばらく話して、保健室を後にした。さ、最後の方はツッコミを入れなくて正解だなと思った。
玄関に向かおうとしていると、絵菜が、
「団吉、ちょっと寄りたいところあるんだけど、いいか?」
と、言った。
「ん? うん、いいよ」
絵菜が僕の手をとり、どこかへと歩いて行く……のだが、途中で絵菜がどこに向かっているのか分かってしまった。それは――
「さ、最後はやっぱりここに来ないとなと思って」
「ああ、うん、そうだね」
僕たちは体育館裏へと来ていた。もちろん僕と絵菜の始まりの場所だ。去年も一昨年も修了式の日にここに来た。
絵菜が体育館を背にして座ったので、僕も隣に座った。コンクリートの地面が少しだけ冷たいのも変わらなかった。
「ここで、初めて団吉とちゃんと話したんだよな」
「そうだね、じ、実は僕、それまで絵菜のことなんか近寄りがたいなと思っていて……ご、ごめん」
「ううん、私が近寄らせないようにしていたから。でも、団吉は私のこと笑ったりバカにしたりせずに、ちゃんと向き合ってくれた。ほんとにありがと」
絵菜がそう言って、僕の左腕にくっついてきた。
「いえいえ、僕も笑われるんだろうなって思ってたけど、絵菜は笑っても謝ってくれたし、僕なんかでも頼りにしてくれて嬉しかったよ」
「ふふっ、団吉が優しくて可愛くて頼りがいがあるから、私もつい甘えちゃった……でも、これからは団吉がいない時もしっかり頑張ろうって思って」
「うん、僕も絵菜に支えてもらってばかりだったから、もっとしっかりしないとなと思ったよ」
「また、寂しくなったら頼りにしてもいい?」
「うん、もちろん。僕は絵菜を、そして真菜ちゃんをずっと守っていくって決めたんだ。いつでも頼ってほしいな」
「ありがと。団吉……大好き」
「僕も絵菜が大好きだよ……って、は、恥ずかしいね」
僕が少し慌てていると、絵菜がクスクスと笑っていた。そして僕にきゅっと抱きついてきた。こ、ここ学校……だけど、他の学年は授業中だし、ここに来る人もいないかと思って、僕も絵菜を抱きしめた。絵菜の綺麗な金髪をそっとなでた。
僕はたくさんのことを思い出していた。ここで経験したことを大事にして、これからも頑張っていきたい。
そして僕、日車団吉は、沢井絵菜さんを、しっかりと支えてあげたい。
――笑われても、君が好きだ。
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