第90話「マグカップ」

 今年の文化祭も大成功で終わった。

 五組の演劇もたくさんの人が見に来てくれて、みんなが終わってから「よかったよ」と声をかけてくれた。しかし日向が「ふっふっふ、お兄ちゃんの輝く姿をバッチリ撮ったからね、お母さんに見せてあげよーっと」と言っていて、僕は顔がめちゃくちゃ熱くなった。そしてその宣言通りその日の夜日向は母さんに写真を見せていた。うう、また見られた……。

 そ、そんなこともあったが、僕たちは一気に現実に引き戻される。文化祭が終わったということは、あの問題が待っているのだ。それは――


(うーん、今年も絵菜の誕生日が近いけど、何をプレゼントすればいいのだろうか……)


 そう、去年も一昨年もそうだったが、今年も十一月十日、絵菜の誕生日が近づいているのだ。今年は十日は金曜日だった。僕はうーんと悩みながらパソコンでショッピングサイトを眺めている。


 コンコン。


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。「はい」と言うと、日向が入ってきた。


「お兄ちゃん、勉強してるの……って、あれ? なんか違うみたいだね」

「ああ、うん、絵菜の誕生日が近いから、何かいいものないかなと思って探していたところ」

「ああ! そっかそっか、もうそんな季節なんだねー、いいものあった?」


 日向もパソコンの画面を覗き込んできた。


「うーん、何がいいのかよく分からなくなってなぁ……って、毎年悩んでいる気がするな。女の子の好みがイマイチ分からなくて」

「お兄ちゃんも悩めるお年頃なんだねぇ。うーん、一昨年はネックレスで、去年はマフラーだったよね」

「うん、同じようなものも嫌だし、何か他にないかなと思って」

「そうだねぇ……あ、お兄ちゃん今日バイトはあるの?」

「ん? 昨日まで入ってたから今日は休みだけど?」

「そしたらさ、また一緒にどこかに見に行ってみない? 私も考えてあげるからさ」

「んーそうだなぁ、それがいいのかもしれないな。じゃあ行こうか」

「やったー! お兄ちゃんとデートできるー!」

「おいおい、デートは長谷川くんとしないといけないだろ」

「健斗くんは健斗くん、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよー、よし、行ってみよー!」


 日向が僕の手をとってぴょんぴょんと跳ねている。いい加減兄離れしないと長谷川くんにフラれるぞと思ったが、言わないことにした。



 * * *



 日向と一緒にショッピングモールへやって来た。いつもここだなと思うが、駅前からも近いし、けっこうお店も多いし仕方ないのだろう。


「ここだったら色々あるよねー、何がいいんだろー?」

「そうだなぁ、日向と真菜ちゃんにはポーチをプレゼントしたけど、同じものというのもどうかなと思うし……」

「お兄ちゃんも色々考えてるんだね、よきかなよきかな。じゃあ色々見てみよっか」


 そう言って日向がニコニコで僕の手を握ってきた。もう何も言うまい。突っ込んだら僕の負けなのだ。しかしこうしているとほんとにカップルに見えるよな……黒岩くんに僕と日向が似ているかもしれないと言われたが、自分たちではよく分からなかった。

 色々見て回って、日向に引っ張られるようにして雑貨屋さんに入った。なるほど、普段の生活に使う小物なども喜んでもらえるかもしれない。


「生活雑貨というのも使ってもらえそうだよねぇ」

「そうだな、せっかくプレゼントしたなら使ってもらいたいしなぁ」

「まぁ、そう思うよねぇ、どれどれ……あ、お兄ちゃん、これなんかどうかな?」


 日向が指差した先には、猫の絵が描かれた可愛らしいマグカップがあった。なるほど、こういうものなら普段から使ってもらえそうだ。


「ああ、絵菜は猫が好きだし、いいかもしれないな。あ、これ赤のラインと青のラインでそれぞれあるのか」

「そうだ! これ赤と青を買ってさ、赤の方を絵菜さんにプレゼントして、青の方をお兄ちゃんが使えばいいんじゃない? お揃いだよー」

「あ、なるほど、うん、それもいいかもしれないな。じゃあこれにするか」


 僕はマグカップを二つ持って、レジへ行った。店員さんに「プレゼント用ですか?」と訊かれたので、「あ、赤の方をプレゼントしたいと思ってて……」と言ったら、「じゃあこちらはラッピングしておきますね」と言ってくれた。ラッピングまでしてもらえてよかった。


「ふふふ、今年も絵菜さんが喜んでくれるといいねー」

「ああ、日向ありがとう。お礼に何か買ってやろうか? ま、まぁそんなに高くないもので……」

「ほんと!? やったー! 何にしようかなー」

「――あれ? 日車くん?」


 急に名前を呼ばれたので振り向くと、なんと九十九さんがいた。


「あ、九十九さんだ! こんにちは!」

「あ、あれ? こんにちは、九十九さんも来てたんだね、一人で?」

「こんにちは、ううん、弟と来たんだ……って、あれ? 康介、何してるの?」


 九十九さんの後ろに隠れるようにしながら、康介くんがこちらを見て……いや、睨んでいるような目だった。


「……くっ、またこいつか……って、なんだ、こいつ彼女いたのか」


 康介くんがニヤリと笑った。彼女? もしかして日向のことだろうか。


「あ、い、いや、こちらは妹だよ、彼女じゃないよ」

「なっ!? い、妹なのに手をつないでそんなに仲良さそうにしているのか……! くっ、こんな女たらしに姉ちゃんは絶対にやれない……!」

「ちょっ!? 康介、何言ってるの!? ご、ごめん日車くん、弟が変なこと言ってる……」

「い、いや、大丈夫だよ。康介くんはお姉ちゃんと手をつなぎたいんだよね?」

「……なっ!? お、俺だって姉ちゃんと手つなぐくらい普通だからな! 姉ちゃん、行こうぜ」

「あ、いや、ちょっと、ご、ごめん日車くん、じゃあまた学校で……」


 康介くんに引っ張られるようにして九十九さんが行ってしまった。


「だ、大丈夫かな九十九さん……」

「つ、九十九さんの弟さん? なんか随分とお姉ちゃんのことが好きみたいだね……」

「そ、そうなんだよね……ちょっと、いやかなりお姉ちゃんのことが好きみたいで……九十九さんもちょっと困ってるみたい」

「うーん、まぁ弟さんもそのうち好きな女の子ができるだろうし、その時までだね!」

「まぁそうだな……って、あれ? 誰かさんは好きな男の子ができても兄とデートしてるな……」

「さ、さぁ、誰のことだか……はっ!? お兄ちゃんに買ってもらうもの探さないと!」


 慌てて僕のことを引っ張る日向だった。う、うーん、長谷川くんのためにも僕が引いた方がいいような気がしてきたな。

 とりあえず、絵菜へのプレゼントが買えてよかった。気に入ってくれるといいな。

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