第51話「彼女」

 夏休みの課外授業が毎日行われているが、今日は日曜日、学校も休みだった。

 あたしは大悟とデートの約束をしていた。待ち合わせの時間に遅れないように駅前へ向かう。この時間もドキドキしてあたしは好きだった。

 駅前に着くと、大悟がもう来ていたようで、あたしを見つけて手を振っていた。


「ごめーん、待った?」

「う、ううん、僕もさっき着いたから」

「そかそか、じゃあ行こっか……って、あれ? 今日どこ行くんだっけ?」

「あ、と、都会の方に行ってみない? ま、前に日車くんと行ったことがあって、美味しい洋食屋さんも教えてもらったから」

「あーなるほど、分かったー、じゃあ行こっか」


 電車がもうすぐ来るみたいなので、あたしたちは改札を通ってホームへ向かう。あたしは大悟の大きな手をそっと握った。


「きょ、今日の花音も、大人っぽくて、か、可愛いね」


 大悟が恥ずかしそうに言った。あたしは空飛ぶ勢いで嬉しくなった。デートの時はいつものギャルっぽい格好を封印しているのだ。


「そ、そうかな、サンキュー、大悟もカッコいいよ、や、やっぱりメガネない方がいいんじゃないか?」


 そう、大悟はデートの時、いつもコンタクトにしていた。あたしがメガネない方が可愛いと言ったのをずっと守ってくれているみたいだ。あたしとしてはメガネがあってもなくても可愛いのだが、気持ちが嬉しかった。


「あ、ありがとう、う、うーん、やっぱり普段はメガネの方が楽なんだよね」

「そっか、まぁ、どっちの大悟も、す、好きだよ」

「あ、そ、その、僕もギャルっぽい花音も、大人っぽい花音も、どっちも、す、好きだよ」


 大悟がまた恥ずかしそうに言った。あたしは空を飛び越えて宇宙に行くかと思った。ヤバい、顔が熱くなってきた。あたしは嬉しくなって大悟の左腕に抱きついた。大悟がびっくりしたような顔をしていた。可愛い。

 電車にしばらく揺られて、都会にやって来た。駅前よりもさらに人が多い。お店も多いので見て回るのが楽しそうだ。


「あ、あそこの商業施設に入ってみる?」

「そうだなー、行ってみよっか。色々売ってそうだなー」


 二人で商業施設の中をあれこれと見て回る。キッチンの便利グッズが売っていて、「おー、これ便利だな」と二人で感心していた。

 しばらく見て回っていると、ちょっと早いけどお昼を食べようかと大悟が言ったので、大悟に連れて行ってもらった。外も中もオシャレな洋食屋で、あたしはテンションが上がった。


「おー、こんなところ知ってるのか、日車もやるなぁー」

「う、うん、沢井さんと来たことがあるって言ってたよ」

「そっかー、姐さんとデートかー、いいな、あたしも姐さんとデートしてみたいよー、あ、緊張しすぎるかも」

「あはは、う、うん、二人で出かけるっていうのも楽しいんじゃないかな」


 あたしはオムライス、大悟はハンバーグセットを食べた。卵がふわとろで美味しい。なんか大人になった気分だった。

 美味しい昼食をいただいた後、あたしと大悟はさっきとは違う商業施設に行ってみようと、道を歩いていた。その時だった。


「――あれ? 杉崎?」


 急に名前を呼ばれて振り返ると、一人の男の人がいた。あたしのことを知ってるのか? と思ったが、顔を見て思い出した。この人は――


「……あ、え、あれ!?」

「やっぱり杉崎じゃん。こんなところで会うなんてな。中学の時以来か?」


 男の人は髪をかき上げながら言った。そう、この人は中学生の頃、あたしが恋をしていた先輩だった。もうヤバいくらい好きで、思い切って告白したら笑われて、他の人に言いふらされた……あたしはあの時のことを思い出して胸が苦しくなってきた。


「あ、そ、そう……ですね」

「ふーん、杉崎、なんかめっちゃ可愛くなってんじゃん。あ、今暇してる? ちょっと俺と遊ぼうよ」


 先輩が私の左腕を握って引っ張ろうとした。


「あ、や、やめて……!」

「なんだよ、俺のこと好きなんだろ? 俺と遊べて嬉しいだ――」


 バシッ!

 

 その時、先輩の手が離れた。見るとあたしの前にスッと入り込んできた人がいた……大悟だった。


「あ? 何だお前?」

「……僕の大事な彼女に、手を触れないでください」


 いつものちょっとおどおどしたようなしゃべり方ではなかった。ハッキリと、力強く大悟は言った。そして先輩を睨んでいる。


「あ? はっ、杉崎、こんな奴と付き合ってるのかよ、こんな奴より俺と――」

「――行こう、花音」


 大悟はそう言うと、あたしの手をとって急に走り出した。背後で先輩が何か言っているようだが、大悟は振り返ることなくあたしを連れて走っていく。

 目の前に大きな公園があった。大悟はあたしを連れてその公園の中に入る。日陰のベンチを見つけて二人で並んで座った。


「……だ、大悟? 大丈夫か?」

「……は、はあ、はあ、ぼ、僕、走るのそんなに得意じゃなくて、ちょ、ちょっと息切れしてしまったよ……はっ!? ぼ、僕とんでもないことしてしまったんじゃないかな……あわわわ」


 汗をハンドタオルで拭きながら、あわあわと慌てる大悟。そんな大悟が可愛くてあたしは笑ってしまった。


「ううん、大丈夫だよ。大悟、あたしを守ってくれたんだな、サンキュー、めっちゃ嬉しいよ」

「そ、そっか、なんか、花音がすごく嫌がってたから、こ、ここは僕がしっかりしないとと思って……ちょっと震えてたと思うけど」

「あははっ、めっちゃカッコよかったよ……もう、そんなことされたらあたしドキドキするじゃん……」


 あたしはそっと大悟に近づき、頬に軽くキスをした。大悟は「ええ!? あ、あわわわ……」とまた慌てていた。


「た、助けてくれたお礼だよ、あ、さすがに公園にずっといるのは暑いな、どこか建物に入らないか?」

「そ、そうだね、あそこの商業施設に行ってみようか。あ、あと、大きな本屋に行きたいんだけど、いいかな?」

「ああ、いいよー、そしたらまたあたしにおすすめの本を教えてくれないかー?」

「う、うん、花音も少しずつ読めるようになったみたいだね、う、嬉しいよ」


 二人で商業施設へと行く。あたしは大悟の大きな手を握って、とてもあたたかい気持ちになっていた。やっぱり、大悟が大好きだ。

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