第26話「決意の表れ」

 ある土曜日、僕はバイトを頑張っていた。

 三年生になり、勉強が忙しくなるのではないかと、店長もパートのおばちゃんも心配してくれている。いつも言っているように、バイトばかりになって本業である学業が疎かになってはいけないが、僕としてはどちらも頑張りたいという気持ちは変わらなかった。それでも僕のことを心配してくれるのは嬉しかった。

 三時になり、家に歩いて帰る。外は暖かくて、気持ちがよかった。もうすぐ暑い夏がやって来るんだろうな。

 家に帰ると、日向も部活が終わって帰っていたらしく、リビングで母さんと一緒にテレビを見ていた。


「あら、団吉おかえり」

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

「ただいま、日向も帰ってたのか」

「うん、今日は午前中で終わったからね、明日は試合だから軽めの調整ってやつかな」

「あ、なるほど、そういえば火野がインターハイ予選が始まるって言ってたなぁ」

「うん、火野さんも中川さんも、めっちゃ気合い入ってるよ。絶対に勝ち進むって」

「二人とも最後らしいからなぁ、勝ちたい気持ちは大きいんだろうね。あ、今度絵菜や高梨さんと試合観に行くよ」

「そうなんだね! お兄ちゃんたちが来てくれたら、火野さんも中川さんも嬉しいんじゃないかなぁ」


 さすがに長谷川くんは一年生なので試合には出ないと思うが、応援には行くだろう。みんなで頑張ってほしいなと思った。

 その時、僕のスマホが鳴った。RINEが来たみたいだ。送ってきたのは絵菜だった。


『お疲れさま、バイト終わった?』

『お疲れさま、うん、終わって帰って来たところだよ』

『そっか、ごめん、今からそっちに行ってもいいかな?』

『ん? うん、いいよ』


 あれ? 何か用事でもあったのかな? と思ったが、それ以上は気にしないことにした。

 しばらくリビングでくつろいでいると、インターホンが鳴った。僕と日向が一緒に出る。


「あ、絵菜、いらっしゃ――」

「絵菜さん、こんにち――」


 僕と日向が同じように固まってしまった。絵菜が来ていたのだが、いつもと違っていた。


「だ、団吉、日向ちゃん、ど、どうかな、これ……」


 絵菜が手で自分の髪の毛を触る。でもいつもの肩までの長さの金髪が、また短くなっていて、耳が少し見えていた。あれ? 去年の今頃も同じようなことがあったような……。


「あ、あれ!? え、絵菜、髪切ったんだね……」

「う、うん、切ろうかなと思って先延ばしにしていたんだけど、また思い切って短くしてみた」

「わぁ! 絵菜さんまた可愛くなってる! 私より短いかも、めっちゃ似合ってます!」


 日向が絵菜の手をとってぴょんぴょんと跳ねている。


「うん、絵菜、か、可愛いね、すごく似合ってるよ」

「あ、ありがと、美容師さんにいつも『短くても似合いますよ』って言われて、自分では本当かなって思うんだけど……」

「うんうん、長いのもいいけど、絵菜はショートも似合うよね」

「二人ともどうしたの、玄関で話し込んで……あら? あらあら! 絵菜ちゃん髪切ったのね、可愛いわーすごく似合ってるわよ」


 奥から母さんがやって来てニコニコしながら言った。


「あ、ありがとうございます、切ってよかった……のかも」

「うんうん、そんなところで話してないで、絵菜ちゃん上がってー。団吉、部屋でゆっくり話したら? ふふふ」

「え!? あ、まぁ……え、絵菜、上がって」

「あ、お、おじゃまします……」


 絵菜が靴を揃えて上がった。そのまま僕の部屋に案内する。日向が「後でジュース持って行くねー」と言っていた。


「あれ? そういえば僕の部屋に絵菜が入るのって久しぶりのような気が……え?」


 僕が振り返りながら話しかけていると、突然絵菜が抱きついてきた。


「あ、え、絵菜……?」

「……ふふっ、最近くっつけなかったから、寂しくて……団吉の温もり感じたかったのかも」

「あ、そ、そうだね、そういえば最近こうやってくっつくこともなかったような……」


 僕も絵菜をぎゅっと抱きしめる。や、ヤバい、何度経験してもドキドキする……心臓の音が絵菜に聞こえそうだ。絵菜も一緒なのだろうか。


「実は、髪を切ったのって、進路の決意みたいなものもあって」

「あ、そうなんだね……そうだ、うちの母さんに報告しに行かない? 前に話を聞いてもらったなと思って」

「あ、うん、分かった」


 絵菜をぎゅっと抱きしめた後、二人でリビングに行く。


「あら? 二人ともどうしたの?」

「あ、母さん、ちょっと聞いてほしいことがあって……その、絵菜も僕も、進路を決めたんだ。絵菜は美容系の専門学校に行きたいって。僕は数学の先生になりたいなと思って」

「あらあら、そうなのね。ふふふ、二人とも自分のこの先をじっくりと考えたのね、お母さん嬉しいわー、もう絵菜ちゃんも真菜ちゃんも娘みたいなものだからねー」

「う、うん、まぁ僕はどこの大学を受けるかという迷いはあるんだけど、一応方向性みたいなものは見えたかなと」

「うんうん、それでいいのよ。大学は自分のやりたいことや成績もあるだろうし、もう少しじっくり考えなさい。絵菜ちゃんもよかったわね」

「は、はい……団吉と離れちゃうのは寂しいけど、自分がやりたいこと見つけられたのはよかったなって……」

「そうね、今まで一緒だったから、寂しい気持ちはよく分かるわ。でも大丈夫よ、会いたいと思ったらいつでも会えるからね」

「は、はい……」

「なるほど、絵菜ちゃんが髪を切ったのは決意の表れでもあるのね……」

「え!? な、なんで分かったの?」

「絵菜ちゃんの顔に書いてあるわよー、ふふふ、二人ともいい顔してるわ。まぁ、難しい話はこれくらいにして、みんなでおやつでも食べない?」

「はーい、おやつといえば私ですよー、はいどうぞ! お兄ちゃんも絵菜さんも偉い!」


 日向がおやつとジュースを持って来た。おやつといえば私ってどういうことだと思ったが、言わないことにした。そ、そうか、いい顔しているのか……自分ではよく分からないけど。

 みんなでおやつを食べながら談笑した。僕も絵菜も、スッキリとした気持ちになっていた。

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