第108話「安心」

 共通テスト二日目も無事に終わった。

 僕は母さんのことを思いながら、今日も全力を出した。うん、いつも以上に解けたのではないだろうか。

 まだ大学入試が残っているが、ひとつ終わってホッとしていた。今日もあまり他の人と話すことなく、まっすぐ家に帰る。日向が病院に行ってくれていて、『これからお母さんと一緒に帰ります』とRINEが来ていた。母さんが倒れた時はかなり焦ってしまって、このまま父さんのようにいなくなってしまったらどうしようと、嫌なことが頭に浮かんだ。でも、退院できたのならひと安心だ。


「ただいまー」


 寒い中歩いて、家に着く。靴が二足あった。日向と母さんのものだろう。


「お兄ちゃんお帰りー、テストどうだった?」


 パタパタと足音を立ててやって来た日向が訊いてきた。


「ああ、よく出来た方じゃないかなと思うよ」

「そっかー、よかったー。お兄ちゃんがよく出来たって言うのめずらしいね、じゃあやっぱり全教科満点かな!」

「い、いや、さすがにそこまではないと思うよ……母さんは?」

「リビングでのんびりしてるよ、まだちょっと食欲がないみたいだけど、お薬もあるから少し食べたよ」


 二人でリビングに行くと、ソファーに座っていた母さんがニコッと笑顔を見せた。


「おかえり、団吉お疲れさま、ひと山超えたわね」

「ただいま、うん、なんとか終わったよ。母さんは大丈夫?」

「うん、熱は微熱くらいになってきたわ。まだちょっときついけど、のんびりしておけば大丈夫だと思うわ」

「そっか、よかった……」

「……団吉も日向もごめんね、迷惑をかけてしまったわ。熱はあるけどなんとかなるだろうと思っていたのがいけなかったみたい」

「そんな、お母さん気にしないで、迷惑だなんて思ってないよ」

「そうだよ、母さんのことが心配なのは僕も日向も一緒だよ。ちょっと頑張りすぎたんじゃないかな」

「ありがとう、そうね、見えないところで力が入っていたのかもね。もう少しゆっくりしておくわ」


 その時、インターホンが鳴った。そうだ、絵菜がうちに来ると言っていたのだった。昨日RINEで話していたら母さんの話になって、『お、お見舞いに行きたいんだけど、いいか……?』と言っていた。

 玄関に行くと、絵菜が来ていた。


「だ、団吉お疲れさま、テスト終わったんだな」

「うん、ありがとう、終わったよ。上がって」


 絵菜をリビングに案内した。日向が温かいお茶を持って来てくれた。


「絵菜さんこんにちは! ささ、温かいお茶です」

「あ、ありがと。お、お母さん、団吉から聞きました。もう大丈夫なのですか……?」

「あらあら、絵菜ちゃんありがとう。大丈夫よ、ちょっと頑張りすぎたみたいでね。歳のことを考えてなかったわ、いやねー」

「そ、そうですか……よかった」

「ふふふ、私の心配はいいから、お茶飲んだら団吉とお話しておいで。二人で話したいこともあるでしょ」

「え、あ、まぁ、それはあるけど……」

「ふっふっふー、お兄ちゃん遠慮しなくていいんだよ、絵菜さんと思う存分イチャイチャしてきて!」

「なっ!? い、いや、そういうのはないかな……あれ? ないのかな?」


 僕が慌てていると、みんな笑った。うう、恥ずかしい……。

 しばらくリビングで話した後、僕と絵菜は僕の部屋へと行った。絵菜が僕の部屋に入るのは久しぶりなのかな。


「団吉、テストどうだった?」

「ああ、いつも以上の力を出してよく解けた気がするよ。たぶん大丈夫じゃないかな」

「そっか、よかった。私ももうすぐ試験がある……頑張らないと」

「うんうん、僕も試験があるから、また一緒に頑張ろうね」

「うん……でも、大変だったな、まさかお母さんが倒れるなんて……」


 絵菜が少し俯いてぽつりとつぶやいた。


「……うん、テストなんてどうでもいいと思ったよ。そんなものよりも母さんのことが心配で。でも、母さんも日向も学校に行ってくれって言うから……」

「そっか……」

「……父さんのことが頭に浮かんでね、父さんも同じように倒れて帰って来なかったんだ……母さんまでそうなってしまったら……どうしようと思って……すごく……慌ててしまって……」


 絵菜に話しながら僕は目に涙があふれて、ぽろぽろと泣いてしまった。い、いかん、泣いてる場合じゃない、しっかりしろと心の中でつぶやくが、涙が止まらなかった。そんな僕を見た絵菜は――


「え、絵菜……?」


 絵菜が僕の横に来て、僕の頭を自分の胸に寄せてぎゅっと抱きしめた。


「……いいよ、泣きたい時もある。団吉は頑張った。気が張ってたんだよな」

「……うん、そうみたい。母さんや日向の前では泣かなかったけど、ダメだ……涙が止まらない……ううう……」


 僕も絵菜をぎゅっと抱きしめる。絵菜は僕の背中をさすってくれた。母さんが帰って来てくれて安心して、絵菜と話しているとさらに安心したのかもしれない。


「……ご、ごめん、こんな泣いてるところ恥ずかしいな……」

「団吉は強いから、きっとお母さんや日向ちゃんの前では弱い姿を見せないんだろうなって思ってた。私と二人の時くらい、泣いていいんだよ」

「……うん、ありがとう。絵菜には支えられてばかりだね、絵菜のこと大好きになってよかった……」

「ううん、私も団吉には支えてもらってるから。団吉、大好きだよ……」


 そう言って絵菜がまたぎゅっと僕を抱きしめた。


「やっぱり団吉は優しいな」

「な、なんかそうみたいだね、絵菜が怒った時も思ったけど、僕は優しすぎるんだな……」

「ふふっ、それが団吉のいいところだ。ちょっと落ち着いた?」

「あ、う、うん、落ち着いたかも……ご、ごめん、涙で服が濡れちゃった……」

「ううん、いいんだ。じゃあ頑張った団吉にご褒美……」


 ご褒美? と思っていると、絵菜が顔を近づけて僕にそっとキスをした。僕は一気に顔が熱くなっていった。


「あ、いや、あの、その……」

「ふふっ、慌てる団吉も可愛い。試験、頑張ろうな」

「あ、うん、もう少し頑張ることにするよ」


 それから二人でくっついて、色々なことを話していた。絵菜がいてくれてよかったと、心の中で強く思っていた。

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