第31話「卵焼き」
六月になった。
雨がしとしとと降っている。雨が降ると団吉と手がつなげないので、もどかしい気持ちだった。団吉も同じことを思っているのだろうか。でも恥ずかしくて訊けなかった。
今日は団吉も生徒会の仕事がないと言っていたので、一緒に帰って来た。クラスがまた一緒になって、話す機会も増えて私は嬉しかった。団吉の隣の席が九十九というのがちょっと気になるけど……九十九はどうも団吉のことを気に入っているみたいだ。要注意人物の一人だった。
途中で団吉と別れて、まっすぐ家に帰る。真菜はバスケ部のマネージャーになったことで、私よりも帰るのが遅い日が多い。今日も私が一番最初に帰った。部屋に鞄を置いて着替えて、キッチンへと向かう。そして冷蔵庫を開ける。卵、鶏肉、ピーマン、キャベツ、他に冷凍食品も色々入っているみたいだ。うん、これならいけそうだ。
そして私はスマホであるサイトを見てみる。まぁ、以前と同じくここまで言えば何をしたいのかだいたい予想がつくと思うが、それは――
「ただいまー」
その時、玄関から真菜の声がした。あれ? 部活はどうしたんだろう?
「お、おかえり、あれ? 真菜、部活は?」
「ああ、明日試合があって公欠だから、今日は軽めの練習で終わったよ。あれ? お姉ちゃんそんなところで何してるの?」
「そ、そっか、いや、これ見てた……」
私はスマホの画面を真菜に見せた。
「ん? お弁当のおかずの人気ランキング……? あ、もしかして、お弁当作りたいってこと?」
「あ、ああ、明日の分作ってみようかと思って」
「まあまあ! あ、そしたら、私たち三人分のお弁当と、お兄様にも作ってあげない? 私手伝うから!」
「え!? あ、団吉の分もか……うん、作りたい」
「うんうん、お兄様もきっと喜ぶよ。何作ろうか?」
「うーん、何がいいのか私には分からなくて……今サイト見てたんだけど……」
「そうだね……卵焼きは定番なんじゃないかなぁ。あとちくわの磯部揚げがあったからそれ入れて、あ、ウインナーと野菜の炒め物も入れよっか!」
「な、なるほど……私卵焼きって作ったことないな……」
「そっか、よし、お姉ちゃん今から作ってみようか! それをとっておいて明日の朝詰めればいいんじゃないかな」
真菜がそう言って、エプロンを私に差し出した。とりあえずエプロンを身につける。
「よ、よし……って、どうすればいいんだ?」
「とりあえずこのボウルに卵を割って入れて、混ぜてみて」
真菜がボウルと卵を渡してきた。私は卵を平らなところでトントンと叩いてひびを入れて、ボウルの中に割って入れて、よくかき混ぜる。卵を割る時は平らなところがいいと真菜が言っていた。そうなのか、いつも角でやっていたような気がする。
それから真菜が砂糖、塩、醤油を少し入れてと言ったので、それらを少しだけ入れてまたかき混ぜる。
「こ、こんな感じ?」
「うん、いいんじゃないかな。卵焼き器あるから、これ使って」
真菜が卵焼き器をコンロに置いた。私はサラダ油を少し入れて、火にかけて卵焼き器を熱する。
「うん、熱くなってきたね、そしたら卵を三分の一くらい入れて、薄く広げてみて」
三分の一というのがよく分からなかったが、とりあえず卵を入れて広げてみる。わわっ、ジュワッと音がしてあっという間に卵が焼けていくような感じがした。気泡というのかな、ぽつぽつとできていた。
「少し固まったね、菜箸を使って奥から手前にゆっくり巻いてみて」
ま、巻く……? と思ったが、真菜が手をとって一回手前に巻いた。な、なるほど、そうやって巻いていけばいいのか。私はゆっくりと菜箸と卵焼き器を動かして、なんとか手前に巻いた。
「うん、そしたらそれを奥に動かして、手前に油をひいて、卵を入れてみて。また焼けたら同じように巻いてみて」
な、なるほど……と思いながら、私は言われた通りに巻いた卵を動かして、卵を入れてまた焼いて、ゆっくりと奥から手前に巻いた。それをもう一回繰り返して、なんとか卵焼きらしいものが出来上がった。
「こ、こうやって巻いてるって、知らなかった……」
「あはは、そうなんだね、こうやって作ってるんだよ。よし、あとは切ってみようか」
真菜がまな板と包丁を用意してくれたので、卵焼きをそっと取り出して、包丁で切ってみる。そっか、巻くようにするからあの層みたいな感じになるのか。
「お姉ちゃん、出来たよ! 初めてにしてはよく出来てるんじゃないかなぁ」
「そ、そうかな、な、なんとかできた……のかな」
「うんうん、あ、ご飯は炊くし、ウインナーは明日の朝さっと焼くとして、野菜の炒め物も作ってしまおうか! 夜のおかずにもできるし!」
「あ、なるほど……うん、そうしよう」
それから真菜と二人でキャベツ、ピーマン、ニンジン、もやしなどが入った野菜の炒め物を作った。うん、包丁の使い方がまだまだ慣れないけど、いい感じに出来たと思う。
その時、「ただいまー」と玄関から声がした。母さんが帰って来たみたいだ。
「――あれ? 二人で何やってるの?」
「お母さん! お姉ちゃんが初めて卵焼き作ったよ! 明日のお弁当はお姉ちゃんが作ったものになるよ!」
「まあまあ! そうなのね、どれどれ……うん、よく出来てるじゃない。絵菜も頑張ったのね」
「う、うん、真菜に教えてもらって、なんとか……」
「あ、お姉ちゃん、お兄様に『明日はお弁当持って来ないで』って言っておいた方がいいんじゃない?」
「あ、そ、そうだな、早く言っておかないと……」
「まあまあ、ふふふ、団吉くんの分のお弁当も作ってあげるのね、団吉くん嬉しくて飛び上がるんじゃないかしら」
「なっ!? ま、まぁ、喜んでもらえたらいいかな……」
急に顔が熱くなってきた。そ、そうだ、団吉にRINEを送っておかないと。『団吉、明日はお弁当持って来ないで』と伝えると、『え? う、うん、分かった』と返事が来た。詳しいことは秘密にしておこうと思った。
私がお弁当を作ったと聞いたら、団吉はどんな顔をするだろうか。ちょっと楽しみになってきた私だった。
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