第115話「クッキー」

「じゃ、じゃあ、見るよ、絵菜……」

「う、うん……」


 僕と絵菜は緊張している。何も怪しいことをしているわけではない。今日は僕の私立大学と、絵菜の専門学校の合格発表の日だ。特に僕の大学がちょっと遠いので、僕の家で一緒にネットで結果を見ることにした。そのため今パソコンの前で二人でいる。

 今日は平日なので、日向も母さんもいない。みるくも寝ているので、家の中はしーんとしていた。この静けさがさらに緊張を高めるというか。メロディスターズのCDでもかけた方がよかったかな。

 まずは僕の大学の合格発表から見ることにした。おそるおそるクリックをしていくと、合格者の一覧が出てきた。


「わっ、で、出てきた……団吉……!」

「う、うん、見てみるね……えっと僕の番号は……」


 僕は手元の受験票と画面の番号を照らし合わせる。あるのか、ないのか――


「……あ、あった、僕の番号があったよ!」


 少し声が大きくなってしまった。たしかに僕の番号がハッキリと書かれてある。よかった、合格だ。


「よ、よかったな団吉!」

「うん、よかった、とりあえず一つ合格だ……!」


 絵菜がぎゅっと僕の手を握ってきた。僕も絵菜の手を握り返す……って、これで終わりではない。絵菜の合格発表が残っているのだ。僕はパソコンを操作して絵菜の専門学校のサイトを出した。合格者一覧があるページの手前までやって来た。


「よ、よし、絵菜のを見よう。いくよ……」

「う、うん……」


 またおそるおそるクリックすると、合格者の一覧が出てきた。絵菜は受験票と画面の番号を照らし合わせる。頼む、あってくれ――


「……った」

「え?」

「……あった! 私の番号があった!」


 絵菜もめずらしく声が大きくなった。僕も確認してみたが、たしかに絵菜の番号が書かれてあった。よかった、絵菜も合格だ。


「よ、よかったね絵菜! 合格だよ!」

「ああ、よかった……嬉しい。団吉が色々教えてくれたから、合格できた……ほんとにありがと」


 絵菜がそう言って僕にきゅっと抱きついてきた。僕も絵菜を抱きしめる。二人で合格出来て本当によかった。


「ううん、絵菜がずっと頑張ってきたからだよ。ほんとによかった……あ、でも僕は本命が残ってるんだよね……」

「そうだった、試験は来週だよな?」

「うん、なんとかもう一つも合格できるといいなぁ。また絵菜にパワーをもらおうかな」

「うん、私も団吉が合格できるように祈ってるから」


 また絵菜が僕を抱きしめていると、みるくが「みゃー」と鳴きながらやって来た。


「あ、みるくちゃんもおめでとうって言ってるのかな」

「あはは、そうかもしれないね。よし、合格できたところでアレ作ろうか」

「うん、そっちも頑張る」


 僕と絵菜はみるくをなでた後、キッチンへと移動した。アレとは、先日バレンタインデーにもらったチョコのお返しのことだった。話していた通り、ホワイトデーになると僕たちは卒業しているので、今年は早めに作ってお返しを渡そうと考えていた。絵菜も友チョコをもらったので何かあげたいと言っていたので、じゃあ二人で作ろうかという話になった。


「クッキーの材料って、こんな感じなんだな」

「うん、しっかり作りたくて、スーパーで買ってきたよ。材料を混ぜてみようか」


 僕がボウルを用意して、絵菜が僕の言う通りにバターを柔らかくして混ぜていく。だんだんクリーム状になってきたところで、塩、グラニュー糖を入れてよく混ぜ合わせる。


「けっこう混ぜ合わせるのって大変なんだな」

「そうだね、交代しながらやっていこうか」


 二人で力を合わせて混ぜ合わせて、卵、バニラオイル、アーモンドパウダーを加えてさらに混ぜ合わせる。だんだんなじんできたかなというところで、薄力粉を加える。そしてさらに混ぜ合わせる。


「こ、こんな感じ……?」

「うんうん、いい感じじゃないかな。今回は丸めて冷やしてみようか」


 出来た生地を棒状に伸ばして、冷蔵庫で一時間以上冷やすことにした。待っている間、他の人の結果をRINEで訊いてみることにした。あ、大学組は九十九さん、大島さん、木下くんはどうやら合格したようだ。よかったよかった。

 専門学校組は相原くん、杉崎さんが合格したと連絡が来た。二人は同じ学校を受験したみたいだ。中川くんと富岡さんは分かるのがもう少し先らしい。みんなしっかり頑張ったよねと、絵菜とRINEを見ながら話していた。

 しばらくして、冷蔵庫に入れていた生地を取り出し、棒状の生地を絵菜がゆっくりカットして、丸いクッキーの形になった。オーブンの天板に二人で並べていく。うん、けっこうできるのではないだろうか。

 そして予熱していたオーブンに入れて焼く。絵菜がじーっとオーブンを観察しているのが可愛かった。

 しばらく待っていると、クッキーが焼けた。うん、いいにおいがする。冷ますために網の上に並べる。


「で、できた……のかな?」

「うん、あとは冷えたらいいね。絵菜すごいよ、クッキーが作れたね」

「う、うん、でも団吉がいないとさすがにまだ無理かも……」

「まぁ、手順をメモしてあるから、絵菜にも送るね。これがあれば大丈夫なんじゃないかな」


 少しクッキーを冷ました後、用意していた可愛い袋に入れていく。よし、これで完成だ。僕と絵菜もいくつか食べてみることにした。


「あ、美味しい……!」

「ほんとだね、ちゃんと焼けているみたいだね、よかったよ」

「うん、団吉と一緒に作ったというのが嬉しいな……一緒に暮らしたらこういうことたくさんしたい」

「あはは、うん、一緒に作ると楽しいよね。そのためにもこれからも頑張っていかないとね」


 クッキーができて嬉しそうな絵菜を見て、僕も嬉しい気持ちになっていた。

 そして、二人で合格できたというのが何より嬉しかった。絵菜もホッとしただろう。僕はもう一つ試験が残っているが、絵菜のパワーをもらって頑張ろうと思った。

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