第73話「念願の」

 九月三日。日曜日の今日は、僕はやることがあった。

 バイトも休みをもらおうと決めていたので、その分昨日と一昨日にしっかりと頑張った。店長は「日車くん、勉強も遊びもちゃんとやってるかい? 無理しちゃダメだよ」と言っていた。もちろん勉強も手を抜かずに頑張るが、同じようにバイトも頑張りたいと思っていた。

 そして今日は遊びの日だ。僕はある人と駅前で待ち合わせをしていた。ある人とは――


「あ、お兄様おはようございます! すみません休みの日なのに」

「おはよう、ううん、大丈夫だよ。真菜ちゃんも今日は部活は休み?」

「はい! ちょうど休みだったので、よかったです。それでは行きましょうか」


 そう、真菜ちゃんと待ち合わせをしていたのだ。以前絵菜の家に行った時に話していた、真菜ちゃんの誕生日プレゼントに僕とデートをするというお願いを叶えるためだ。やっぱり僕のどこがいいのかよく分からなかったが、真菜ちゃんがそう望んだのだ、ちゃんと叶えてあげたいという気持ちがあった。


「お兄様とこうして二人で出かけるなんて、夢のようです……私、もう天国に行ってもいいくらいです」

「え!? い、いや、ダメだよ、真菜ちゃんがいなくなるとみんな寂しいよ」

「ふふふ、ついに夢が叶って嬉しいのですが、そ、その、あの……」


 真菜ちゃんが少し顔を赤くして何か言いたそうにしていた。何だろうと思って待っていると、


「……お、お兄様、て、手をつないでも、いいでしょうか……?」


 と、恥ずかしそうに右手を出してきた。


「え、あ、わ、分かった、いいよ……」


 僕は左手でそっと真菜ちゃんの手を握った。絵菜より少しだけ背が小さい真菜ちゃんの手は、絵菜と同じくらいの大きさだろうか。真菜ちゃんの手の温もりが僕に伝わってきた。


「はわっ! あ、ありがとうございます……嬉しいです。お兄様にハグをしてもらったことはありますが、こうして手をつなぐのは初めてですね」


 真菜ちゃんがニコッと笑った。笑った顔は可愛くて絵菜に似ていて、やはり姉妹だなと思う。


「そ、そうだね、改めて考えると恥ずかしくなってきた……」

「ふふふ、そんなお兄様も可愛いです。あ、電車が来るみたいですね」


 二人で電車に乗り、三駅隣のショッピングモールにやって来た。絵菜と初めてデートをしたのもここだった。あの時も絵菜とこんな感じで手をつないで色々見て回ったな。


「九月に入ったばかりでまだ暑いですが、お店は秋物が多いですね。ちょっと見てもいいですか?」

「うん、いいよ、色々見てみようか」


 真菜ちゃんが楽しそうに服や小物を見て回る。二つ服をとって、「どっちが似合うと思いますか?」と僕に訊いてきた。僕は「うーん、こっちかな、いや、どっちも真菜ちゃんに似合うと思うよ」と答えた。こうしていると本当にカップルみたいだなと思った。


「ふふふ、お兄様は本当に優しいですね。女性の気持ちがよく分かってると思います」

「え、そ、そうかな、そうでもないと思うけどね……絵菜のこともよく分からない時があるし……」

「ふふふ、お姉ちゃんもきっと私と同じ気持ちだと思います。あ、お昼何か食べますか?」

「あ、そうだね、フードエリアに行ってみようか」


 二人でフードエリアに行くと、休日なのもあって人が多かった。座れるかなと席を探していると、真菜ちゃんが「ハンバーガーを買って、隣の大きな公園で食べませんか?」と言った。そういえば絵菜と同じようなことをしたなと思いながら、僕たちはハンバーガーを買ってショッピングモールの隣の大きな公園に移動した。


「あそこ空いてますね、座って食べましょうか」

「そうだね、そうしようか」


 二人で空いていたベンチに腰掛けて、ハンバーガーを食べる。


「それにしても、真菜ちゃんは僕のどこがよかったの? 真菜ちゃんなら他の男の子ともデートできそうなのに」

「いえいえ、私はお姉ちゃんや日向ちゃんと違ってモテませんから。それに、お兄様がいいんです。優しくて可愛い、いやカッコいいお兄様が私ずっと大好きで」

「そ、そっか、そんなにカッコよくはないと思うけどね……あはは」

「ふふふ、お兄様はそんな謙虚なところもいいのです。お兄様の家でお兄様と初めて会ったあの日から、私はずっと恋をしているのかもしれません……でも」


 笑顔だった真菜ちゃんが、急に寂しそうな顔をした。


「……お兄様はお姉ちゃんとお付き合いするんだろうなって、すぐ分かりました。それはとても嬉しいことなんですが、私の想いはどうしようってずっと思ってました……ごめんなさい、こんなこと言われると困りますよね」


 真菜ちゃんが寂しそうに俯くので、僕は心がきゅっとなった。真菜ちゃんはずっと僕のことを想ってくれていたのだ。でも、僕には絵菜がいる。真菜ちゃんの気持ちに応えてあげることはできない。それでも――


「お、お兄様――!?」


 僕は真菜ちゃんの肩に手を伸ばし、そっと真菜ちゃんを自分の方へ引き寄せた。


「ごめんね、真菜ちゃんの気持ちに応えてあげられなくて……でも、僕は絵菜と真菜ちゃんを守っていくって決めたんだ。絵菜だけじゃない、真菜ちゃんも大事に想っているよ……って、これはずるいかな」

「……お兄様、ありがとうございます。それで十分です。私もこの先誰かを好きになったりするかもしれませんが、お兄様が大好きです。たぶん日向ちゃんも同じ気持ちだと思います」


 真菜ちゃんが僕の方に頭を寄せてきた。少しだけ鼻をすする音が聞こえた。もしかして泣いているのだろうか。


「あ、あの、お兄様を想う気持ち、これからも持っていてもいいでしょうか……?」

「うん、もちろん……って、あれ? 東城さんにも同じようなこと言われた気がする……」

「あはは、お兄様はモテモテですね。あ、そういえばさっきトラゾーのグッズ売り場が出来ているのを見たのですが、見に行きませんか?」

「ああ、そうなんだね、うん、行こうか」


 僕たちはショッピングモールへと戻る。真菜ちゃんの手をそっと握ると、「はわっ! あ、ありがとうございます……」と、真菜ちゃんは恥ずかしそうにしていた。

 僕は絵菜と真菜ちゃんを守っていくと決めたのだ。二人の笑顔をたくさん見たい。真菜ちゃんが嬉しそうにトラゾーのグッズを見ていて、僕も嬉しい気持ちになっていた。

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