第92話「子猫」

 絵菜の誕生日の次の日、僕はバイトを三時まで頑張っていた。

 あれから絵菜がRINEを送ってきて、マグカップを持って嬉しそうな自撮り写真が一緒についていた。早速使い始めたと言っていて、こんなに嬉しがっている絵菜を見て僕も嬉しい気持ちになっていた。僕はそっと絵菜の写真を保存して、眺めながらニヤニヤしていた……って、あ、危ない人だな。

 三時になり、家に帰る。外は涼しいというより寒かった。うう、嫌な季節がやって来た……。

 玄関を開けると、靴が一足あった。母さんのものだ。日向は部活からまだ帰って来ていないのかな。


「あら、団吉おかえりー」

「ただいま、日向はまだなんだね」

「そうね、『今から帰ります!』ってRINEが来てたから、もうすぐだと思うわ」

「そっか、なんかお腹空いたな、おやつでも食べようかな」


 おやつは何があったっけ……とキッチンに行って色々見ていると、玄関から物音がした……と思ったら、バタバタバタとなんだか騒がしい音が聞こえてきた。


「お、お母さん!!」

「あら、日向おかえり、どうしたのなんかバタバタしてたけど」

「お、日向おかえり、なんか騒がしかったな」

「あ、お兄ちゃんも! ど、どどどどうしよう、玄関の横よく見たらこの子が……」


 日向がそう言いながら両手に持たれているものを僕たちに見せてきた。ん? 何か白いふわふわしたものが日向の手にあるな……って、よく見ると子猫だった。まだ日向の両手に乗るくらい小さかった。


「あらまぁ、子猫ちゃんじゃないの、玄関にいたの?」

「う、うん、そこでうずくまっていて……逃げるかなって思ったんだけど、全然逃げなくて、ずっと動かなくて……」

「お、おお、逃げなかったってことは、もしかして弱ってるのかな……?」

「ええ!? そ、そんな、弱ってるなんてかわいそうだよ……お、お母さん、お兄ちゃん、なんとかできないかな……」

「うーん、そうねぇ、たしかにこのままだとかわいそうね……よし、動物病院に行ってみようか」

「ああ、そういえばスーパーの近くに動物病院あったね、開いてるといいけど」

「そうね、それと隣のホームセンターでご飯とか買って来ましょうか。うちには猫ちゃんが食べられるものは何もないからね」

「あ、ありがとう……! よ、よし、そうと決まれば早く行かないと……!」


 とりあえず小さなかごに子猫を入れて、上にタオルをかぶせた。これで逃げ出すことはないだろう。「早く! 早く!」と急かす日向だった。



 * * *



 僕たち三人はスーパーの近くの動物病院にやって来た。先に大きな犬を連れたお姉さんがいた。母さんが受付に話して、問診票を書いている。日向は「大丈夫だよ……大丈夫だよ……」とずっと子猫に話しかけていた。

 しばらく待っていると、先生に呼ばれた。家の前で子猫を拾ったことを伝えると、「なるほど、では病気とか持っていないか検査してみましょう」と言われた。そういえばこの子猫、猫なのにあまり鳴かない。本当に弱っているんじゃないかと心配になった。


「……はい、診てみましたが、特に病気とかはないようです。目やにがひどいのできれいにしておきますね。あまり食べていないようで、お腹が空いて力が出なくて動けなかったのかもしれませんね。ご飯を与えてあげてください。フードを水やミルクで少し柔らかくしてあげるか、ウェットタイプのものをあげてください。ミルクは人間のではなく、猫用のものをあげてください」


 先生が丁寧に教えてくれた。その時、子猫が小さな声で「みー」と鳴いた。


「あっ、鳴いた!」

「お腹が空いて鳴く元気もなかったみたいですね。大丈夫です。そのうち声も出すようになりますよ」


 先生が子猫をなでながら言った。僕たちは先生にお礼を言って、会計を済ませて外に出た。そのままホームセンターへ向かう。猫を連れたままは入れないだろうと思って、僕が外でかごを持って待っていることにした。しばらく待っていると日向と母さんが出てきた。


「キャットフードも色々あるのねー、とりあえずピンときたものを買ってみたけど、食べてくれるかしら」

「お兄ちゃん、猫じゃらしも一つ買ってみたよ! 遊んでくれるかな……」

「そっか、まずは食事が先だな。ちゃんと食べてくれるといいけど」


 三人で家に帰る。すぐにキャットフードとミルクを子猫にあげてみる。子猫はふんふんとにおいながら、パクパクと食べてくれた。


「あっ、食べた! よかったぁー! 食べなかったらどうしようと思ったぁー……」

「やっぱりお腹が空いてたんだね、うん、よく食べてるしよかった」

「そうね、一応先生に言われた通りウェットタイプにしてみたけど、よかったわね」


 三人でホッとしていると、また子猫が「みー」と鳴いた。


「か、可愛い……! ねぇお母さん、この子うちで飼えないかな? このまままた外に出すなんてかわいそうで……」

「そうねぇ、たしかに外に出すのはかわいそうね……ちゃんと団吉と日向がお世話をするならいいわよ」

「うん! ちゃんとする! よかったぁー、子猫ちゃんもう大丈夫だよー、ここはちょっと変なお兄ちゃんがいるけど、安心してねー」

「お、おい、ちょっと変なお兄ちゃんというのは……ま、まぁいいか。じゃあ子猫ちゃんというのもかわいそうだから、名前を付けてあげたらどうだ?」

「あ、そうだね、うーん何がいいんだろう……」


 三人でうーんと考えていると、


「……みるく、というのはどうかしら?」


 と、母さんが言った。


「みるく?」

「そう、この子病院の先生が言うには女の子で、頭にちょっと模様があるけど、体は白いじゃない? ミルクのように白いからね」

「なるほど! うん、よさそうだよお母さん! じゃあ今日からみるくちゃんだねー。あ、全部食べた! 偉いよー!」


 日向がみるくを抱くと、また「みー」と鳴いた。た、たしかに可愛い……。

 突然我が家の家族が増えた。これまでうちは動物を飼ったことはないが、これも運命の出会いなのかもしれない。トコトコと歩くみるくを見て、みんな優しい気持ちになっていた。

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