第113話「試験当日」

 私立大学の試験の日がやって来た。

 僕は鞄の中を見て、忘れ物がないかチェックしていた。うん、ちゃんと入っている、大丈夫だろう。

 今日は絵菜をはじめ、同じように試験がある人が多い。昨日RINEが来て、『明日は頑張ろうね』とみんな言っていた。僕はRINEの返事を送りながら、ここまでみんなで頑張ってきたことを思い出していた。特に数学はみんないい点をとってほしいなと思っていた。


 コンコン。


 部屋で準備をしていると、扉をノックする音が聞こえた。「はい」と言うと、日向が入ってきた。後ろからみるくも「みゃー」と鳴きながらついて来た。最近みるくは大きくなってきたからか、鳴き声が少しだけ変わった。まぁずっと子猫でいるわけではないし、当然だろう。

 

「お兄ちゃん、本番だね、忘れ物はない?」

「ああ、確認したけど大丈夫そうだ」

「そっかー、絵菜さんも今日試験なんだよね、一緒に行くの?」

「うん、駅前から電車に乗るから一緒に行こうって話してたよ。もうすぐ来るんじゃないかな」

「そっかそっか、じゃあそんな頑張ってるお兄ちゃんに、私からのおまじない!」


 日向がそう言って僕に抱きついてきた。


「な、何してんだ日向……くっつくなよ」

「お兄ちゃんも去年私を抱きしめてくれたでしょ、それで合格したから、これは縁起がいいんだよ」

「ま、まぁ、そんなこともあったな……って、あれは僕のパワーを送っていたような……」

「細かいことはいいんだよ、お兄ちゃん……頑張って」


 日向がぎゅっと僕にくっついてくる。恥ずかしいが、僕も日向を抱きしめた……って、ほんとに長谷川くんに悪いことしているような気分になるな。


「日向、ありがとう。これで合格したようなものだ」


 僕が日向の頭をなでると、日向は「えへへー」と嬉しそうだった。みるくもすりすりと僕の足にくっついてきたので、頭や体をなでてあげた。

 その時、インターホンが鳴った。出ると絵菜が来ていた。


「お、おはよ」

「絵菜さん、おはようございます! 今日は試験ですね、頑張ってください!」


 そう言って日向が絵菜の手を握った。絵菜は「あ、ありがと、頑張る……」と、ちょっと恥ずかしそうにしていた。


「おはよう、よし、じゃあ行こうか」


 日向に「いってらっしゃーい」と見送られ、僕たちは駅前へと向かう。絵菜がそっと僕の手を握ってきた。


「本番だな……緊張してきた」

「うん、僕も緊張してるよ。でも絵菜やみんなが頑張ってるんだって思うと、なんとかなりそうな気がするよ」

「うん、そうだな、あと、今手をつないでいることで団吉のパワーをもらっているというか……」

「あはは、うん、絵菜もしっかり問題が解けるといいね」


 駅前から電車に乗って、しばらく揺られる。絵菜の専門学校の方が最寄り駅が近い。その駅に着いた。絵菜は降りる前にぎゅっと僕の手を握って、


「じゃあ……行ってくる。団吉も頑張って」


 と、言った。


「うん、頑張ってね。僕も頑張るよ」


 絵菜の手を握り返した後、絵菜が降りて行った。その姿を見て、僕はひっそりと気合いを入れていた。



 * * *



 試験が終わった。僕は共通テストと同じく、手ごたえはあった。まあまあ解けたのではないだろうか。

 大学を出てスマホを確認すると、絵菜からRINEが来ていた。たぶん先に終わったのだろう。



『お疲れさま、終わった……』

『お疲れさま、僕も今終わったよ。どうだった?』

『うーん、そこそこできたと思うんだけど、どうだろう……団吉は?』

『そっか、僕もまあまあできた方じゃないかなって思うよ。あとは祈るのみだね』

『うん。みんなも頑張ってたんだよな』

『そうだね、みんなどうだったかな、また話せるといいね』


 絵菜とRINEで話しながら帰る。ふと見ると火野たちのグループRINEにメッセージが来ていた。


『おーっす、団吉と沢井は今日が試験だったよな、終わったかな?』

『ああ、さっき終わって帰ってたとこだよ』

『やっほー、お疲れさまー、絵菜も終わったのかな?』

『うん、終わって帰ってきた』

『そっかそっか、二人とも手ごたえはどうだ?』

『うーん、自分ではまあまあできたと思うんだけど、あとは祈るしかないねって絵菜と話していたところだったよ』

『わ、私もそんな感じ……』

『そだねー、あとは天に祈るのみだねぇ。二人とも頑張ってたから、大丈夫だよー』


 そういえば、火野と高梨さんは来週試験と言っていたような……と思って、訊いてみることにした。


『火野と高梨さんは来週試験だっけ?』

『おう、俺も優子も来週だ。まぁ本命は月末なんだけど、とにかく頑張るしかねぇなぁ』

『うんうん、私たちもここまで来たからねぇ。あともう少し頑張るよー』

『そうだね、二人ともきついと言いながらも頑張ってきたからね、大丈夫だよ』

『うっ、団吉思い出させないでくれ〜、マジでしんどかったぜ……』

『ほんとだねー、私も何度か意識が飛びかけたよ……でも、日車くんが教えてくれたおかげで頑張れた気がするよー』

『うん、二人とも自信持ってね』

『二人とも頑張って。応援してる』


 そこまで話したところで、電車が駅前に着いた。僕はスマホをポケットに入れて家まで歩いて帰った。玄関を開けると日向がパタパタとやって来た。


「お兄ちゃんおかえりー、どうだった?」

「ただいま、まぁ手ごたえはあったよ。なんとかなってるといいけど」

「そっかー、絵菜さんもできたのかなぁ?」

「うん、まあまあできたって言ってたよ。日向のパワーのおかげだな」

「ふっふっふー、私がいれば怖いものなしだよー! みーんな大丈夫!」

「そ、そうだな、まぁいいか……僕はあと一つあるから、その時もパワーを分けてくれ」

「もちろーん! 今日はゆっくりしようよー、お母さんも早めに帰るって言ってたし、夕飯は任せておいて!」

「ありがとう、ゆっくりしておこうかな」


 みるくが「みゃー」と鳴きながら僕たちのところに来た。みるくも応援してくれたのかもしれない。僕はそっとみるくを抱いてなでてあげた。

 一つずつ、イベントが終わっていく。もう少し頑張らないといけないが、とりあえず今日は日向の言う通り、ゆっくりしようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る