第71話「ピンチ」

「おおおお兄ちゃーーーん!!」


 みんなで勉強をした次の日、僕はこの日もバイトには入らず、家で勉強をしようと思っていた。部屋でさぁやるかと気合いを入れていると、バタバタと騒がしい音と声がして、日向がいきなり部屋に入ってきた。


「お、おう、どうした、でかい声出して」

「お、お兄ちゃん、どどどどうしよう、あわわわ……」

「ひ、日向落ち着いて……な、何かあったのか?」

「お、怒らないで聞いてね、そ、その、終わったと思っていた夏休みの課題が、実は範囲が違ってまだ終わってないことに気がついて……あわわわ」


 な、なるほど、夏休みの課題か、昨日火野と高梨さんが「助かったー!」と言っていたのを思い出した。あの二人は終わったが、まだ終わってない人がこんなに近くにいたとは。


「そ、そうか、まぁ怒らないけど、まずいな、もう夏休み終わるぞ」

「う、うん、しかも夏休み明けにはテストもあるんだよね、どどどどうしよう……」

「ま、まあまあ、今日は部活はないのか?」

「う、うん、今日は休み」

「そっか、じゃあ僕が見てあげるよ、一緒にやろうか」

「あ、ありがとうお兄ちゃん! で、でね、実は健斗くんも終わってないんだって……呼んでもいいかな?」


 日向がテヘッと舌を出した。いやテヘッじゃないのよ。まさか長谷川くんも終わってないとは。二人とも部活に力を入れすぎなのではないか。


「そ、そうか、じゃあ長谷川くんも一緒に見てあげようか、あ、真菜ちゃんは終わったのかな?」

「あ、うん、真菜ちゃんは終わったって言ってた。さすがだねー」

「さすがだねーじゃないのよ、それが普通なんだよ。まったく……二人とも部活ばかりやりすぎなのでは――」

「ああ! お、お兄ちゃん怒らないって言ったのに! ねぇ、可愛い妹を助けたいでしょ?」


 そう言って日向が僕の右腕に絡みついてくる。な、なんなんだこいつは……。


「ま、まぁ、助けてあげないことはないけど……とりあえずこれだけは食らっとけ」


 僕は日向の頭にチョップをお見舞いした。日向は「いてっ!」と言いながら頭を抑えた。まったく、こんな妹でも何とかしてやりたいと思ってしまう僕は甘いのだろうか。



 * * *



 とりあえずリビングに行き、長谷川くんが来るのを待っていると、インターホンが鳴った。日向が出たみたいだ。日向と一緒に長谷川くんが入ってきた。


「こ、こんにちは、すみませんお兄さん! 今日はお兄さんに怒られる覚悟で来ました……正座でも切腹でもなんでもします!」

「こんにちは、い、いや、怒らないから大丈夫だよ。二人とも夏休みの課題が終わってないんだって?」

「は、はい……お恥ずかしいですが……」

「お、お兄ちゃん、私にはチョップしたのに……! この差は……!?」

「お前はいちいち絡みついてくるからだよ。で、二人とも何の教科が残ってるの?」

「す、数学と物理が残っています……」

「わ、私も一緒です……」

「そっか、なんとなく読めたぞ、日向が間違った課題の範囲を長谷川くんに教えたな?」

「な、なんで分かるの!? そ、その通りです……」

「い、いや! 僕が範囲が分からなくなってしまったのがいけないんです、日向は悪くないです、お兄さん、あまり日向を怒らないでください……!」


 長谷川くんがペコペコと何度も頭を下げている。


「まぁ、怒っても何も進まないからね、数学と物理か、よし、今からやろう。二人とも分からないところは何でも訊いて」

「ありがとうお兄ちゃん!」

「あ、ありがとうございます!」

「あらあら、ふふふ、今日は日向と健斗くんが勉強するのね、高校生も大変ねー」


 母さんがニコニコしながらジュースを持って来た。


「あ、こんにちは! おじゃましてます。お兄さんがいてくれて本当にありがたいです……!」

「ふふふ、二人とも頑張ってね、後でみんなでおやつ食べましょう」

「よーし、おやつのためなら頑張れる……んだけど、どうしよう、いきなり分からない……お兄ちゃ~ん」

「は、早っ! 取り掛かるのが早いのはいいんだけど、ほんとに考えたか? ああ、因数分解か、ここはこうして、こうなって……」

「ああ、なるほど! お兄ちゃんさすがだねー、分かりやすい!」

「お、お兄さんすみません、ここが分からなくて……」

「ああ、長谷川くんは物理をやっているのか、加速度の問題だね、この公式があるから、こうして……」

「ああ、なるほど! お兄さんはどうしてそんなに勉強ができるのですか?」

「え、そ、そういえば真菜ちゃんにも同じ質問されたような気が……どうしてって言われると難しいんだけど、たぶん知識が増えるのが嬉しいんだろうね」

「えー、お兄ちゃんマゾなの? 勉強なんて苦しいだけで何も嬉しくないよー」

「お前、もう一回チョップを食らいたいようだな……」

「ああ! な、なんでもありませんお兄ちゃん、いやお兄様! ここを教えてください……」

「お、おう、急に真菜ちゃんみたいになったな……まぁいいや、これはこうなって……」


 それからしばらく二人の勉強を見てあげた。二人とも課題を終わらせるために必死だ。まぁ間違いは誰にでもあるからそんなに怒ることもないのだが、ちょっと兄というより父親みたいだなと思った。父さんは僕たちを怒ることはなかったが、もし今いたらどんな言葉をかけてくれたのだろうか。


「ふふふ、二人とも頑張ってるわね、団吉もお疲れさま、大変でしょ」

「ああ、いやまぁ、自分の知識の再確認にもなるから、全然かまわないんだけど……」

「ふふふ、団吉が勉強ができるところはお父さんそっくりねー、お父さんもけっこう勉強ができてね、お母さんはよく教えてもらってたなぁ」

「あ、そうなんだね、ちょっと兄というより父親みたいだなって自分で思ってしまった……」

「団吉はこの家の長男だもんね、日向の兄でもあり、父親の代わりでもあるわね」

「え!? な、なんで分かるの……?」

「団吉の顔に書いてあるわよー、さあさあ、ちょっと休憩しておやつ食べないかしら、美味しいわよー」


 母さんがおやつを出してくれた。そ、そうか、顔に書いてあるのか、心が読まれているようでちょっと恥ずかしくなった。

 みんなでおやつを食べた後も、二人は頑張って課題をやっていた。そんな二人を見ていると、本当に父親になったような気持ちになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る