第48話「大事な話」

 暑い毎日が続いている。

 僕たちは夏休みに入っているが、三年生は今日から課外授業がある。みっちりと午前中の授業を受けた。数学の時間では大西先生がいつも以上にハイスピードで、僕としては学ぶことが多くて嬉しいのだが、また分からない人が出て来るのではと、ちょっと心配になった。

 昼休みになり、いつものように絵菜と一緒に学食へ向かう。奥の席で火野と高梨さんがテーブルに突っ伏しているのが見えた。


「お、お疲れさま、二人とも大丈夫?」

「おーっす……マジでしんどいな……夏休みじゃねぇのかよ……」

「やっほー……やばいね、こんなにきついって思わなかった……魂が抜けそう……」

「お、お疲れさま、うん、二人の気持ちが分かる、私も生きていけるか不安になった……」

「ま、まあまあ、三人とも落ち着いて……まだ始まったばかりだよ」

「そうなんだけど、これがしばらく続くんだろ? 去年までの夏休みが恋しいぜ、時を戻してもらいたいくらいだ……」

「い、いや、それは無理なんじゃないかな、ほ、ほら、一応課外授業は前半と後半で分かれて、その間で休みはあるんだし、楽しいことを考えればちょっとは頑張れるんじゃないかな」

「そだねー、短いけど夏休みあるから、それまでなんとか頑張りますかー。あ、そうだ、今年も花火大会あるよね? みんなで行かない?」


 高梨さんの言う通り、今年もいつもの花火大会が行われる予定だ。去年も一昨年もみんなで行ったな。


「ああ、そうだったね、今年は八月十三日だったかな、うん、またみんなで一緒に行こうか」

「おお、そうだったな。よし、みんなで行くかー。それにしても俺が告白したのってもう二年前なんだな、な、なんかそんな感じしないっつーか……」

「ふふっ、火野はいつも自爆するよな、ガチガチだった火野が懐かしい」


 絵菜がそう言うと、火野が顔を赤くして「お、おおー……」と言って俯いたので、僕と絵菜は笑った。


「あはは、たしかに二年前とは思えないね。あ、夏休みといえば、休みの期間中にジェシカさん……修学旅行のファームステイでお世話になった人が、日本に来る予定になっているよ」

「おおー! オーストラリアから来るんだねぇ、どんな人なんだろー」

「ああ、高梨さんと同じくらい背が高くて美人だよ。そうだ、みんな一緒にどこか遊びに行かない? 花火大会の日は帰ってるかもしれないけど、別のところでも」

「お、おお、俺あんまり英語できねぇんだけど、大丈夫かな……」

「私もだよー、会いたいけど、英語ができないからねぇ……」

「だ、大丈夫、私もそんなに英語できないけど、前話した時は団吉に教えてもらってなんとかなった」

「うんうん、分からなかったら僕が教えるし、スマホの翻訳アプリもあるから大丈夫だよ。どこ行くかは考えておくね」


 そう、前半の課外授業が終わった後、ジェシカさんが日本に来ることになっているのだ。僕も楽しみにしている。相原くんもきっと同じ思いだろう。


「そかそかー、けっこう楽しみなことが増えてきたねぇ。毎日しんどいけど頑張りますかー!」

「おう、しんどくて倒れそうだけど、休みを楽しみにして頑張るしかねぇかぁ」

「う、うん、私も頑張る……」


 絵菜と火野と高梨さんが気合いを入れていた。うん、僕も頑張ろうと思った。



 * * *



 昼ご飯を食べ終わって少し話した後、僕と絵菜は一緒に教室に戻っていた。


「うう、午後もあるのか……しんどいな」

「そ、そうだね、ほら、今日は何もないから一緒に帰ろう? どこか帰りに寄ってもいいし」

「うん……団吉と一緒に帰るためなら頑張れる」

「――あ、団吉さん! 絵菜さん!」


 急に呼ばれる声がしたので振り返ると、東城さんがニコニコしながらやって来た。


「あ、あれ? 東城だ」

「あ、東城さん、こんにちは……って、あれ? 二年生は課外授業はないはずだけど……?」

「はい、今日は友達と一緒に勉強しようっていう話になって、学校に来ました! またたくさん課題が出てしまったので……」

「あ、そうなんだね、たしかにみんなで勉強すると捗るよね」

「はい! 分からないところ教え合って、すごく助かってます! あ、そういえば、アレがあったんだった……」


 東城さんが急に恥ずかしそうにしている。どうしたんだろうか。


「ん? どうかした?」

「あ、いや、その……き、昨日天野くんからRINEが来て、『夏休みに一緒に出かけない?』って……そ、それってデートですよね……」


 東城さんが落ち着かないのか、髪を触ったり顔を触ったりしている。恥ずかしそうにしている姿も可愛いなと思った。


「あ、そうなんだね、うんうん、東城さんも忙しいと思うけど、空いている時に一緒に行くと天野くんも嬉しいんじゃないかな」

「そ、そうですね、でも天野くん、『どうしても大事な話があるから』って言ってて……何のことだろうって思っているんですが、団吉さんは何かご存知ですか?」


 ん? 大事な話……もしかして、天野くんは東城さんに告白をするつもりではないだろうか。以前二人で話した時も、『もう少ししてから自分の気持ちを伝える』と言っていた。でも、そのことをここで東城さんに話すわけにはいかなかった。


「う、うーん、僕はよく分からないけど、それならなおさら天野くんと一緒に出かけた方がよさそうだね」

「は、はい、恥ずかしいけど、来月になったら仕事も落ち着きそうなので、行ってこようと思います」

「……東城、絶対行った方がいい。頑張って」


 絵菜がぽつりとつぶやいたが、もしかして絵菜も気づいたのだろうか。


「えっ? あ、は、はい……よく分からないけど、行ってきます。あ、すみません団吉さんたちは午後が始まりますね、それでは失礼します!」


 東城さんが手を振りながら教室へ戻って行った。


「ふふっ、天野はついに東城に告白するつもりなのかもしれないな」

「あ、絵菜も気づいた? うん、たぶんそうなんじゃないかなと思うよ。もう少ししたら自分の気持ちを伝えるって言ってたし。うまくいくといいね」

「うん、なんかこっちもドキドキするな。あ、午後が始まるな、行こ」


 絵菜と一緒に教室に戻る。そうか、ついに天野くんが東城さんに告白するかもしれないのか。東城さんはアイドルなので恋愛はなかなか難しいかもしれないけど、天野くんの気持ちがちゃんと伝わるといいなと思った。

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