第74話「勝利」

 月曜日、夏休み明けのテストが始まった。

 去年までと同じく、朝から夕方までみっちりとテストで埋まっている。またテストかと絵菜も言っていたが、これを乗り越えないと大人にはなれないのだ。僕もひっそりと気合いを入れて臨んだ。

 テスト範囲は夏休みの課題を中心に、今までの総復習のような感じだ。三年生なのでそうなるのだろう。僕はしっかりと準備をしてきたので、今回もいい点を取りたいなと思った。


「うあぁー、やっと午前中が終わったぜ……毎年思うけどしんどいな……」

「たしかにー、もうダメだ、何か見えちゃいけないものが見えてきた気がしたよ……」


 昼休みになり、火野と高梨さんが弱々しい声を出した。この二人は毎年同じようなことを言っている気がする。


「ふ、二人とも落ち着いて……まだ午後があるよ」

「そうだった……これは飯食って復活するしかねぇな。このために昼休みはあるんだし」

「そだねー、あ、そういえばさ、夏休みに受けた模試の結果が来たねぇ、みんなどうだった? 私は志望校がB判定だったからそこそこだったのかなーって思うよー」

「おお、そういえば来てたな、俺もまあまあだったみたいだ。団吉はやっぱり全部百点なのか?」

「い、いや、さすがにそこまではないよ。数学は百点……と言いたいところなんだけど、計算ミスしてたみたいで九十八点だった……それが残念かな」

「おおー、さすが日車くんだねぇ、あの問題で九十八点とかすごすぎるよー、絵菜はどうだった?」

「わ、私は大学を受けるわけじゃないからな……でも、数学はそこそこよかったみたいで、ちょっと安心した」

「おお、そうなんだね、絵菜もけっこうできるようになってきたね、嬉しいよ」

「う、うん、団吉に教えてもらってるからな、ありがと」


 絵菜がそう言って僕の左袖をきゅっとつまんできた。相変わらずの可愛さに僕はドキドキしてしまった。


「そかそかー、日車先生の愛のムチで、絵菜もどんどん成長してるんだねぇ。あ、模試といえば大島さんが日車くんと勝負するって言ってたねぇ」

「あ、大島さんに総合点を訊かれて僕が教えたら、分かりやすいくらいにガックリしてたよ。また僕が勝ってしまったようで……」

「あはは、大島は相変わらずだなぁ、まぁ団吉に勉強で勝つっていうのが難しいんだけどさ」

「うん、大島が団吉に勝てるわけない……残念だが、そのまま負け続けてもらおう……」

「え!? い、いや、大島さんも頑張ってるから、今後分からないよ。僕も油断しないようにしておかないと……」


 そう、油断して勉強をサボるとあっという間に大島さんに抜かれそうだ。それにクラスには僕より上の九十九さんもいる。僕は負けないようにしないとなと、また気合いを入れ直していた。



 * * *



 数日後、いつものようにテストの結果が全部出揃った。

 僕は学年で四位だった。うっ、一学期の定期テストからは一つ下がってしまったか。でも範囲が広かった数学も百点だったし、文系科目もそこそこよかった。生物が少し悪かった気がするが、今後また頑張ろうと思った。それにしても大西先生が「またまた百点か……」と言いながら涙目だったのはなぜだろうか。


 ツンツン。


 背中を突かれたので振り向くと、絵菜がこちらを覗き込んでいた。


「団吉、どうだった?」

「あ、僕は学年で四位だったよ。絵菜は?」

「さすが団吉だな、私は百五位だった。ちょっと落ちてしまった……」

「そっか……あ、でも数学はよくできてるね、よかったよ」

「うん、団吉に教えてもらってるから、どんどん分かるようになってきた。でもやっぱり微分と積分は苦手かも」

「あはは、まぁまだまだこれから少しずつ理解していけばいいんじゃないかな」

「……二人ともすごいな、やっぱり俺は届かないや」


 絵菜と話していると、相原くんがちょっと寂しそうな声を出した。


「あ、相原くんはどうだった?」

「……俺は百八十五位だった。でも英語が前よりもできてて、そこは嬉しかったかな」

「そっかそっか、ジェシカさんとも話さないといけないからね、英語は頑張っておきたいよね」

「……うん。それにしても大島さんがおとなしいけど、何かあった?」


 相原くんがそう言って大島さんの背中をツンツンと突いた。たしかに大島さんがおとなしい。いつも結果をすぐに訊いてくるのだが……。


「……ふふ、ふふふふふ、ついに来たわこの時が……」

「お、大島さん? どうしたの?」

「ふふふふふ、やったわ! 日車くんに勝ったわ! 私は三位よ! 私が勝者よ!!」


 急に大きな声を出す大島さんだった。おお、大島さんが三位なのか。ガッツポーズをしたりバンザイをしたり、大島さんは嬉しそうだった。


「お、おお、そっか、今回は僕が負けてしまったのか……くそぅ悔しいなぁ」

「ふふふ、どうよ! 私だってやればできる女よ! ああ神様は私を見捨てたりしなかったのですね、今日は記念日よ! お赤飯だわ!」

「お、大島さん落ち着いて……ん?」


 その時、ひそひそと誰かが話す声が聞こえてきた。


「お、おい、大島さんが三位だって……?」

「そんなまさかな、カンニングでもしたんじゃねぇの?」

「ありえるー、そこまでしていい点取りたいのかな」


 クスクスと笑う声まで聞こえてきた。お、おい、それは言い過ぎだと思って周りを見るが、誰が言ったのかよく分からなかった。


「お、大島……? 大丈夫……?」


 絵菜の声が聞こえた。ふと大島さんを見ると、俯いてプルプルと震えて、


「……なんで、なんで私がそんなこと言われなきゃいけないのよ……私だって頑張ったのよ!!」


 と、叫んで急に立ち上がったと思ったら、逃げるように教室を出て行った。


「あっ! 大島さん! 待って!」


 絵菜の方を見ると、コクリと頷いた。二人で大島さんの後を追う。どこに行ったのか分からないな……と思いながら一階に行くと、玄関の近くでうずくまっている大島さんを見つけた。


「お、大島……」

「お、大島さん……大丈夫……?」

「……なんで、なんで私が……うう……」


 どうやら大島さんは泣いているようだ。僕がそっと背中に触れても、「ううう……」と言って動こうとはしなかった。

 僕と絵菜は黙って大島さんを見つめることしかできなかった。

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