第117話「感謝」

 国公立大学の試験の次の日、僕はちょっと遅めに学校に行くことにした。昼に火野たちと学食に集まろうと話していたからだ。

 こうして学校へ歩いて行くのもあと少しなんだなと思うと、急に寂しくなってしまった。一年生の最初の頃は億劫だったこの道のりも、いつの間にか楽しいものになっていた。それも絵菜やみんながいてくれたおかげだ。

 学校に着いて教室に入ると、


「おっ、日車おひさー、マジで会うの久しぶりだなー」

「ひ、日車くんおはよう、た、たしかに会うの久しぶりだね」


 と、声をかけられた。杉崎さんと木下くんがいた。


「あ、おはよう、ほんとだね、なんか久しぶりのような気がするよ。そうだ、二人とも合格してたね、おめでとう」

「サンキュー! あーマジでしんどかったけど、合格してホッとしたよー」

「あ、ありがとう、とりあえず一つ合格して僕もホッとしたよ。ま、まだ国公立の発表が残ってるけど」

「そうだね、発表見るまではドキドキだよね」

「まー大悟も日車も、これまで頑張ってきたんだからさ、大丈夫だよー。二人とも頑張ったご褒美にあたしの胸触ってもいいぞ、ほれほれ」

「え!? い、いや、それはやめておくよ……」

「団吉おはよ、試験が終わって勉強しなくてもいいんだな……」


 杉崎さんと木下くんと話していると、絵菜がやって来た。


「おはよう、そうだね、まぁまた大学や専門学校に行ったら勉強もあるだろうし、今くらいのんびりしてもいいかもね」

「あ、姐さんお久しぶりです! 姐さんも合格したと聞きました! おめでとうございます!」

「あ、ありがと、杉崎も木下も合格したんだよな、お、おめでと」

「ひゃー! 姐さんからおめでとうと言ってもらえて嬉しいです! あたしこのまま空飛べそう~なんちって」

「さ、沢井さんもよかったね、おめでとう。ひ、ひと安心だよね」

「ああ、だいぶホッとした。落ちて別のところに行くとかなったら嫌なので……」

「あら、みんな学校に来てたのね、おはよう」


 また声をかけられたので見ると、大島さんがいた。


「あ、おはよう、大島さんも来たんだね、なんかこのメンバーだと生物の授業思い出すね」

「そうね、みんなで受けた授業も楽しかったわ。あ、そういえば、ここにいるみんな合格したのよね、おめでとう」

「サンキュー! ということは大島も姐さんのこと認めたんだなー、まー姐さんの魅力は語らなくても伝わるっていうかさー」

「い、いや、そういうわけでもないけど、ま、まぁ、沢井さんもよかったわね」

「あ、ああ……大島も、おめでと……」


 あ、ちょっとぎこちないけど、絵菜も大島さんもぶつかることが少なくなった気がする。僕は嬉しくなった。


「絵菜も大島さんも、ぶつからなくなって嬉しいよ。なんか気持ちよく卒業できそう」

「そ、そうね、それにしてももうすぐ卒業ね。なんか寂しくなるわ」

「そ、そうだね、こ、ここまでみんながいてくれたから、僕も頑張れたよ。あ、ありがとう」

「ほんとだね、僕もみんなのおかげで頑張れたなぁ。学校が楽しかったよ」

「う、うん、私も楽しかった……ありがと」


 ここまで楽しくやってきたのも、みんなのおかげだ。僕は嬉しい気持ちでいっぱいだった。



 * * *



 五組の教室でみんなで話していたら、お昼のチャイムが鳴った。火野と高梨さんが来ているはずなので、僕と絵菜は学食へ向かった。いつもの奥の席に火野と高梨さんがいるのが見えた。


「おーっす、なんか久しぶりだなー、RINEでは話してたけどさ」

「やっほー、お久しぶりだねぇ、なんか学食も懐かしさを感じてしまったよー」

「ほんとだね、RINEでは話してたけど、久しぶりって感じがするなぁ……って、今日はみんなお弁当じゃないのか」

「ああ、最後になるだろうし学食でカツ丼食おうと思ってな」

「私もだよー、最後に美味しい親子丼食べるんだー。これもなんか久々だねぇ」

「私も、最後にカレーが食べたくて……美味しかったから」

「そっかそっか、僕もカレーが食べたくなったよ。どれも美味しいよね」


 みんなで昼ご飯を食べていると、


「それにしても、もうすぐ卒業だな。そう思うとちょっと寂しくなっちまったよ」


 と、火野がぽつりと言った。今まで前向きな言葉が多かった火野だが、やはり寂しくなるのは一緒のようだ。


「ほんとだねぇ、私も寂しくなっちゃった。こうしてここに集まるのも最後なんだね」

「うん、私も寂しくなった。初めて四人で机くっつけてご飯食べたの思い出した」

「ああ、そうだったね、やっぱり寂しくなるよね……でも」


 僕はちょっとしょんぼりしている三人を見て、続けた。


「みんなありがとう。僕は入学した頃はいつも一人でいたけど、みんながいてくれて本当によかった。学校がとても楽しくなった……って、改めて言うと恥ずかしいね」


 そう言った僕を見た三人は、笑顔になった。


「おう、俺もみんなには感謝してるぜ。足が治ってサッカーできたのも、みんなが応援してくれたおかげだからな」

「私も感謝してるよ、学校がほんと楽しかったよー。可愛い後輩も入ってきてさ、毎日何があるんだろうってワクワクしたよ」

「わ、私も感謝してる。団吉と一緒で最初は一人でいたけど、みんなと出会えてよかった……この学校に……入ってよかった……」


 そこまで話して、絵菜が急に下を向いた。どうしたんだろうと思ったら、肩が少し震えて目のところを何度も手で拭いている。


「え、絵菜? 泣かないでよー、そんなとこ見ちゃったら私も涙が出てくるじゃん……絵菜、ほんとによかったね」

「……うん、みんな、ありがと……」

「……やべぇ、俺もジーンときてしまった。前にも言ったけどさ、俺ら友達だから、卒業してもそれは変わらないからな。また笑顔で集まろうぜ」

「うん、そうだね、これまでも、これからもずっと、友達なのは変わらないよ。あ、最後にあれやっておかない?」


 僕がそう言って右手を出すと、みんなも右手を出してグータッチをした。最初にこうしてグータッチをしたのはいつだろう、一年生の球技大会の時かな、あれからずっとみんなに力をもらっていた。本当に感謝だ。

 その後みんなで楽しかった思い出をたくさん話していた。みんな笑顔になって僕も嬉しかった。

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