第32話「お弁当」

 六月、梅雨の時期であり、雨の日も多くなった。ちょっと気分もどんよりしてしまうが、仕方ない。

 今日も午前中の授業が終わった。英語の時間に小テストがあって、隣の人と解答用紙を交換したのだが、九十九さんと交換しようとするとたまたま手が当たってしまい、ちょっと恥ずかしくなってしまった。あれ? でもよく九十九さんには手を握られているのにな。

 そ、そんな不思議なこともあったが、不思議といえばもう一つ。昨日絵菜からRINEがあって、今日はお弁当を持って来ないでと言っていた。どういうことかよく分からなかったが、とりあえず言われたように今日は持って来なかった。母さんにそのことを話すと、「あらあら、ふふふ、明日が楽しみね」と言っていた。何のことだろうか。

 いつものように絵菜と一緒に学食へ行く……のだが、いつもはお弁当だけを持って行く絵菜がなぜか鞄を持って来ていた。


「あ、あれ? 絵菜、鞄持って行くの?」

「あ、うん、ちょっと持って行きたいものがあって……」


 ちょっと不思議なことが重なって僕の理解が追いつかないが、まぁいいや。学食に行くと火野が一人で座っていた。


「おーっす、お疲れー」

「お疲れさま、あれ? 高梨さんは?」

「ああ、今日は試合があるから公欠だ。今日勝ったら次は県大会って言ってたかな」

「あ、なるほど。じゃあ真菜ちゃんも公欠なのかな?」

「あ、うん、真菜も昨日言ってた。朝から元気よく出かけて行った」

「そっか、真菜ちゃんも頑張ってるみたいだな……って、あれ? 団吉今日は弁当じゃないのか?」

「あ、ああ、それが絵菜が持って来ないでほしいって……」


 そう言って絵菜の方を見ると、何やら鞄をガサゴソと漁っていた。何をしているのかなと思ったら、何かの包みを僕に差し出して来た。


「あ、あれ? こ、これは……?」

「あ、そ、その……お弁当、私が作って来たから、団吉に食べてもらいたくて……」


 あ、なるほど、絵菜がお弁当を作って来たと。


 ……って、えええええ!?


「え、ええ!? こ、これ、僕のために、絵菜が……?」

「う、うん……開けてみて」

「あ、わ、分かった……」


 な、なるほど、だから絵菜が今日はお弁当を持って来ないでと言っていたのか。僕は包みを開けてお弁当の蓋を開ける。お、おお、中には左側にご飯と梅干し、右側に卵焼きと、ウインナーと、ちくわの磯部揚げと、野菜炒めが入っていた。


「す、すごい……! こ、これ絵菜が作ったの?」

「う、うん、真菜に教えてもらって、なんとか出来た。食べてみて」

「そっか、本当にありがとう、すごく嬉しいよ……はっ!?」


 ふと前を見ると、火野がニヤニヤしながら僕と絵菜を見ていた。


「な、なんだよ……」

「いやいや、お前らほんとに仲良いなーと思ってな、そうかー愛妻弁当か、嬉しいに決まってるよなぁ」

「え!? い、いや、愛妻にはまだ早すぎるような……あはは」

「――あ、お兄ちゃん!」

「――お、お兄さん、火野さん、絵菜さん、お疲れさまです!」


 ふと声をかけられたので振り向くと、日向と長谷川くんがこちらに来ていた。


「お、日向ちゃんに長谷川くんだ、おーっす、お疲れー」

「あ、二人ともお疲れさま。そうだ真菜ちゃんがいないんだったな」

「うん、今日は試合だからねー、ねえねえ、私たちもここで食べていい?」

「うん、いいよ、そっちに座って」

「やったー! あれ? お兄ちゃん今日はお弁当いらないって言ってたけど、それは?」

「あ、ああ、絵菜がお弁当作ってきてくれた……」


 僕がそう言うと、日向が「あーなるほどねー……」と言って僕と絵菜を見てニヤニヤしていた。う、うう、恥ずかしい……。


「ほらほらお兄ちゃん、赤くなってないで食べないと絵菜さんに失礼でしょー」

「あ、ああ、そうだった、いただきます……」


 僕は卵焼きをいただいた。うん、甘すぎず辛すぎず、ちょうどよくて美味しかった。


「ど、どう……?」

「うん、甘すぎず辛すぎず、とっても美味しいよ。こっちの野菜炒めも作ったの?」

「うん、ちくわの磯部揚げは冷凍のものだけど、ウインナーも朝焼いたし、卵焼きも野菜炒めも初めて作った……」

「そっか、すごいね、絵菜も一気に料理が出来るようになったんだね」

「あ、いや、真菜がいないとまだ全然ダメで……でも、ちょっと自信がついた」


 絵菜が嬉しそうに少し笑った。絵菜が頑張っているのだなと思うと、僕も嬉しくなる。

 僕は野菜炒めもいただいた。うん、塩コショウがちょうどよくて美味しかった。


「どれも美味しいね、よく出来てるよ」

「そ、そっか、よかった……」

「そっかー、絵菜さんがお弁当作って来たのかぁ、私もまた作ろうかなぁ」

「お、おう、あ、そしたら長谷川くんにも作ってあげたらいいんじゃないかな」

「ええ!? あ、そ、そうだね、健斗くん、今度作って来るね……」

「え!? あ、うん、分かった……楽しみにしてる」


 恥ずかしそうにする日向と長谷川くんを見て、僕と絵菜と火野は笑った。


「くそー、なんだよ四人ともイチャイチャしやがってー、俺は一人だというのに」

「あ、ああ、そういえば高梨さん、県大会行けそうなんだね」

「ああ、今日は絶対勝つって気合い入ってたからな、まぁ大丈夫だろ。今度みんなで試合観に行こうぜ」

「うん、そうしよう。火野たちの試合はいつ?」

「来週の日曜日にあるな。みんな気合い入ってるぜ。よかったら団吉も沢井も観に来てくれ」

「うん、応援に行くよ。三人とも頑張って」

「うん! 火野さん、頑張ってください!」

「ひ、火野さんのプレー見て、僕も勉強させてもらいます!」

「あはは、みんなで頑張ろうぜ。チームは一つだからな、誰かが欠けたら勝てなくなっちまうんだ」


 火野がグッと拳を握った。うん、サッカー部もバスケ部も、まだまだ頑張ってほしいな。

 そして、僕は絵菜が作ってくれたお弁当を全部美味しくいただいた。そうか、絵菜が僕のために……ちょっとだけ恥ずかしいけど、絵菜が笑顔だったので、僕も嬉しい気持ちになっていた。

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