第116話「最後の試験」

 あれから僕と絵菜が作ったクッキーを、後輩たちにプレゼントした。みんなニコニコで「手作りってすごい! ありがとうございます!」と言ってくれて、僕と絵菜は嬉しい気持ちになっていた。

 そして今日は、国公立大学の試験の日だ。あの夏にオープンキャンパスを見学しに行った大学だ。川倉先輩や慶太先輩のことを思い出す。お二人のように僕もこの大学に行きたいという気持ちが強かった。

 まぁ、もし落ちてしまっても私立大学に合格しているので、その分気持ちとしては楽だった。しかしその気持ちも程々にしておかないと、今日の試験がうまくいかないと思って、僕はひっそりと気合いを入れていた。

 準備を終えてリビングに行くと、日向と母さんがいた。


「あら、団吉、準備できたの?」

「うん、大丈夫だと思う。さすがにちょっと緊張してきたかも」

「ふふふ、そうよね、なかなか経験しないことだからね。でも大丈夫よ、団吉は人一倍頑張り屋さんだから、神様もお父さんも見守ってくれているわ」

「そうだよー、お兄ちゃん自身が勉強の神様だからね! 落ちることなんてありえないよー」

「い、いや、神様というわけではないけどね……なんか変なイメージがついてしまったな……」

「よーし、最後のひと踏ん張りということで、私からのおまじないをしてあげようではないか!」


 日向がそう言って、また僕に抱きついてきた。


「お、おい、日向、だからくっつくなって……」

「この前の試験もこれでうまくいったでしょ? やっぱり縁起がいいんだよ。お兄ちゃん、頑張ってね」


 う、うーん、まぁたしかに日向の応援もあって合格できたからな……と思って、僕も日向をそっと抱きしめる……はっ!? 母さんに見られていたのだった。う、うう、恥ずかしい……。

 その時、みるくが「みゃー」と鳴きながら僕の足にすりすりしてきた。僕はみるくの頭をなでてあげた。


「ふふふ、日向もみるくもお母さんも応援してるからね、頑張ってね」

「うん、ありがとう。そろそろ行こうかな」


 日向と母さんに「行ってらっしゃーい」と見送られ、僕は駅前へ向かう。今日も風が冷たかった。

 駅前から電車に乗る。ふとスマホを見ると、RINEが送られてきていた。絵菜が送ってきたみたいだ。


『団吉おはよ、本番だな』

『おはよう、うん、今電車で移動しているところだよ』

『そっか、団吉が合格するように、私祈ってるから』

『ありがとう、絵菜が祈ってくれたら大丈夫そうだ。あ、もうすぐ着くよ、頑張ってくるね』

『うん、頑張って』


 絵菜が『頑張れー』という文字が書かれた猫のスタンプを送ってきた。絵菜のメッセージを確認した後、僕はスマホをポケットに入れて大学へと歩いて行った。あのオープンキャンパス以来だが、やはり建物が大きい。試験会場に着いて自分の席を確認して座った。


(……よし、これが最後だ。大学組は今日試験の人もいたはず。僕も頑張らないとな)


 みんなと一緒に頑張ろうと思っていると、試験が始まった。僕は今までの力を全部出して問題を解いていった。



 * * *



 試験が無事に終わった。僕は今回も手ごたえがあった。特に数学はよく解けたのではないかと思う。日頃からしっかりと勉強してきてよかったなと思った。

 大学を出てスマホを確認すると、RINEが来ていた。十分くらい前に送ってきたのは絵菜だ。


『お疲れさま、そろそろ終わりなのかな?』

『うん、終わって今大学を出たところだよ。ちょっとホッとしているところ』

『そっか、よかった……あ、帰ったらちょっと通話できないかな?』

『うん、いいよ、ちょっと待っててね』


 電車に乗り、しばらく揺られて駅前へ戻ってきた。そのまままっすぐ家に帰る。


「ただいまー」

「あら、団吉おかえり、お疲れさま」

「お兄ちゃんおかえりー、どうだった?」

「うん、今までと同じくしっかり解けたんじゃないかって思うよ」

「そっかー、よかったー。お母さんとみるくと一緒に祈ってたからね、大丈夫だよー」

「ありがとう、あ、ちょっと絵菜と通話してくるよ」


 僕はそう言って自分の部屋に行って、ベッドに座って絵菜に『今帰ってきたよ、通話いつでも大丈夫だよ』と送った。すぐに絵菜から通話がかかってきた。


「も、もしもし」

「もしもし、さっき帰ってきたよ」

「お疲れさま、団吉もついに試験が終わったな」

「そうだね、RINEでも話したけど、ちょっとホッとしているというか。まぁでも合格発表まではドキドキだけどね」

「そうだよな……合格発表は卒業後だっけ?」

「うん、卒業式の次の週だね。もう少し待つことになるね」

「そっか。あ、火野と優子とRINEした。二人も試験が終わったって言ってた」

「ああ、そっかそっか、二人も合格してるといいなぁ」

「うん、みんなで合格して、また一緒に遊びたい」

「そうだね、それが一番だね」

「うん……でも、これで試験も終わって、あとは卒業なんだな……」


 絵菜がちょっと寂しそうな声を出した。そうだ、もう卒業式の日が近くなっている。ついにここまで来たんだなと感慨深いものがあった。


「そうだね、卒業式は次の金曜日か、なんか信じられないな」

「うん……これで団吉やみんなとバラバラになってしまうのかって思うと、寂しくて……」

「うん、僕も寂しくなってしまった。でも、いつも言っているように、絵菜が寂しいと思ったら僕はすぐに飛んでいくからね」

「うん……ありがと」

「それに、みんなともバラバラになっちゃうけど、また集まろうね。あ、明日学校に行かない? 最後かもしれないけど、学食でまた一緒にご飯食べよう」

「ああ、そうだな、私も学校に行く」

「うんうん、またグループRINEに送っておくね。ちょっと寂しくなりそうだけど、いつも通りにしておこうかな」

「そうだな、それがよさそう。あ、ごめん、ちょっと真菜が呼んでる気がする。またRINEする」

「うん、分かった、それじゃあ明日学校で」


 絵菜との通話を終えて、僕は初めて絵菜と通話した時のことをふと思い出した。不思議な感じがして、無言の時間があったりして、なんだか懐かしいなと思った。

 ついに試験も終わった。今日はこの後はゆっくりしておこうかなと思っていた。

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