第77話「片思い」

 ある日、僕と絵菜はいつものように昼ご飯を学食で食べてから、一緒に教室に戻っていた。


「団吉、午前中の物理の問題分かった?」

「ああ、ちょっと難しかったけど、なんとか理解できたよ」

「そっか、私は何をやっているのかさっぱり理解できなくて……今度教えてくれないか?」

「なるほど、うん、いいよ、また一緒に勉強しようか」


 たしかに、物理も数学と一緒でかなり難しくなっている。怖い先生には訊きづらいし、僕が教えてあげようと思った。

 そんな話をしながら三年一組の教室の横を通り過ぎようとした時、教室の入り口付近に見たことのある人がいた。


「……あれ? あれは富岡さんじゃないかな?」

「ん? あ、ほんとだ。何してるんだろ?」


 僕と絵菜が同じように頭にハテナを浮かべた。僕たちは富岡さんに近づいて声をかけた。


「富岡さん? こんなところでどうしたの?」

「はわっ! あ、ひ、日車さんと沢井さんでしたか……あ、いや、その……」


 顔を真っ赤にしてあわあわと慌てる富岡さん。何か用事でもあったのだろうか。


「――あ、日車くんに沢井さんに富岡さん!」


 その時、教室の中から声がした。見ると中川くんが手を振ってこちらに来ていた。


「……!!」

「あ、中川くん、久しぶりだね」

「ああ、会議も出ることがなくなって、なかなか会う機会がないよね……って、みんなでどうしたんだい?」

「あ、いや、自分の教室に戻るところだったんだけど、富岡さんがい――」

「――ひ、ひ、日車さん沢井さん中川さんすみませんごめんなさい失礼します……!」


 富岡さんが急に早口でそう言って、逃げるように廊下を走って行った。


「あ、あれ? 富岡さんどうしたんだろ……?」

「な、なんか俺の顔見て逃げていかなかったかい? 俺嫌われてるのかな……」

「……ま、まさか富岡は……」


 絵菜がぽつりと言ったが、僕と中川くんは何のことか分からなかった。う、うーん、何かあったのかな……。



 * * *



 その日の放課後、帰るかと思って準備をしていると、


「あ、ひ、日車さん……」


 と、声をかけられた。見ると富岡さんがいた。


「あ、富岡さんお疲れさま」

「お、お疲れさまです……あの、この後時間ありますか……? そ、その、ちょっとご相談があって……」

「ん? ああ、大丈夫だよ、どうかした?」

「あ、いや、その……ここだと話しにくいので……」

「富岡、私も訊きたいことがあった。私も一緒にいいかな?」


 後ろの席から絵菜が話しかけてきた。


「あ、は、はい、大丈夫です……」

「そっか、じゃあ駅前の喫茶店にでも行ってみる? あそこなら話せるかな」


 僕たち三人は駅前の喫茶店に行く。そういえばこの前も大島さんと来たなと思い出した。富岡さんも恋か悩みがあるのだろうか、それは考えすぎか。

 コーヒーやジュースが来た後、富岡さんがふーっと息を吐いた。


「す、すみません、昼休みは急に逃げてしまって……」

「あ、いやいや、大丈夫だよ。一組の教室見てたけど、何かあった?」

「あ、それが、その……」

「……富岡、違ったら申し訳ないんだけど、富岡は中川を見てたんじゃないか?」


 絵菜がそう言うと、富岡さんは顔を真っ赤にしてあわあわと慌てた。


「ああ! いえ、あの……はい、その通りです……」

「そ、そっか、ん? 中川くんを見てた……?」

「……やっぱり。富岡は、中川のことが好きなんだな?」


 ああ、なるほど、富岡さんが中川くんのことが好きと。


 ……って、えええええ!?


「ええっ!? と、富岡さんが、中川くんを……!?」

「はわっ! あ、いや、その……はい、その通りです……」


 あわあわと慌てていた富岡さんが、少し俯いた。恥ずかしいのかもしれない。


「え、あ、その、なんか理解が追いつかないけど……あ、でもそれだったら富岡さんが一組の教室を覗いていたのも納得のような……」

「は、はい……どうしても中川さんが見たくて、こっそりと……あああ恥ずかしいです……!」

「そ、そっか……中川くんのことが好きだと……訊いてもいいのかな、いつからなの?」

「さ、最初は日車さんもご存知の通り、委員長会議で助けてもらって……それから会議の時にいつも横になって、よく話していて、き、気がついたら中川さんを見るたびにドキドキして……」


 富岡さんが恥ずかしそうに顔を手で覆った。なるほど、たしかに委員長会議で中川くんと富岡さんは隣同士だったな。


「な、なるほど、そういうことか……中川くんも自分の意見が言えて、カッコいいもんなぁ」

「そ、そうなんです……あんなにカッコいい中川さんが、私のことなんて気にしてないだろうと思って……」

「富岡、それは分からないよ。たしかに中川は女の子の友達も多そうだけど、富岡のこともちゃんと見てくれているんじゃないかな」

「そ、そうですかね……いや、私なんて勉強もスポーツもできないし、地味だし、中川さんとは釣り合わないなって……」

「富岡さん、そんなことないよ。富岡さんだって読書家で、か、可愛いよ。釣り合わないとか思ったらダメだよ」

「はわっ! あ、ありがとうございます……でも、イマイチ自信が持てなくて……あああこんなんだからいけないんですよね、すみません……」

「そっか……あ、そしたら僕が中川くんのこと探ってみるよ、彼女がいないのかとか。富岡さんの気持ちは隠しておくから。それに――」


 僕は富岡さんの目をまっすぐ見て、続けた。


「好きな人がいて、好きって言える富岡さんがとても素敵だよ」


 僕は火野や高梨さんや杉崎さんに言ったセリフを、富岡さんにも言った。またさすがに言いすぎかと思ったが、


「あ、ありがとうございます……沢井さんが日車さんのこと好きなのも、なんか分かる気がします……!」


 と、富岡さんは恥ずかしそうに言った。


「ま、まぁ、いつ言ってもちょっと恥ずかしいんだけどね……あ、中川くんのことは任せておいて。何か分かったらRINEするよ」

「わ、私も協力する」

「す、すみません……! お二人がいてくれると思うと、心強いです……!」


 富岡さんがニコッと笑顔を見せた。うん、ほわほわしていて可愛らしい富岡さんは笑顔の方がいいな。

 そうか、びっくりしたが、富岡さんが中川くんのことを好きになったのか。富岡さんの気持ちが中川くんに届くといいなと思った。

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