第75話「真田くん」

「…………」

「…………」

「…………」


 三人で同じように俯いて言葉が出ない。あれから僕と絵菜と大島さんは、一緒に駅前の喫茶店に来た。うずくまっていた大島さんを絵菜が支えるようにしてなんとか立たせて、ここに連れてきた。ここは恋の相談室でもあり、お悩み相談室でもあるのか。でも言うと怒られそうな気がしたので言わないでいた。

 なんと声をかければいいのか分からず、ぐるぐると考えていると、


「……大島、気にするなっていうのは難しいかもしれないけど、その、悪口言うような奴は大島のこと何も分かってないよ」


 と、絵菜が大島さんに声をかけた。


「……うん、大島さん、誰が言ったのか分からなかったけど、あんな奴らの悪口なんて聞かなくていいよ。大島さんが頑張ってきたこと、僕たちはよく分かってるよ」


 大島さんがゆっくりと顔を上げた。綺麗な目が真っ赤になっている。大島さんはふーっと息を吐くと、


「……ごめんなさい、二人に迷惑をかけてしまった……私、そんなこと言われるなんて思わなくて、気が動転してしまって……」


 と、ぽつぽつと話してくれた。


「ううん、全然迷惑なんかじゃないよ。それにしてもひどいよ、せっかく大島さんが頑張って三位になったのに、よくあんなことが言えたもんだなぁ」

「うん、私は大島は団吉には勝てないって思ってたけど、さすがに大島が不正したとは思わない。大島だって頑張ったんだよな」

「……ありがとう、そう言ってくれると安心するわ。ちょっと私の話してもいい?」

「あ、うん、いいよ」

「……私、昔から勉強はできる方でね、クラスで一番だったこともよくあったわ。で、中学生の時に真田さなだくんっていう子がいてね、彼も勉強ができて、いつもテストの点数で争っていたわ。日車くんよりは言葉は乱暴だったけど、優しくて、私にテストで勝ったら嬉しそうで……そんな姿を見ていると、いつのまにかドキドキしたりしてね……」


 大島さんがゆっくりと話して、アイスコーヒーを少し飲んだ後、話を続けた。


「……そんな時、私がテストで不正をしたんじゃないかって疑いがかけられてね。おかしいでしょ、さっきと全く同じなの。でも、『大島はそんなことする奴じゃねぇ!』って本気で怒ってくれたのが真田くんでね……嬉しかったわ、真田くんは私のことを分かってくれているんだって」


 話しながら大島さんが遠くを見つめた。真田くんのことを思い出しているのだろう。僕も胸がきゅっとなった。


「……そっか、大島さん、真田くんとは今でも会っているの?」

「……ううん、遠くに引っ越してしまって、それからは会っていないわ。私、一年の時に日車くんに初めてテストで負けてから、ずっと日車くんと真田くんを重ねて見てたような気がするわ……二人とも優しくて、勉強ができて……さっきも日車くんと沢井さんが優しい言葉を言ってくれた時、真田くんのことが頭に浮かんだわ……」

「……大島は、真田くんに恋をしてたんだな」


 絵菜がぽつりと言うと、大島さんは少し笑った。


「……そうね、真田くんのことが好きだったんだと思うわ。その時は恥ずかしくて告白なんてできなかったけど、今同じ学校に通ってたら、どんな言葉をかけてくれたかな……」

「大島さん、きっと真田くんは同じこと言うと思うよ。『大島はそんなことしない』って。誰よりも大島さんのことよく分かっているよ」

「うん、そうだな、それに、私たちも大島のこと分かってる。真田くんは近くにいないけど、私たちやみんながいるから」

「……ありがとう、日車くんも、沢井さんも、優しいな……」


 その時、僕のスマホが震えた。ごめんと言って見ると、相原くんが『大島さん、大丈夫かな?』とRINEを送ってきていた。


「あ、相原くんも大島さんのこと心配しているみたいだよ。大丈夫かなって」

「ありがとう、相原くんも優しいわね。大丈夫よって伝えておいてくれるかしら。私も後でRINE送るわ」

「うん、分かった。少しは楽になった?」

「うん、ちょっとスッキリしたみたい。でも今回三位だったのは間違いないからね、日車くんに勝たせてもらったわ」

「そうだね、負けるとこんな気分なのか……悔しいなぁ」

「な、なんか上から目線でムカつくわね……勝負はまだまだ続くわよ! って、これが私らしいかしら」


 大島さんがそう言って笑ったので、僕と絵菜も笑った。うん、大島さんはやっぱりこうじゃないとな。



 * * *



「今日はありがとう、じゃあまた学校でね」


 しばらく話した後、駅前で大島さんと別れた。


「大島、少しは元気出たみたいだな」

「うん、クラスで悪口言われた時、ふと一年の頃を思い出したよ。そういえば僕も怒ってたなぁって」

「ふふっ、私も同じこと思い出した。あの時すごく嬉しかった。本気で怒ってくれる人がいるんだなって」

「ま、まぁ、今思い出してもちょっと恥ずかしいんだけどね……あと、悪口言われたり笑われたりするのも、僕も経験があるから大島さんの辛さが分かってしまってね、でも、少しは元気出たみたいでよかったよ」

「そっか、私も昔はコソコソと言われてたみたいだからな……あ、自分が近寄らせないようにしてたからか」

「あはは、まぁでも大島さんは真田くんに恋をしていたんだね、ぼ、僕というわけじゃなくてよかった……ん? よかったっていうのはおかしいな」

「ううん、昔は真田くんに恋をしていたんだろうけど、今は団吉を狙っているからな、大島が要注意人物なのは変わらないよ」

「え!? そ、そうなの? 今も真田くんじゃないの……?」

「ううん、大島の目に団吉が映ってる。それは間違いない……でも」


 絵菜がそう言って、僕の左腕にきゅっと抱きついてきた。


「私は絶対に団吉を離さないから」

「そ、そっか、な、なんか女の子の気持ちって複雑なんだね……ま、まぁ、僕も絵菜を離さないから、大丈夫だよ」

「ありがと、じゃあ帰ろっか」


 僕たちは手をつないで一緒に帰ることにした。そ、そうか、大島さんは要注意人物なのか……よく分からないけど、絵菜が言うならそういうことなのだろう。

 それでも、絵菜と大島さんはこれで仲良くなってくれるかな……と、ちょっと期待している僕だった。

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