第89話「最後は」

「――ついに鬼と対面した桃太郎。果たして交渉はうまくいくのでしょうか?」


 九十九さんのナレーションが入る。鬼役の絵菜と目が合った。ちょっと恥ずかしくなったが、これは演技だと言い聞かせて僕は口を開いた。


「あ、あの、もうおじいさんとおばあさんに悪いことをするのはやめてもらえませんか……?」

「……ここまで来たお前の勇気。認めてやろう。ならばお前の実力を見るのみ!」


 絵菜が棍棒みたいな棒を持って僕に襲い掛かって来る。僕はぎりぎりのところでかわす。


「おい! 桃太郎! 腰が引けてるぞ! 右によけろ!」

「……桃太郎くん、頑張って」

「あははっ、姐さ……じゃなかった、鬼が本気だー! 桃太郎頑張れー!」


(お供は手助けしないんだ……)

(急にバトルものになったな……)


「ちょ、ちょっと待った! 僕は君と争いたくないんだ! お願いだからやめてくれ!」

「……やるな桃太郎、その身のこなし、ただ者ではない。ならばこうだ!」


 絵菜が棍棒を捨て、右手で僕を殴ろうとしてきた。僕は絵菜に殴られる前に右腕を掴んだ。


「やめよう。暴力では何も生まれないよ。君はかわいそうな人だね。そうだ、僕は君のことも救ってあげたいんだけど、どうかな?」

「だ、だんき……じゃなかった、桃太郎……」


 絵菜の右手を握っていた僕は、そのまま絵菜をそっと抱きしめた。こ、これは演技なんだと言い聞かせるけど、ちょっと恥ずかしい。


(あ、あれ? 急に恋愛要素が入ってきたぞ……!)

(つ、突っ込んだら負けだ……!)


「……桃太郎、ありがとう、私はどうかしていたみたいだ。君の優しさに負けたよ」

「うん、君のこともちゃんと守ってあげるからね、大丈夫だよ」

「おい! 桃太郎! 女の子と抱き合えるなんてずるいぞ!」

「……よかったね、これで一件落着だ」

「あははっ、くそーイチャイチャしやがってー! あたしもしたいぞーなんちって」


 お供が声を上げるが、絵菜がなかなか僕から離れてくれない。あ、あれ? これ予定になかったような……ま、まぁいいか。


「――こうして、優しい桃太郎は、おじいさんとおばあさんを助けただけでなく、鬼も改心させ、その後みんなで仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 最後にセット担当のクラスメイトが動いて、五組のみんなが舞台へと出てきた。みんなで一斉に、


「「ありがとうございました!」」


 と言うと、パチパチパチと大きな拍手が起こった。そのまま舞台の幕が閉じていく。ああよかった、これで終わったのだ。僕はホッとした気持ちになっていた。



 * * *



「ふー、なんとか終わった……」


 舞台の幕が閉じて、みんな片付けを行っている。僕も手伝っていた。みんな「よかったねー!」と言い合っている。


「日車くん、よかったわ。完璧な演技だったわね」


 大島さんがやって来て、僕を褒めてくれた。


「ありがとう、ちょっと緊張したけど、なんとかなったかな……まぁ、去年女装したからそれに比べれば自信をもって出来たというか……」

「ふふふ、女装が自信になったのね。それにしても最後、沢井さんは日車くんに抱きつきすぎのような気がしたけど……」

「ああ! い、いや、まぁ、なかなか離してくれなかったというか、なんというか……」

「日車くん、カッコよかった……私ドキドキしたよ。私のナレーションどうだったかな……?」


 大島さんと話していると、九十九さんもやって来た。


「ああ、お疲れさま、さすが九十九さんだね、噛まずに全部話せているところがすごいなと思ったよ」

「そうね、さすが九十九さんだわ……って、それはいいんだけど、なぜあなたたちは手をつないでいるのかしら?」


 大島さんがプルプルと震えながら言った。そう、ススっと僕の隣に来た九十九さんが僕の手をきゅっと握ってきたのだ。


「え、あ、いや、まぁなんというか、きっと九十九さんも緊張してたというか……あはは」

「……沢井さんはどこにいるかしら、報告しないと」

「え!? い、いや、それだけはやめてください、お願いします……」

「……団吉?」


 その時、僕の背後から鋭い視線を感じた。おそるおそる振り向くと、絵菜が頬を膨らませて面白くなさそうな顔をしていた。


「ああ!! い、いや、これは突然の出来事というか、なんというか……ご、ごめん!」

「ふふっ、慌てる団吉も可愛い。団吉カッコよかったよ、セリフも完璧だったし」

「あ、ありがとう。絵菜もよかったね、途中で団吉って言おうとしてたけど……ま、まぁいいか」

「さ、沢井さんそこにいたのね。ま、まぁ沢井さんも鬼役として頑張ったんじゃないかしら……よかったわ」

「あ、ああ、ありがと……」


 あ、大島さんが絵菜のこと褒めたぞ。このまま仲良くなってもらえると嬉しいのだが……。


「あははっ、みんなお疲れー! よかったなー!」

「み、みんなお疲れさま、な、なんとか終わったね」

「……みんなお疲れ、よかったよ」

「みなさんお疲れさまです……! 私も緊張しましたが、なんとか出来てよかったです……!」


 杉崎さんと木下くんと相原くんと富岡さんもやって来た。


「あ、みんなお疲れさま、うんうん、最初は演劇なんてどうなるかと思ったけど、よかったね」

「やっぱり私と相原くんの台本が完璧だったわね。考えている時間も楽しかったわ。相原くんありがとう」

「……い、いや、俺も楽しかったからよかったよ。あ、ありがと」


 相原くんがちょっと恥ずかしそうにしていた。


「でも、最後の文化祭で、こんなに楽しい思い出ができて、私嬉しいな……」


 九十九さんがぽつりと言った。たしかに僕たちにとっては最後の文化祭だ。最初は演劇なんてやってる時間がないと思っていたけど、みんなで力を合わせて取り組むことで、いい思い出になった気がする。


「ほんとだね、みんなで頑張ってよかったなと思うよ。あ、最後にあれやっておかない?」


 僕がそう言って右手を出すと、みんなも右手を出してグータッチをした。僕たちはこれまで以上の友情が生まれたような気がした。

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