第45話「それぞれの道」

 ある日、五時間目が生物の授業だったので、僕と絵菜は昼ご飯を食べてから少し早めに第一理科室へ行った。第一理科室に入るといつものように杉崎さん、木下くん、大島さんがいるのが見えた。


「おっ、二人ともお疲れー、なんだよー二人で仲良く手をつないできたのかよー、あたしもそうしたいなーなんちって」

「お疲れさま……って、ええ!? い、いや、よく見て、手つないでないよね……あれ? 僕がそう思っているだけで、実はつないでいるとか……?」

「だ、団吉しっかり……大丈夫、手つないでないから」

「たまに日車くん、思い悩むことがあるわね……わ、私ならいつでも手つないであげてもいいわよ、なんて」

「……大島は勝手に団吉に抱きついてくるくせに」

「さ、沢井さん!? そ、そうとも言わないこともないわね……まぁ、沢井さんに譲ってあげてもいいわよ」

「……なんで大島に譲られないといけないんだ……」

「わ、わーっ、二人ともそのへんで……あはは」

「あ、相変わらず日車くんモテモテだね。あ、そうだ、み、みんな進路どうなった? 以前大西先生とは話したけど、みんなのこと聞いてなかったなと思って」


 木下くんがちょっと恥ずかしそうに言った。そういえば以前このメンバーで進路の話もしていたな。


「あ、僕は大学の理工学部と、教育学部を受けることにしたよ。将来数学の先生になりたいなって思って」

「おー、日車は先生になりたいのかー、うん、日車ならいい先生になれると思うぞー。あ、でも生徒の胸やお尻は見るなよー、あたしにしとけーなんちって」

「え!? い、いや、そんなことはしないよ……す、杉崎さんは?」

「あたしは介護福祉士になりたくてさー、専門学校に行こうと思ってるよー、まぁ大学入試ほどじゃないけど、試験もあるみたいだからさー、勉強もしておかないとなー」

「あ、そうなんだね、うん、勉強頑張らないとね。木下くんは?」

「ぼ、僕は前も言ってたけど、臨床心理士になりたくて都会の大学を受けるよ。だ、大学院まで行かないといけないみたいで、大変そうだけど……」

「そっか、大学院となるとかなり大変そうだね……大島さんは?」

「私はちょっと離れた大学の、情報工学部を受けようと思ってるわ。職業についてはピンときてないけど、まぁいい感じの大学だったからね」

「そっかそっか、まぁ大島さんだったら大丈夫そうだね。絵菜はもちろんアレだよね」

「う、うん、私はネイルアーティストになりたくて専門学校に行きたいなって……」

「マジですかー! ネイルアーティストってカッコいいー! あ、そしたら将来姐さんに爪綺麗にしてもらいたいです!」


 杉崎さんが絵菜の手をとってぴょんぴょんと跳ねている。


「あ、う、うん、みんな綺麗にしてあげたいな……」

「そ、そうなのね、ふーん、前は迷ってたけど、沢井さんも決めたのね。よ、よかったら私の爪も綺麗にしてくれないかしら……」

「あ、ああ……」


 あ、絵菜と大島さんがちょっといい感じ? このまま仲良くなってくれるといいな。


「おっ、大島も姐さんのこと気になってたんだよなー、まぁ気持ちは分かるよー」

「お、大島さんもなんだかんだ言いながら、さ、沢井さんのこと好きだよね」

「そ、そんなことないわよ、さ、沢井さんが前は落ち込んでたから、よかったなって思っただけよ。ま、まぁライバルであることには変わりないけどね」

「……ふふっ、勝てない戦ってあるもんなんだな」

「さ、沢井さん!? くっ、絶対に負けないんだから……!」


 やっぱりいつものようになってしまう絵菜と大島さんだった。うーん、仲良くしてほしいんだけどな……。



 * * *



 その日の放課後、僕と絵菜は一緒に帰っていた。絵菜がニコニコで僕の左手を握っている。最近校門どころか玄関を出るとすぐに手を握ってくるので、みんなに見られてちょっと恥ずかしい気持ちもあった。でも絵菜が嬉しそうにしているのを見ると、みんなの視線はどうでもよくなった。


「みんなちゃんと将来のこと考えてて、よかったね」

「うん、杉崎も大島も前は分からないって言ってたけど、ちゃんと考えてるんだなって」

「うんうん、絵菜もちゃんと考えてるから偉いよ。絵菜も試験があるのかな?」

「うん、大学入試ほどじゃないと思うけど、試験があるみたい。勉強しておかないと……」

「そっか、また一緒に勉強しようね」

「うん、試験もなんだけど、その前に学校の定期テストをサボって、留年とかになったらいけないので、ちゃんと真面目にしておかないと……」

「ああ、そうだね、たしかに留年ってなったら大変だから、一緒に頑張ろうね」


 僕がそう言うと、絵菜がニコッと笑って左腕に抱きついてきた。か、可愛い……ここのところ生徒会で集まることが多かったので、絵菜も一緒に帰ることができて嬉しいみたいだ。


「……なぁ、ちょっと気になることがあるんだけど、言ってもいい?」

「ん? どうかした?」

「あ、その……また団吉に近づいてる女の子がいる気がして……気のせいかな」


 ん? 僕に近づく女の子? そんな子は特にいな……いと思いたかったのだが、も、もしかして橋爪さんのことだろうか? た、たしかに僕に憧れていると言っていたし、なんか距離が近い気がしたが……でも絵菜とは会ったことがない。こ、これも絵菜の勘なのだろうか。


「あ、そ、その、生徒会の役員候補の後輩がちょっと近いなーって思うこともあるけど……あ、梨夏ちゃんもそうなのかな……で、でも、何もないからね?」

「ふふっ、団吉は優しいよな、私が気になっても隠すこともできるのに、ちゃんと話してくれるところが」

「あ、か、隠し事は嫌だって絵菜も前に言ってたから、ちゃんと話した方がいいのかなって……」

「そうなんだけど、話してくれる団吉は優しい。でもそうか、距離が近いならそのうち恋心になってもおかしくないな……ブツブツ」

「え、絵菜? 大丈夫だよ、僕は絵菜が一番大好きだから……」

「ありがと、私も団吉が大好き。なぁ、ちょっと寄り道して帰らないか?」

「あ、うん、いいよ、駅前に寄っていこうか」


 そう、絵菜に隠し事は嫌だと言われてから、僕は絵菜に隠し事はしないようにしていた。でも何でも話し過ぎるのも不安にさせちゃうかな……難しいところはあるが、こうして絵菜が笑顔になってくれるのが、僕は一番嬉しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る